「我は土地勘もない身……願ってもない提案だ。しかし、コーベ。キサマはもう少し離れろ、距離をとれ、我の身の回りに近寄るな」
「照れなくてもい~じゃんかぁ~、カシアちゅわぁぁん」
むしろ、我の方が一歩、二歩退く。真後ろ、壁を背負う。
ここぞとばかりにコーベはヤツリの腕からスルリと抜け出し、我との距離を詰めてくる。そして、逃がすまいと思ったのか、壁にドンと手をつき、正面を切って、気色の悪い顔を近づけてくる。
「へへへへ、オレたちと行こうぜ? 守ってやるからよ」
おげえええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ……っ!!!!
気持ち悪ううぅぅぅぅぅぅ……っ!!!!
「おいおいおい、コーベ、いい加減にしろって!」
二度目のヤツリの羽交い締め。キモキモチャラ男が無事、遠ざかっていく。
「はぁ……はぁ……、その男をどうにかしておいてくれるのならば、是非とも案内をお願いしようか……」
うっかり魔法で火葬してしまうところだった。本気を出したら骨も残らぬぞ。
そんなことをしてしまったら魔石を使い果たして我の冒険も終わるがな。
「りょーかいっ! このバカはナントカしとくからカシアちゃんは大船に乗った気になっていいよ! コイツ、女と見ると見境がないからさぁ~」
まだヤツリの方がマシだな。
一体どんな環境でどう過ごせばこんな人間に育つのだろうか。
我は選択肢を誤ってしまったかも分からんが、利用できるのなら利用させていただくまでよ。ここが危険なダンジョンであることには変わりないし、本気で役立たずならさっさとリタイアしてもらった方が都合もいい。
万が一にでも我に襲いかかろうものなら容赦もせん。今度さっきみたいなことをしたら炭にすらならんと思えよ、キモキモチャラ男。
一方その頃、焚き火の前で陣取って黙々と一人、ナイフを磨き続けているケノザは、疲れた顔をして深い溜め息をついていた。
あの顔を汲み取るに「え? マジでついてきちゃうのか」といった落胆っぷりがうかがえる。あの流れだと我は断ると思っていたのだろうな。
なんでこんなチャラ男どもとつるんでいるのかは知らんが、ケノザも大層苦労人なのだな。胸中察しておいてやろうではないか。
※ ※ ※
ジメジメと湿っぽく、不快な空気の漂ってくる洞窟を歩く。
先頭を切るのはキモキモチャラ男のコーベ、その後ろにガッチリ武装したヤツリと大荷物を背負ったケノザが続き、我は最後尾だ。
確か我がこの洞窟に入ったときにはもっとひんやりとしていたような気もするのだが、心なしか、ぬるい感じがする。そのまま心境的な意味合いもあるのだが。
ほんのついさっきまで我単独だったし、急に男三人も加わってむさ苦しくなった、というのが本音だ。
「おっと、気ぃつけて。天井」
シッと静かに、コーベが足を止め、後ろに合図を送る。何かと思えば、天井から何かがポタリ、ポタリとこぼれるように落ちてきていた。
よく見てみると、指ほどのサイズはある細長いソレが、地面の上でうにょうにょと動いていた。
「巣から出てきたな。もしくは移動してきたか。どうする、コーベ」
落ちてきたソレをケノザは指先で拾い上げて確認する。
「ぁー……つっても迂回するルートはねぇしな。しゃーねぇ、ケノザ、虫除けローブを出してくれ。できるだけ長い奴な」
「あいよ」
と、徐に荷物を降ろし、ケノザは何やら何着かのローブを取り出してくる。
そして、そのうちの一着を我に差し出してきた。
「ほらカシアさん、アンタもだ。血を吸われたくなければ頭から被った方がいい」
ああ、そうか。アレが吸血蛭か。少し遅れて理解した。
天井から垂れてきてるからローブを被って回避しろということだな。
「すまぬな、恩に着る」
