「はぁ……、はぁ……、なんなんだこのダンジョンは……」
あれから大分、遺跡の奥の方へと進んでいったが、思っていた以上にトラップまみれだった。最初のトラップなど序の口で、進めば進むほど数は増えていった。
幻覚ガスの罠に引っかかって目の前で無限に分裂しながら微笑むミモザに取り囲まれたり、置換転送系の罠を踏んで着ていた服が人間の男どもを誘惑しそうなアホみたいに露出度の高い衣装に替えられたり、もう散々だ。
このダンジョンを設計した奴は、かなり性格が悪いに違いない。
侵入者を防ぐというよりも、足止めさせる程度のものか、嫌がらせする程度のトラップばかり。
まだ耳の奥にミモザの高笑いが聞こえてくるようだ。
ぐぬぬ……本人に出会ったら我はどんな顔をすればいいのだ。
経験値稼ぎも全くといっていいほどできていないし、正直何のためにわざわざ足を運んできたのか分からなくなる。
とはいえ、ここまで来たからには手ぶらでは帰りたくない。
こうなったら意地でも最深部を目指して何かしら宝を持ち帰ってやる。
これで何も残ってなかったら承知しないからな!
「さすがにそろそろ最深部だろう……ふぅ……はぁ……」
それほど疲弊しているわけでもないのに、何故か先ほどから妙に身体が熱い。
汗もじっとりと滲み出てきていて、何やらほわほわする。
まさか知らないうちにまた変なトラップを踏んだか?
こんなところで倒れたら誰も助けには来ないぞ。
というか、助けに来られてもこんな間抜けな恰好を晒すのは勘弁だ。
それに、我が帰らなかったら、ミモザが心配するではないか。
「こんなことなら沈静のポーションくらい持ってくるんだった……」
しっかりばっちり準備したといっておいてこの体たらくだ。
やはり、我は冒険者には向いていないらしい。
なんだったら前のときのミモザの方がしっかりしていたではないか。
我は魔法でゴリ押ししていただけ。
十分な準備をしていたのはミモザだけだった。
情けないものだな。かつての魔王と聞いて呆れる。
「こんな調子で勇者を打ち倒そうというのだから、尚のこと笑えるな……ふふふ」
※ ※ ※
何やら広い部屋に辿り着く。
ズラリと並ぶ石像やら、それに囲まれる祭壇やら、見るからに仰々しい感じだ。
もしや、ここが最深部の部屋だろうか。
もし何かがあるとすれば目の前に見えるあの祭壇の上か。
頼むぞ、手ぶらで帰ったらミモザに笑われてしまうからな。
さて、これだけ広い部屋だとそこかしこにトラップがありそうなものだが、どう警戒したものだろう。恐る恐る部屋に足を踏み入れ、一歩ずつ慎重に進む。
すると何かに感知されたのか、これまでにないくらい強烈な魔力が何処からか迸る。どうやらちゃちなトラップなんかではなさそうだ。
「――――ふぁ~……、侵入者なんて何百年ぶり?」
部屋中に声が響き渡るが、声の主の姿が確認できない。
何処だ、何処にいる? そこら中から魔力をビンビンに感じる。
「って、女一人ぃ? プッ、しかもマヌケなカッコ」
普通に笑われた。普通に悔しい。何も言い返せないのが尚のこと。
突如として、室内に風が巻き起こった。
外から入ってきた風なんかではない。ここは遺跡の最深部なのだから。
風は集約し、小さなつむじ風となり、そして一つの形に変わる。
どうやら、おでましのようだ。
「はいは~いっ、侵入者さん、こんにちは~。こんばんはかな? ま~ま、どっちでもいいんだけどさ」
現れたのは、宙に浮かぶ痴女。
いや、そうとしか見えない、とんでもない露出度の高い女が出てきた。
よくそんな恰好をして我のことを笑えたものだな。
それは服なのか? ヒモなのか?
