※別視点
「ンガアアアアアァァァ!!!!」
工房の奥、雄叫びとともに謎のオーラを振りまいているのは、おおよそこの街に住むものであれば予測することのできない人物。
パエデロスでも随一の品質を誇る技術者であり、また随一の愛嬌を振りまくことで評判の天使と呼ばれた少女、ミモザだ。
そんな彼女がどうしてこんなことになったのかを説明するにはとても長くなってしまうのだが、掻い摘まんで要約すると、この通り。
連日徹夜。
思考力低下。
タガが外れて暴走。以上。
「ニェヘッヘッヘッヘ!!!!」
ミモザは狂ったように高笑いする。あれはもうまともではない。
普段から彼女はこうなのだろうか? 否、それは違う。
確かに彼女は以前より、集中すると回りが見えなくなる傾向はあった。誰かが止めないと何処までも突き進んでしまう好奇心や探究心もあった。
それでも体力的な意味で、ある程度の限界というものはあって、それを超えるとぷっつりと糸が切れたように気絶するなり寝落ちするなりで停止し、そこで我に返るというフェーズが存在していた。
また、最近では第三者の介入というものもあった。限界になる前に適切に休ませるストッパー役となる親友がミモザにはできたのだ。
だからこそ、普段はこれまでは狂うほど暴走することはなかった。
ならば何故、今の彼女はこんなにも手が付けられなくなっているのか。
まず第一に、体力的な問題。ミモザだって日々成長はしている。すぐにぶっ倒れないくらいには強くはなっているのだ。だからこそ暴走にまで至ったといえる。
ついでにいえば、最近彼女が開発した、焚くだけで体力を回復することのできる香りを放つ不思議なお香の効力もあるのかもしれない。
そしてもう一つの理由がおそらく大きな要因となっているのだろう。
今、このパエデロスにはいつもこういうときにはそばにいたミモザの親友がいない。ちょっとした諸事情によって遠方へと出掛けてしまっていた。
そう、普段ミモザを止めるストッパー役がいなくなっていたのだ。
なんだったらいつもそばにいるはずの親友がいないことも暴走のきっかけになっている可能性も十分に考えられる。
「うぴょぴょふぎゃぎゃおぺぺぺぺっっ!!!!」
もはや何者にも理解できない奇声を発する。
人は心の支えを失うと、こんなにも壊れてしまうのか。
そんな哀愁すら漂っているように思わされるほど。
「ミモザちゃん! お願い、正気に戻って! 今日は疲れたでしょ? ね?」
工房の中、勇ましく暴走ミモザに立ち向かうのは、かつて勇者とともに魔王を倒した伝説を持つ、女魔法使いダリアだ。
バリアのようなものを張り、暴走ミモザから投げつけられている魔具のようなものを弾きつつ、一歩一歩近づいていく。
ぽぴゃらべぼぐりゃ、と謎の異音を立てて、得体の知れない物体たちが次々と襲いかかってくる。奇妙奇天烈にして摩訶不思議。
ミモザの手の中で、素材が魔具へと変貌する。それはもはや神の手。
意識朦朧としていて正常な思考もできないのだろうに。考えているのではない、本能だけでモノを作り出している。
「おぴゃぴゃぴゃぷいぷいぷいもるもるもるかぁー」
一体どうやって発音しているんだ。そう思わされるほどの滑舌の崩落っぷり。
何人も邪魔をするな。そう、警告するかのような威圧感が迸る。
正直、直視に耐えるものではない。ミモザと呼んでもいけないのかもしれない。
名状しがたいソレはただただ狂ったように作業に没入している。
「ダメ、このままじゃ、ミモザちゃんが壊れちゃう!」
もう既に壊れているのでは?