我だったら普通に障壁の魔法で回避するつもりだったからこんな装備など要らぬのだが、ここは一つケノザの優しさに甘えておこう。
ローブを受け取り、言われたとおりに頭からバサッと被る。
なんか異様に薬臭い。質の悪い酒みたく鼻にツンとくる。
これは解毒系の薬だな。確か、毒虫の類いが避ける臭いでもある。
「一気に駆け抜けるよ。下にもうじゃうじゃと落ちてるだろうし、踏んづけて転びでもしたら一巻の終わりだから」
「あいわかった。元よりその覚悟はできている」
この洞窟に生息している吸血蛭は、血溜まりの大蛭と呼ばれている種で、悪い意味で食いしん坊だ。
皮膚に食いつかれたらただちに出血し、さらには血液の凝固を阻害する毒を注入してくる。しばらくの間は血を垂れ流すことになるわけだ。
この血溜まりの大蛭はそこからが凶悪で、血の臭いを周囲の仲間に知らせる。
一匹食らいついたかと思ったときには足下や天井から無数の蛭に全身を取り囲まれて、一滴残らず吸い尽くされてカピカピにされてしまう。
そうして延々と食い荒らされた後には血溜まりしか残らないという話だ。
普通の蛭といったら血を吸われていることにも気付かないものだが、コイツらは集団行動という習性を獲得し、最初の吸血を許せばそれが攻撃の合図となる。
よしんば、逃げ帰ったとしても、蛭の毒に冒されて流血体質にされてしまい、何年も治らない傷口から血を流し続ける事例も報告されている。
「よぉーっし、駆け抜けていくぜぇいっ! シャッハーッ!」
そういって先陣を切るのは先頭のコーベだ。
ローブで身の守りを固め、洞窟の奥へと消えていく。テンション高ぇなオイ。
当然、その後ろにヤツリ、ケノザ、我と続いていく。その間、ボタボタと天井から蛭も落ちてくるし、地面にも大量のうにょうにょが蠢いている。
かなりの数に見えるが、これでも巣ではないらしい。
ガチに吸血蛭の巣ともなれば、天井一面、壁一面、地面に至るまでビッシリうにょうにょしていると聞くからな。
まだ全然避けて通れるだけマシともいえる。
ふと見ていると、ケノザが地面に向かって水をまき散らしているのが見えた。
ジュワァァっと音を立てている辺り、酸性か何かの薬だろうか。
「帰りにも使う道だからね。気休め程度にしかならないだろうけど」
ああ、虫除け用か。さすがに用意周到だな。
やはり何度も潜っていると言うのも自己申告的なウソではないのだな。
あのキモキモチャラ男も、あんなノリではあるが、一応ちゃんと慎重に進んでいるし、無計画で無謀なことはしていない。
認めると何かに敗北した気分にはなるのだが、ベテラン冒険者だ。
どうせなら早めに血溜まりの大蛭の餌食になって顔を見なくて済むようになってほしかった。この分だと、普通に生き残ってしまいそうだな。
ちゃんとメンツがしっかりしていると、ここまで心強いものかと思ってしまう。
我も別に本職が冒険者というわけではないし、そういった心得を熟知しているわけでもない、むしろ素人の部類。
サバイバルといった意味では力を持って全てをねじ伏せてきたものだ。道具や経験で危機を回避するといった記憶はない。魔力で、魔法で、大体なんとかしてきた。
魔王になってからは手下どもに守られてきたしな。
貧弱で脆弱で虚弱なザコザコのよわよわのヘボヘボとなってしまった今では、そのありがたみというものがよぉく分かる。
まあ、コイツらがいなくともミモザの魔石でどうにかはなっていたのだがな。
いつぞやのコリウスと同行していたときのことを思い返せば、これこそが正しい冒険者の姿なのだと実感できる。あのときもよく誰も死なずに済んだな。
不本意だが、甚だ不本意ではあるのだが、コイツらは頼れるベテラン冒険者で間違いないようだ。
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