「えーと……、えーと……」
実戦開始だ、と宣言されても、こちらは魔力がなくて魔法もろくに使えない身。
勢いを殺すようで恐縮だが、ミモザとともに魔石の詰まった箱を物色する。
何処で調達してきたのかは分からないが、見た目は丁寧な作りをしてある魔石だ。
分かりやすいように石の表面に刻印も施されており、どんな属性の魔法が構築されているかも、魔力の読めない我でも把握できた。
「なあ、これは試し打ちをしてもよいのか?」
「ああ? まあ、ちょっと勿体ないがいいだろう。ワタシ権限で許す!」
とりあえず許可は得られたので、手頃な石を一つ掴み取り、誰もいない方角に向けて構え、意識を集中させる。
すると、魔石はすんなり発光し、我の目の前に火柱が巻き起こる。
思っていた以上に結構火力は高い。我やミモザくらいの背丈ではこんがりと丸焦げにできるくらいの高さまで炎が立ち上っている。
悲しいことに、魔石から直接放っていることもあって、調節が利かない。
少し前までだったらミモザお手製の魔石から魔力を抽出して、我の魔力に置き換えてから術式を構築するという手順を踏んでいた。
つまり、魔法そのものは我自身が放っていたからある程度の融通は利いていた。
だが、これは既に完成した魔法をそのまま放つだけの魔具。
下手に無駄撃ちしていたら制御しきれず自滅する危険性すらあった。
「おい、フィー。お前さん、分かってるだろうな? ミモザに火傷の一つでも負わせたらウェルダンどころじゃ済まさないぞ」
ヒィィ! プディカから背筋が凍るほどの殺気が送られてくる。
だったら最初からこんな危険な実習なんてやらせなければいいだろうが!
我としても勿論、ミモザには傷一つ付けたくはない。
魔法の危険性も学ぶのも授業の一環なんだろうが、こんなのを魔法を使ったことのない素人に渡しちゃダメだろ。
他に適任者がいなかったとはいえと無茶苦茶すぎる采配だろう。
果たして、プディカはソレを意図してやっているのか、はたまた本当に単なる気まぐれかまでは知りようもないが、他のクラスメイトの模範になるべきか。
なんで我がそんなことをしなきゃならんのか甚だ不本意なのだがな。
「この術式は……で……こう……だから……変換を……して……」
なんか知らんがミモザの方は魔石を手にとって品定めをしている……というよりかは何か弄っているようにも見えた。魔力の動きが分からない我には、ただただミモザが石の表面をなで回しているだけの光景なのだが、なんとも不穏だ。
「ふぅ……、最低限のものだけにしておくか」
無駄に大量に魔石を持っていたら暴発も怖いしな。
木箱からいくつかの魔石を取り出し、手の上で転がしてみる。
発動させる感覚を間違えないようにせねば。
「フィーしゃん、準備はいいれすか?」
「ああ、いつでも来い。舞台の上から降りた方が負けだ。何、緊張することはない。気楽に構えようではないか」
あくまでこれは防衛魔法の授業。殺し合いではない。
多少なり痛い思いをするかもしれないが、それもまた勉強よ。
「じゃあ、行きまふっ! 初歩火炎術式!」
ゴゴゴゴゴゴ……。そんな空気が震えるような音を、明瞭に耳が察知した。
急激に周囲の気温が上昇し、一瞬にして全身から汗が吹き出すのを感じた。
「ふぁ?」
目の前に突如として出現したのは、極大の火炎球。
「いぎゃあぁっ!?」
咄嗟に舞台ギリギリのところまでスライディングし、辛うじて躱す。
肌がチリチリする。髪が少し焦げたのでは?
振り返ってみると舞台の上の半分以上に焦げ痕が……というか、マグマでも沸いてでたのかというくらいクツクツになっていた。
あれ……? 直撃したら骨も残らないんじゃね……?
