※勇者サイド
「ただいま、戻りました」
夕焼けのパエデロスの教会に、女僧侶マルペルが実ににこやかな笑みを浮かべて戻ってくる。それを出迎えた勇者ロータスと女魔法使いダリアは、その上機嫌っぷりを一目見て察した。
「おかえりマルペル。ずいぶん上機嫌みたいだけどフィーの様子はどうだった?」
「ええ、目立った怪我もしておりませんでしたし、とても元気でしたよ」
マルペルが変な嘘をつかないことはロータスもダリアもよく知っている。おそらく言葉通りに受け取っていいのだろうと判断した。
三人が教会の中に入り、礼拝堂を抜けた先にある奥の扉を目指す。
その先にあるのはこの教会に勤める者が利用する居住スペースだ。
神聖なる場所とは打って変わって、質素ながらも生活感のある部屋で、一先ず三人は何を言うまでもなく各々長テーブルの席に付き、一息ついた。
「それで、ロータスさん。ミモザちゃんについて伺ってもよろしいですか? 私、あまりよく分かっていなかったもので」
「ああ、あの子のことなら私の方から説明するよ」
そういって割って入ってきたのはダリアだった。
「あの子、ミモザちゃんは魔具士としてなかなかの技術力を持っていたわ。ロータスと一緒に話を聞かせてもらってね、まあ、ロータスは話の半分も分かってなかったみたいだけど」
「いやぁ……はは。話のレベルについていけてなくてね」
面目なさそうに苦笑いしながらロータスが言う。
ダリアとミモザの話についていけないと分かるや否や、ロータスは早々にパエデロスの街の巡回に向かったらしい。だから話の殆どはダリアに押しつけだ。
「なんか色々なとこを転々としてきてパエデロスに流れ込んできた感じね。来たのも最近だったっぽいことは言ってた。問題なのは、コレよコレ」
そういってダリアがテーブルの上に置いたのは、見るからに不出来な水晶らしきものや、用途不明な品々ばかり。
「これは、ミモザちゃんの露店にあった商品ですね」
「ええ、そうよ。コレを見て何か思うことは?」
そうダリアに振られるも、マルペルはきょとんとする。ロータスの方に目を向けるも、誤魔化すように苦笑いするばかり。
見た感じは下手くそな職人が手を掛けた未完成の小道具ばかりだ。
なかなか答えが出てこない二人に対し、ダリアは痺れを切らしたのか自分から口を開く。
「ま、答えだけ言うとそう、こんな街で売っていいレベルじゃないってこと。さっきもちょっと言ったかもだけど、使い方次第ではかなりの武器になっちゃう」
「まあ。でもミモザちゃんはどうしてこんなものを?」
「そこのところは俺も確認させてもらった。悪気はないだろう、という結論だ。本人は全く自覚していなかったみたいだしね」
聞くところによれば、ミモザは路銀稼ぎに魔具を作るようになったという。
性能ばかり重視するあまり、見栄えを気にしていなかったため、売り上げはよくなかったらしい。
「聞いてビックリしたわよ。さっき私が空にぶっ放した魔法玉なんていくらで売ってたと思う? たった8ブロンよ。サンドイッチ二個分ね」
「まともにギルドが機能している街だったら1ゴルドでも安いくらいだね。もしかしたら流通を恐れて販売を停止するかもしれない代物だ」
「ミモザちゃん、凄い子でしたのね。あんなに小さいのに」
「ああ、あと多分あの子マルペルより年上だぞ」
「あらまあ」
マルペルは口元に手をあて、小さく驚く。そしてくすくすと笑ってはぐらかす。
「魔具の販売については私からも説明させてもらったわ。あまり危険なものを売っているとあの子自身が危険な目に遭うかもしれないしね。だからあの子の技術力を見定めてたらちょっと時間が掛かっちゃったのだけど……」
「確かに思っていたよりも遅くなりましたね」
それについては空の色を見れば明白だ。
「ぁー、まぁ、フィーのところに帰りたがってグズってたのもちょっとあるかな」
「フィーとミモザは仲が良いみたいだったね。あの様子を見る限りでは」
「馬が合うって感じには思えないんだけどねぇー……よく分からないわ」
うーん、とダリアが首を傾げたあたりで、ふとロータスが何かを思い出したかのようにマルペルの方へと向き直る。
「そういえば、フィーの方はどうだったんだい。今日は一日一緒にいたんだろ?」
「うふふ……そうですね。お二人はどうやら親友と呼び合う仲のようでした。使用人の方たちからもお話を伺いまして、これは間違いないですね」
あまりにもマルペルがにこやかに答えるものだから、ロータスとダリアは先ほどからマルペルが妙に上機嫌だった理由に合点がいった。
「フィーちゃんの方からおうちに招待することが多いそうです。お食事から湯浴み、時には寝るときも一緒なのだとか。使用人さんも二人は姉妹のようだと」
うふふ、うふふふと堪えきれない笑みをこぼしてマルペルが言う。
ふとダリアは銀色の髪の少女と、金色の髪の少女が並んで添い寝しているところを想像し、確かにそれは姉妹のようだ、と思った。
「ふぅーん……そんな仲いいんだ。私が行くとすぐに帰れ、帰れっていうくせに」
「それは単純にダリアがしつこくて煙たがれてるからなんじゃ……」
あはは、そうかもね、とダリアは笑って答える。
「んーと、そうか……魔具のことばかり聞いてたからうっかりしてたけど、やけに質の高い素材使ってるなぁ、って思ってたのよね。そっかそっか。フィーがバックにいたからか」
「やれやれ……これはミモザから魔具を買った冒険者から買い戻す必要が出てくるかもしれないな……」
「大丈夫、大丈夫、そんなに売れてなかったし。なんだったらロータスもマルペルもこの魔具を見てなんとも思わなかったんでしょ?」
「そうもいかないさ。治安維持を任された者の勤めだよ。勿論、パエデロスも決して狭くはない。全てを回収することはできないだろうが、これからはより目を光らせないとな」
何やら大変な仕事が舞い降りてきたな、といった苦めの表情を浮かべ、ロータスは溜め息をつく。
「ロータスさん、最近はまた一段とお疲れではないですか。たまにはお休みをいただいてもいいのですよ?」
「ははは、ありがとうマルペル。でもね、実は俺の方からもまだ報告していなかったことがあるんだ」
そういってロータスは席から立ち上がり、部屋の隅の棚に置かれた少々大きめの木箱を両手で抱え込んで持ってくる。
「何よ、ずいぶんと禍々しいものを持ってくるじゃない」
ダリアは気配で察したのか、顔をしかめる。
「先ほどから少々気に掛かっていたのですがこれは何でしょうか」
マルペルも打って変わって険しい表情になる。
「本当は真っ先に報告しようと思ってたんだけどね。これはついさっき、パエデロスを巡回したときに発見したものだ」
そういって徐に、ロータスは木箱を開封する。
ガコっと外された蓋の下にあったのは、何かの死骸のようだった。
原型は分からないが、少なくとも小動物と呼べるような形状はしておらず、コウモリのような羽の生えた生物の腹に大きな目玉を一つくっつけた、そんな形。
まるで無理やりこのような形に造り替えられたかのような異物感があった。
「これがなんだか、分かるよな」
「そらぁねぇ。魔王軍の偵察用の奴でしょ。まだこんなのが残ってたんだ」
「え、ええっ!? 私たち、魔王軍に見張られてたってことですか? でも魔王ならロータスさんが倒したはずでは……」
さっきまでの空気は一変し、三人の視線がその木箱の中の死骸に向けられた。
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