「レッドアイズ国では、いつの間にか名も知らぬエルフが国王を失脚させたという噂が広まってしまったようだ。それが巡り巡って、そのエルフはパエデロスにいるらしいなんて言われているそうだ」
依然として、ロータスは申し訳なさそうに言葉を続けていく。
それではまるで、我のせいでエルフ襲撃事件が発生するようになったみたいな言いぐさではないか。
「おい、ロータス。犯人の目星はついておるのだろうな。単独か? 組織か? その目的はしっかりと聞き出せているのか?」
「すまない。もう少し話を整理させてくれないか」
我が急に追い立てるように話を飛躍させてしまったためか、ロータスがなだめるように冷静な顔つきで両手のひらをこちらに向ける。
「今回のエルフ襲撃事件については、おそらくはレッドアイズ国の者による逆恨みだと考えている。おそらくがつくのは、不特定多数であり、自供しない者や会話が成り立たないものもいたためだ」
「くっ……、こんなところでのんびりしていられるか。ミモザが、ミモザが危ない」
この街でエルフが襲撃されていると聞かされて、足下の地面がくり抜かれたような気分だ。とても落ち着かない。今すぐにでもミモザの元に駆け出したかった。
「今は丁度ダリアを向かわせている。気休めかもしれないが、キミの親友の安否については悪い方向にはならないと思っていい」
そこまで言われて、我は立ち上がった両足の膝を直ぐ折った。
「いつまで続くんだ。その話しぶりでは首謀者がいないみたいじゃないか。ミモザにキズ一つでもついたらどうなるか分かっておるだろうな。貴様との停戦協定もこれまでだぞ」
我の中で感情が熱く熱く煮立っていくのを感じた。まだ抑えきれない。
「対策は勿論打ってある。それが先日のキミの資金援助にも関わってくる話だ」
不意を打たれた気分だ。急に話をぶり返してくるとは。
「それはつまり治安維持がこれまで以上に機能すると考えてもよいのか?」
「その通り。色々とあったが無事に体裁が整ってきたところだ」
この男、したたかだな。やはり勇者と言うべきか。
立場上、体面上、一言として嘘をつかず、行動でも言葉通りを示す。
ついぞ先日の資金援助の件に関しても、停戦協定を盾にして我から出資させただけでなく、パエデロスの街としての活性化も、治安維持にも繋がってる。
もし、資金援助を持ち出した段階でエルフ襲撃事件についてを触れていたら破談になっていただけでは済まされなかっただろう。
わざわざ勇者の仲間たちが雁首揃えてやってきて、ミモザがいる前でそんな交渉をしてくるなんて、我が断りにくいようえらく計算されているような気がする。
結果として、ロータスは最も波風の立たない方法をこうしてやってのけたというわけだ。別段、我に構っているだけがロータスの仕事ではない。一体いくつの課題を同時にこなしておるのだ、この男は。
賢しい。ああ賢しい。むず痒くなるくらいだ。
まんまと利用されたような気もするが、ちゃんと利害は一致している上にこちらの同意した内容と相違ないという時点で、我には何の反論の余地もない。
我から言える言葉は「我の不手際で治安が悪化しそうになったが、我の金を有意義に使い、ミモザの平穏を保ってくれてありがとう」だ。ああなんと忌々しい。すっかり手玉にとられている気分だ。
これではまるで、我自身が自作自演の道化みたいじゃないか。
正確には、気付かせぬうちに自分の尻ぬぐいを自分でやっていたようなものか。
「今日は本当に挨拶程度なんだ。注意喚起くらいで収めてくれると助かる」
さっきも言ったような言葉を繰り返す。
チラッと我の視線が横に逸れる。
レッドアイズ国の特産品である極上のワインの手土産がそこに置いてある。
ロータスの意図が全部繋がったような気がする。
悔しいが、我の完敗だ。今夜はこのワインで一人、乾杯するしかなさそうだ。
「ああ、分かった。今後も治安維持に努めてくれ。くれぐれも善良なる市民である我やミモザに危害が及ばぬようにな」
「この街を守る者として善処するよ」
強めの皮肉を言ったつもりだったが、嘘偽りもない男は正論で殴り返すこともしないらしい。一片の嫌みもなく、ロータスの器の大きさと深さに感服してしまった。
※ ※ ※
それからロータスが酒を置いて帰って間もなく、注意喚起とはいえ、やはりああ言われて気になってしまった我は、直ぐさまミモザの店へと向かうことにした。
今さらロータスを信用するしないもないが、万が一と言うこともある。
よりにもよってエルフ襲撃事件なんてピンポイントな出来事が今までずっと我の耳に入ってこなかったことがあまりにも不快だった。
それだけロータスたちが秘密裏に解決に取り組んでいたのか、それとも波風立てぬよう揉み消すことに徹底していたのか定かではないが、寝耳に水もいいところだ。
ミモザの店が見えてきた辺りで、玄関口に赤髪の魔女の姿を視界に捉えた。
あの地味な黒いローブの女は他にはおるまい。紛れもなくダリアだった。
「フィー、どしたの。そんな汗かいて」
既にロータスと話を済ませているせいか、大体を事前に知らされた上で、白々しくダリアが訊ねてくる。それに対し我は思わず睨みをきかせる。
「大丈夫、大丈夫だって。ミモザちゃんの安否を心配してきたんでしょ?」
「ミモザに余計なことは言っていないだろうな」
「最近は物騒な事件が増えてきちゃったから、身の回りには気をつけてね、って注意しただけよ」
無難な返答ではある。必要以上に警戒させてしまえば魔具店を営んでいる以上、何かしらの支障にもなりかねない。
「アンタも、あまり余計な行動は控えてよね」
「む? 例えばどういうことだ」
「屋敷の使用人をフル動員してミモザちゃんの店をがっちり固めるとかよ。今は噂話を信じてる変なのが沸いてる程度の話なんだから、そんな大げさなことやられたら噂が真実だったって信憑性が流布されちゃうでしょ」
意外なところで釘を刺されてしまった。確かに我はそれくらいのことをしようとしていたかもしれんが。
第一、不特定多数の某がポッと現れてるかもしれないという状況で、常時使用人を張り込み続けていたら疲弊が募るばかりだろう。
ただでさえ、我の身の回りを任せている使用人たちを疲弊させてしまっては、我自身の安否にも関わってきてしまう。土台、無茶な話だ。
「今日は新しい従業員さんたちともお話しさせてもらったわ。向こうは理解が早くて助かったんだけど、フィー、あんたも分別はちゃんとできるようになりなさいね」
「ぐぬぬ……ならば、一刻も早く事態が収束するよう尽力しろ」
「その点は大丈夫よ。幸い、レッドアイズ国の情勢も安定してきてる。こっちの方も何とか立て直しもできてきてるから、一時的なものになると予想してるわ」
パエデロスの治安維持を勤めているトップと同じようなことを言う。後は自分たちを信じろ、としか言えないわけだ。
かつて掃き溜めとまで言われたパエデロスを平和の象徴と呼ばれるまでに立て直した連中の言葉に信憑性がないなどと言えようものか。反論しようがない。
「今までもずっとアンタが好き勝手やってきたのを黙認してきたんだから、ちょっとくらいは私らのことを信用してくれたっていいんじゃない?」
「わ、分かった。分かった分かった。信用する。信用してやろうではないか」
どちらかといえば一方的に迷惑を掛けているのは我の方だ。
我にはそう返事するしかなかった。
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