「これ、似合いまふかね?」
太陽に照らされた小麦の如く輝いて見える金髪に、透き通るような空色をした瞳の可憐なる少女が、魔導士学院なる場所の指定する制服を身にまとう。
黒を基調とした布地は一見不釣り合いかと思ったが、これがなかなか似合うではないか。普段からあまりお洒落な格好をしないこともあるが、何処ぞのご令嬢様かと見間違うほどに素晴らしく化けた。
一応、魔導士学院の生徒の多くは移住してきた貴族を想定しているせいもあるためか、ちょっと高価な生地を使っているらしい。
どっから予算が下りてきているのかは知らんが、下手したら制服を何処かに売っ払うだけで結構な儲けもでそうだ。
「他の者の目に触れるのも惜しいくらいだ」
ミモザの髪を梳きながら我は答える。さながら愛おしい妹のよう。
「フィーしゃんもよく似合ってましゅよ」
そんな満面の笑みで答えられたら我も照れるではないか。
最後の仕上げに赤いリボンを胸元でキュッと結べば完成だ。
姿見の鏡の中に二人の制服姿の女生徒が並ぶ。
それはまさに姉妹といっても過言ではない。まさにだ。
「えへへ……わたし、学校って行ったことないから楽しみれふ」
記憶する限りでは、アレフヘイムの里にはそういった施設はなかったかな。
養成所とか訓練所みたいなものはあったような気もするが、閉塞的な土地で暮らす引き籠もり種族のエルフに幅広い勉学などないに等しい。
親が子にエルフの歴史や生き様を教えるくらいなもので、学校といえるほどの規模の大きい機関はミモザにとっても無縁だったのだろう。
まあ、そういう言い方をしてしまうと、我も学校とは無縁だったのだが。
かといって、勉学を疎かにしていたわけではなく、殆どが独学だ。
「フィーしゃんに学校に誘われたときには驚きましらが、なんだか楽しみになってきました。ちょっとだけお店を空けなきゃいけないのはやっぱり心残りでふが」
「昼間の営業よりも冒険者どもの帰ってくる夕方や夜のが儲かるからな。その時間帯を空けるだけだ。そう売り上げには影響しないだろう。何より日中でも従業員たちがいてくれるしな」
肝心の看板娘がしばらくの間、不在になるのは確かに不安ではあるが、今はミモザの店もかなり安定してきているし、なんだったら我もミモザも売り子としての負担の方が大きかったくらいだ。
しばらくの間、昼間の営業をサボってもバチは当たるまい。
というか、ついこの間までは開店そのものも不定期だったのに、大して売り上げも落ちていなかったのだから懸念するまでもない。
以前までと違って店自体は毎日のように営業しているのだから、たまに看板娘がいるかいないかくらいでも十分といえよう。
「師匠、今日の分と明日の分と明後日の分の仕込みが終わったぜ!」
ヌゥーっと黒光りする筋肉が姿を現す。大袈裟な荷物を抱え込んでそのハキハキとした声には張り切り具合が感じられる。
「おいおい、ノイデス。入学式は来週だぞ。今からそんなに準備を進めてどうする」
ちなみに件の学校に入学を決めたのは我とミモザだけだ。従業員まで通学してしまっては店の負担が大きくなってしまうしな。
「フィーしゃん、違うんでふよ。これは学校の準備なんれす」
「学校の準備?」
そういうや否や、何故かノイデスの方から抱え込んでいた商品の箱を差し出される。見てみるとそれは学校で使えそうな用具ばかりだった。
いつの間にこんなものを。
「実は、ちょっと前からダリアしゃんから相談受けてて、サンシしゃんと一緒に考案してましら」
そういえば何かこそこそと新作の開発をしているなぁ、とは思ったが、まさかこんなものを作っていたとは。
適当に一つ取り出してみる。万年筆のような形状をしたペンだ。紙の上で走らせてみるとペン先が光り、そのまま文字が書けた。