そうツッコミを入れるものはあいにくこの場には居合わせていなかった。
「えいっ!」
ダリアが軽く魔法の弾を放つ。当たれば巨人も昏倒する睡眠魔法だ。しかし、それもいともたやすくホニャンと弾かれる。何を使って弾いたのかは不明だ。
お返しとばかりに、ミモザの方からは雨のような無数の弾が飛んでくる。ダリアのバリアもこの数には耐えきれず爆ぜた。
「きゃあああぁぁぁっ!!」
一体何をどうやって飛ばしてきたのかは謎だが、勢いに圧されるがまま、ダリアの身体が吹っ飛ばされる。そして重力のまま、ビタァーンと床に叩きつけられた。
「何これ、マジでヤバいんだけど……」
ダリアもかつては世界を恐怖に陥れたという強大な力を持つ魔王と二度、交戦したことがあった。
人類の存亡を賭けた決死の戦いを潜り抜けてきたダリアだったが、その経験を軽く上回る強敵なのではないかという疑問が沸いてきた。
そもそも何故魔力を持たないミモザがここまでとんでもない魔法を使えるのか。純粋に魔具に使用している素材の品質がいいのと、魔法の基礎を教えたのが魔王当人だからだ。大体魔王のせいである。
このまま暴走ミモザを放置すると、ミモザが危険な状態になるだけじゃない。
この店ごと破壊されかねない。
なんだったら街も滅亡の危機に晒される可能性すら過る。
「フィーに怒られちゃうかもしれないけど……もう、そうも言ってられない、か」
ふぅぅぅ……と深く深呼吸し、ゆっくりと立ち上がる。
ダリアの唇の先から漏れるのは、言語として認識することも困難なくらい超高速の詠唱。先ほどまでずっと詠唱を省略して魔法を発動していたが、ここにきて、本気を出したのか、本格的に魔力を練り始める。
一般的に、放出される魔力そのものを視認することは常人にはできない。魔力を感じ取る才覚があって何となく感じられる程度のもの。
だが、おそらくはその場にいたものは明瞭にダリアの全身から迸るソレを知覚できたことだろう。それくらいに高密度、かつ高濃度な魔力を帯びていた。
「――ッ、――――ッ!!!!」
刹那、工房の中が全て、白に染まる。
ミモザの視界に何が映っていたのかは不明だ。
ミモザの耳に何が聞こえていたのかもまた不明だ。
ただ、ミモザは何を考えることも何をすることもできず、腕の先、脚の先からの感覚の全てを失い、身動きどころか身じろぎもできないまま意識も持っていかれた。
ゴッ……バタッ。ミモザが膝を折り、床に崩れ、落ちた。
白目を剥いて、ピクリとも動かない。呼吸さえも止まっているかのよう。
「ゲホッ……ゴヘッ! は、はっ、はぁ……ふぅ、はぁ……ふぅ……、エホッ! ぁー……、やりすぎた、かなぁ? ミモザちゃん、生きてる、よね? 久しぶりにここまでの魔法使ったかも」
整わない息づかいをどうにか抑えようと、むせるほど咳き込み、よろめいて倒れそうな体勢を戻しつつ、ダリアはよたよたと、ミモザのもとへと近づく。
見たところ、目に付くような外傷はない。疲れ果てているのか、じっとりとねばついた汗が油のように肌の表面で光っているくらい。
ボサボサでゴワゴワになっている汚れにまみれた髪からは酷い腐臭が漂う。
一見すると、放置された腐乱死体か何かと見間違えてしまいそうだった。
「し、死んでる……!!」
あまりの有様にダリアも絶句してしまうが、俯せに倒れるミモザを仰向けに直し、小さく呼吸をしていること確認すると、安堵の息をもらす。
「はぁ、焦った。今のは焦っちゃったよぉ……」
ぺたんと床に尻餅をついて、ダリアはまた大きくハフーと息をついた。
「ミモザ様、ダリア様、ご無事ですか?」
今の今まで気を失っていたのか、メイド娘が慌てた様子で入ってくる。
「こっちは大丈夫。ミモザちゃんも、なんとか寝かしつけたから」
工房内は酷い惨状ではあったものの、ともあれ無事にミモザは連れていかれることとなったのだった。
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