というか、生徒たちは巻き添えを食らったんじゃ。
そう思って見回してみると、何やら生徒の周りに薄い膜のようなものが見えた。
事前にプディカが結界か何かを張っていたらしい。用意周到な。
まあ、危険な魔法を使う実戦形式ならそれも想定内か。
ただ少し気になったのは、その膜に僅かな亀裂が見えたことだろうか。
「いいぞ、ミモザ。その調子でフィーの奴を舞台から落とせ!」
いやいや待て待て! 我の安否を考えろ!
「お、おかーさん……やっぱりフィーしゃんと戦うのは……」
「何を言っている! 多少の怪我くらいならワタシが治せると言っただろう。遠慮することはない! 思い切りぶっ放せ!」
多少の怪我じゃ済まされないんだよ! マジで殺す気か!
我は貴様のせいで防護魔法も張れないんだぞ!
というか、なんかおかしいな。我が同じ魔石で魔法を放ったときと威力が違いすぎやしないか?
まさかミモザ、術式を書き換えて強化したとでもいうのか? あの短時間で?
なんというセンスのかたまり。何故エルフの里を追放されたのか分からないくらいのポテンシャルを秘めているじゃないか。
「じゃ、じゃあ、フィーさん……ちょっと痛いかもれすけど……もっかい!」
我、死ぬのかもしれない。他ならぬ親友に殺されて。
「初歩凍結術式!」
刹那、溶けそうなほど熱かった周囲から急速的に熱が奪われ、火山地帯のようだった舞台の上に霜が降り始める。
一瞬にして、真冬の極寒が、いや凍土すら涼しい絶対零度の風が辺りを包み込む。
も、もうダメかもしれん……。
かじかむ手でどうにか魔石を握り込み、朦朧としていた意識を集中させる。
ミモザの魔法に比べれば篝火程度のものだったが、火炎を放つ。今にも掻き消えてしまいそうな火柱で、暖をとる。
なんか前も見えないくらい吹雪いているんだが、この状況を教官はどう考えているんだ。
「ふえぇ~ん……もうこれ以上は無理れふぅぅ~……」
「この軟弱ものッ! それでも誇り高きアレフヘイムのエルフか! それでもこのワタシの娘か! たかが授業で本気になれずどうする!」
「うぅ……」
吹雪の向こうからミモザの棄権したい声と、それを制止する怒号が聞こえてきた。むしろ止めろ、教師! この鬼教官!
アレフヘイムのエルフがやたらと強かったのは大体アイツのせいなのだろうな。娘に対しても容赦なさすぎる。
ミモザを攻撃するわけにはいかない。だが、このままではミモザに殺されてしまう。あの教官もノリノリで我を殺す気まんまんのようだし、ミモザもそれに乗せられてしまっている。
最悪だ。なんという最悪な親子コンビネーションだ。
「ふぅ……精神集中だ。まだ使える魔石は十分にある」
炎の魔石を振りかざし、もう一度火柱を。まださっきのも掻き消えそうだったが、上乗せするように重ねがける。
さらに、そしてさらに、と炎を大きく、広範囲に拡張する。一回の吹雪に対して何回も火炎魔法で対抗するなんて非効率にもほどがあるが、今はこの手段しかない。
「ふわぁ……わたしの氷が全部とかされちゃいましら!」
アイツ、自分の実力を分かっておるのか?
絶対まだ自分が弱い落ちこぼれエルフだとか思っておるだろう。んなわけあるかと言ってやりたい。
「初歩疾風術式!」
「うおっ!? 初歩岩壁術式!」
ミモザの方から吹き荒れるかまいたちに対し、咄嗟に地面から土の壁を作り出す。秒遅れてたら全身を切り刻まれていたところだ。
現に、岩のように固いハズの壁も一瞬で跡形もなく削り切られてしまった。属性相性を無視するんじゃない!
「さすがはフィーしゃんれす!」
お前も過大評価してくれるなよ、ミモザ。今、目の前で親友が三枚に下ろされるところだったぞ!?
「ミモザ、攻撃の手を緩めるな」
「はい! おかーさん!」
マジ勘弁してくれ!
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