あれからコリウス王子とオキザリスの二人は、国王を引き連れてレッドアイズ城に向かったらしい。面白くない話が飛び交い、最終的にはソレノス王子が城の兵士どもと件の工場へ赴き、全てが終わったと聞かされた。
国王は捕えた亜人の命を使って、兵器を製造させていた、と公にされたわけだ。
それまで順調だっただろうに、なんて呆気ない幕切れだろう。
その一方で我はといえば、ロータスの奴とそんな取り留めのない話をしつつ、マルペルとも合流して、まだ水面下では国王が何をしでかしていたのか微塵も知らないであろう国民たちが賑やかに楽しくしている、そんなお祭りへと戻った。
都会ということもあってか、すっかり夜だというのに眩くて、昼間と変わらないくらい人間どもは騒いでいた。特筆しておくことではないのかもしれないが、我も少しだけ、ほんの少しだけだが、お祭りを楽しませてもらった。
夜が明ければ、この国も大きく変わってしまうのだろうが、それは我の知ったことではない。もう勝手にやってくれ。
ああ、ちなみに、ソレノス王子のプロポーズの件についてだが、婚約破棄だそうだ。元々口約束程度で婚約がどうのという段階でもなかったのだがな。
国のためと考えていた目論見の根幹が崩されてしまえばそうもなろう。
「ほらほら、フィーちゃん。大きな花火が上がりましたよ!」
何処ぞの屋台で買ってきた菓子を手に、マルペルがはしゃぐ。
コイツは本当に我を子供と誤認しすぎではないだろうか。
今度ははぐれないようにと言わんばかりに手も繋いだまま離してくれんし。
というか、花火で我がはしゃぐわけなかろうが。
それに、なんというかレッドアイズ城が炎上しているのを見るとシャレになっていないんだよなぁ……。
あれが花火だと分かっていても我には別な光景に見えて仕方がないぞ。
ほとんどの国民は事情を知らないから純粋に楽しめるんだろうが。
逆にマルペルは今日のことを忘れさせようとしているつもりらしい。結局、この国ではろくな思い出もつくれなかったわけだしな。本当、おせっかいな奴。
「今のうちに楽しんでおいた方がいい」
そんな渋い顔で言われて心の底から楽しめると思うか、ロータスよ。
せいぜい屋台で買ってきた串焼きの肉を頬張りつつ、パエデロスよりずっと美味い酒をあおるくらいだ。ミモザへのお土産もたんと買ったかな。
「また来年もお祭りができるといいですね」
いい感じ風に言おうとしているがな、マルペル。
このお祭りが何のお祭りであるか、分かってて言っておるのだろうな。
仮にまたあったとしても、我はもう二度とレッドアイズ国には来たくないぞ。
まあ、しばらくこの国の酒が飲めなくなると思うと、ちょっとだけ残念のようにも思わなくもなくもない。ぁー……、美味い。酒は美味い。
今日のことは酒で全部忘れてしまいたいわ。
※ ※ ※
翌日、早朝。レッドアイズ城の前。
ソレノス王子とコリウス王子の二人と、大勢の筋肉ダルマな男たちやムキムキメイド集団、そして魔導機兵に見送られ、我とロータスとマルペルの三人はレッドアイズ国を後にすることとなった。
当然のことながら、コリウス王子は物凄い落ち込んでいる様子だ。明らかにそれは誰かを見送る顔ではないぞ。だが、それも無理はない。
あんな有様ではあったが、あれで敬愛していた父の正体を自ら暴いたのだから。
「ほら、コリウス。勇者たちのお帰りだぞ」
兄のソレノス王子にうながされるも、やはりコリウス王子は思い悩んでいるようで、喉の奥に言葉をつっかえた顔をして黙りこくる。
これには我も加担してしまっている手前、後味が悪いな。
「あの……」
コリウスが必死の思いでか、ようやく口を開く。
「パエデロスに帰ったらお願いしたいことがあるんです」
ロータスに向かって言うのかと思えば、何故か我の方に言う。
なんだ。もしや、我の正体がバレたのか?
「そのフィーさんは、ミモザさんのお店によく立ち寄るんですよね?」
「む、ま、まあそうだが」
なんだコイツ。まさかミモザに気があるのではないだろうな。
そんなことを口走ったらこの場で消し炭にしてやるぞ。
「ミモザさんのお姉さんに、よろしくお願いします!」
ああ、なんだ、そんなことか。殊勝な奴め。
あれからミモザの姉のフリをしていた我は無言で立ち去ってしまったしな。
本当ならお礼の言葉も沢山あったに違いない。
「将来……ボクが大きくなったら結婚してくださいって!」
のへっ!? な、な、な、何を言い出すんだ、この小僧。
「えへへ……お姉さんにはずっと助けられてばかりだったんですけど、あんな素敵な女性、ボク、初めてだったんですよ。だからいつか、お姉さんみたいな人と結婚したいって、ずっと、ずっと思っていたんです」
おい、まさか今の今まで思い悩んでいたのはソレか? ソレなのか?
お前の国のお前の父親が不祥事働いた件よりもそっちなのか?