「名付けて光彩の文学筆でふ。インク跳ねも気にせず魔力で文字が書けましゅ。魔石が仕込んであって大体八万文字くらいは書けるかと」
何気なくまたとんでもないものを作るものだな、我が親友は。あのドワーフ小娘の助力もあって量産体制もバッチリというわけだ。
「ふむ、この杖もカラーバリエーションがあって良いな」
子供から大人まで使えそうなサイズまで揃っている。今の我には魔力の感知ができないから正確には分からんが、おそらく丁度いい具合に魔法が使えるよう魔力の調整もされているのだろう。
「これもサンシが作ったのか?」
「そっちのは俺だよ、フィー様」
「何っ、こっちの箱全部か!?」
なんかどっさりと作ってあるんだが、こんなに沢山杖を彫ったのか。かなり繊細な細工が施されているのだが、本当にノイデスがやったのか。
思えば、コイツもあれでいて結構手先は器用な方なんだったな。忘れかけていたが、店の前に置いてある姉妹天使の彫刻もノイデスの手作りだったしな。
見た目に似合わず細かい作業もできるらしい。
「俺ぁサンシみてぇに作業は早くねぇが体力なら負けないからな。ザクザクと作らせてもらったぜ! がっはっはっは!」
「ありがとうございまふ、ノイデスしゃん」
「師匠のためなら御安いご用さ! 師匠の調整した魔石もちゃんと埋め込んであるから問題ないはずだぜ!」
「……うん、完璧れす!」
ミモザが杖を手に取り、瞬時に把握。納得の一声をあげる。ノイデスも満面の笑みだ。職人が揃うとこうも仕事は早いものなのか。
「わたしも魔法が使えるようになるといいでふね……」
そう言いながらミモザは杖を構え、スンスンと素振りをしてみせる。
潜在魔力を持たなかったがために無能の烙印を押されただけに留まらず、里を追い出されたエルフの言葉と思えば決して軽いものではない。
「大丈夫だ。ミモザならば習得できるはずだ。ダリアも教員の立場に就くと言っておったしな」
ダリア先生。口にするだけで鳥肌の立つなんとも嫌な響きだ。信頼を獲得できるほどの実績を持っていることは否定しないがな。
魔力の才がなくとも魔法が使えるようになる、なんて口では簡単に言ってのけたが、ダリアの発言じゃなければ悪質な詐欺師の売り文句みたいなもんだろう。
「俺はちっとそういう小難しいのはダメだが、師匠なら問題ないと思うぜ!」
ノイデスからも励ましの言葉が飛んでくる。魔法は関係なしにしてもお前も学校に通った方がいいのではないか、と思わないでもない。
一応、件の学校は魔法に特化した科目が目玉ではあるが、きっちりとその他の授業科目も充実している。我も不足している現代社会の教養も得られるはずだ。
またレッドアイズ国みたいな突然変異の如く急成長を遂げた高度文明と遭遇したときに無知を晒さないで済むことだろう。
どう取り繕うが我は――我が軍は人間の進歩の前に敗北したのだからな。
「我やダリアが傍にいて魔具の開発していたときとそう変わらん。不安を覚える要素など何処にある。ちょっと場所が大げさになっただけだ」
「ふみゅぅぅ……そうれすよね。わたしも、新しい知識や技術をもっとしっかりと勉強しないといけないと思ってましらし」
ミモザの基本技術は独学。そこに我の魔法技術に加え、ダリアの現代魔術の知識で独自の技術革新が起きているが、恐るべきことに土台なしでそこまで積み上げていたりする。
もし、本当にちゃんとした勉学に励んだらどうなることやら。期待と不安が丁度いい具合に掻き混ざってしまうな。
「早く学校に行きたいでふね! フィーしゃん!」
「ああ、そうだな。我もミモザとともに勉強したいものだ」
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