「お前、夢魔だな?」
「ピンポ~ンっ! 大っ正解! すっごい物知りさ~ん」
からかってるのか何なのか、上機嫌に部屋中をくるくると自在に動き回る。
夢魔とは、人々の欲望を糧に生きる者のこと。あまり同類と思われたくはないが、人々の負の感情を命に変換する我とはある意味、似たような存在ではある。
敵にするとなると、なかなか厄介な相手だ。
「いやぁ、人間どもに捕まっちゃってさぁ、ここに番人として封印されちゃってのよねぇ~。たっくさん侵入者が来てた頃はもうさ、入れ食いで楽しかったんだけどぉ~、ここ数百年誰もこなくって退屈も退屈、死ぬほど暇だったのよん♪」
ますます間の抜けた奴だ。
人間どもからしても夢魔なんて天敵のようなものだ。
人々の欲望が尽きることなんてないのだから、それこそ人々が生きている限り、永遠の命を約束されているようなものだ。
必要以上に人間どもと関われば、コイツみたいに封印される。
しかし、悲しいことに、我の実力ではコイツに勝てるかどうかは分からない。
ミモザの真実を見る透鏡を使わずとも我より魔力が高いことを肌で感じる。
間違いなく、実力は向こうの方が上。
尻尾巻いて逃げることも考えねばなるまい。
悔しいものだ。我は勇者どもの手によって人間たちの負の感情を失いつつあり、今もこうして弱体化しているというのに、欲望を糧に生きる夢魔にはその気配もない。
「ん~……? あ~……? ちょっと、ちょっと、待ってよ。あなたさぁ、人間じゃないでしょ。弱々しい魔力してるクセして、なんだか不思議な感じ」
「ほぉ……分かるか」
さすがに感知されてしまったらしい。
「一応名乗っておこう。我の名はフィテウマ。フィテウマ・サタナムーンだ」
「うげっ! 知ってる、知ってるよ、その名前。魔王フィテウマ……まさかこんなところで会えちゃうなんて思わなかったなぁ~」
露骨に嫌そうな顔された。ひょっとして我って嫌われてるの?
「訳あって、魔力を失ってしまってな……」
「あー、なるほどね。あなたも人間にやられちゃった口なんだ。私とおんなじなのね~♪ うふふふふ……」
何一つ否定できないことに苛立ちを覚える。
「数百年以上前でも名前くらいならバッチリ聞いたことあるある。いつかは人間どもを支配下に置くとか思ってたんだけど、はぁ~、そっかぁ~、こんなよわよわになっちゃったのかぁ~……ご愁傷様」
うぅ……泣きたい。
「それで、魔王様? どうしてまたこんなところに迷い込んだんで?」
相手が相手だけに事情に関しては特に隠すことでもない。
話の通じる相手なら別段気にすることもないだろうと思い、とりあえずはここまでの経緯を簡単に話してみることにしてみた。
※ ※ ※
「ふむふむ。つまり、勇者の聖剣に魔力を消し飛ばされて、完全に無能になっちゃったせいで魔王軍を追放されてしまい、勇者に復讐しようと試みて身分を偽って潜入したまではよかったけど、金にものを言わせて行動してたら悪目立ちしてしまい、勇者たちにマークされたから仕方なく秘密裏に仲間を増やしていこうと計画するもその仲間も勇者たちに認知されちゃったものだから、結局コツコツ地道にひとりぼっちで冒険ごっこしながら勇者を倒すための力を蓄えようとしていた、と」
みなまでいうな。
「かわいそ~」
感想を一言に集約するな。
「ま~、ま~、そんなに落ち込まなくても。世の中そんなもんだって。ほらほら、ワタシもこうやって人間に封印されちゃったしさ、お仲間♪ お仲間♪」
お前に同情されるのが一番辛いわ。
「ついでだから告白しちゃいま~す。ここには魔王様の欲しがるものはありませ~んっ」
「何っ? それは一体どういうことだ?」
「ぶっちゃけこの遺跡に保管してあるお宝は、高価な宝石でも希少な素材でも、ましてやパワーアップアイテムでもないってことデース♪」
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