「ボクがもっと大きかったら。ボクがもっと強かったら。もしかしたら父上のことを守れたのかもしれません。今回の一件でボクはボクの無力さを思い知りました。だからボクは、お姉さんを目標にしてこれからを生きていきます。だからいつか、ボクがお姉さんにまで追いついたそのときには、絶対、プロポーズしたいです!」
「わ、分かった……もし会う機会があったらそう伝えておこう」
会う機会なんざないし、小僧に追いつかれるときなんざ一生来ないだろうがな。
「正体は明かさなくていいのか?」
「絶対に断る」
こっそりと問いかけるロータスにそれだけ突きつけ、馬車へと乗り込んだ。
我もロクな奴に求婚されないな。
「ロータスさん、マルペルさん、そしてフィーさん! この国が落ち着いたらまた来てくださいねぇ~っ!」
大声で叫ぶコリウスの声が馬車の中まで聞こえてくる。
アイツ、本当に元気だな。いや、違うな。本当は辛いはずだ。
ただ、それを押さえ込んでいるだけ。まったく……何をしても不器用な奴だ。
「二人の王子様に求婚されるなんて……うふふ、羨ましいです」
その笑顔は本当に羨ましいと思ってるのか? それともからかってるのか?
「まったく……勘弁してくれ。プロポーズはコリゴリだ」
元はと言えば、ソレノス王子に突発的なプロポーズを受けたのが事の発端だ。
あのとき、招待状を破り捨ててれば余計なことにも巻き込まれずに済んだのだ。
本当、短い時間だったというのに酷い思い出ばかり残しおって。
つくづくレッドアイズ国は我にとっては最低にして最悪の国だったわ。
願わくば、もう二度と関わりたくない。
※ ※ ※
帰りの馬車旅は、思うよりも辛くはなかった。
やはりレッドアイズ国に向かうのと帰るのでは心持ちも変わる。
何より、パエデロスに帰れるという点が大きく違う。
ミモザも今ごろ寂しがっていることだろうし、早く元気な顔が見たい。
ひょっとしたら工房の奥でひもじい思いをしているかもしれん。
そう思うと気持ちがはやる。お土産も沢山買ってきたしな。
ええい、御者め。もっと速く馬を走らせぬか。
「あ、パエデロスが見えてきましたよ」
「本当か?」
馬車の窓から身を乗り出す勢いで、我は外を見る。
ああ、やっと帰ってこれたのか。ミモザの待っている我の第二の故郷よ。
レッドアイズ国と比べてしまえば見劣りしてしまうような辺境の街ではあるが、それでも都会と呼んでも過言ではない。
パエデロスが国になる計画は遠のいてしまったようだが知るまい。
発展途上から脱したあの街で、我は令嬢として生きていくのだ。
「おい、ここで降ろせ。ここからならば歩いてでも帰れる」
馬車が石畳の上を通過し、見覚えのある景色が広がってきて、我はいてもたってもいられなくなり、御者を急かして馬車を降りる。
ミモザの店まで駆け出していくも、玄関は閉まっていた。窓から見てみるも中に誰もいる気配もなかった。なら、我の屋敷の方にでもいるのだろうか。
はやる気持ちをそのままに、我が家までまっしぐらだ。
「これはこれはフィーお嬢様、おかえりなさいませ」
「長旅、お疲れ様でした」
門の前で我の使用人たちが深々と頭を下げる。
「うむ。ところでミモザは屋敷に来ておるのか?」
「はい、いらっしゃっております」
それだけ確認できれば十分だ。
我は疾風の如く門を抜け、矢の如く玄関をくぐり、目の前に広がる我の自慢のエントランスに向かって声を張り上げる。
「ミモザぁ!! ただいま帰ったぞぉ!!」
はぁはぁと息が荒くなっていることに今さら気付く。
少し慌てすぎか? ははは、ミモザがいなくなるわけでもなし。
「ミモザ様なら上の寝室で休まれています」
そこら辺にいた使用人が教えてくれる。上だな。今いくぞ、ミモザ!
「あ、ですが今――――……」
何か使用人が言おうとしていたような気がするが、些細なことよ。
階段を駆け上がり、寝室へと猛烈ダッシュだ。
「ミモザ、ここか! ミモ……」
その扉を開けたとき、視界に映ったのはベッドの上ですやすやと眠るミモザ――――とダリアだった。
「あ、フィー。帰ってきたんだ。おかえり~」
ナ・ン・デ?
ドウシテ、ダリア、ト、寝テル……?
「ミ、ミモジャァァ…………」
「うわっ!? どした!? なんで急に滝みたいな号泣を!?」
「ひっく……うぅ……、ミモザが……ミモザがぁ……寝取られてしまったぁ」
涙で目の前の全てが歪んで見えなくなる。
ああ、これが現実だなんて我は認めない。
きっとこれは夢、悪い夢なんだ……ふへへ、ふひゃひゃひゃぁ……。
「いやいや、違う違う! そういうのじゃなくって……おーい、フィー? き、聞こえてる? もしもーし?」
膝から崩れ落ちる。いや、もう地に足がついているという感覚すらない。
我は、何もかも全てを失って――――
「ふやぁ……おはようございま……あれ? フィーしゃん帰ってきたのれすか?」
「うおぉぉぉミモザぁぁぁぁ我を見捨てないでくれぇぇ……」
「ふぇ? なんで泣いて」
「泣いておらん、泣いておらんわぁ。うおおぉぉん」
我はただただ、一心不乱にミモザに泣きつくのだった。
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