最初の試験は実技らしく、我らを含めた二百人を超える新入生一同は、まず外の魔法練習場まで駆り出された。だだっ広い空間に、的らしき衝立があり、入り口では杖も配布された。
よくよく見てみると、ノイデスが作ってた杖ではないか。早速手元に来るとは。
中にはミモザの精製した魔石が組み込まれておるようだが――残念なことに、今の我にはその魔力を読むことはできない。
どう握ってみても、硬い木でできた棒きれだ。
そんな杖を持たされて、二百人の新入生は、大きく五つくらいのグループへと分散させられ、同じような試験準備の整った場所へと誘導される。
「これより、実技試験を執り行う! 順番に前へ出て、的に魔法をぶつけるのだ! 挑戦回数は五回までとする!」
試験官を担当しているであろう名も知らぬ男が指示を出す。
他のところも似たような感じだ。
「あのぅ、俺、まだ魔法とか使えないっつーか、勉強もこれからなんすけど」
新入生のひとりがおずおずと試験官に向かって異議を申し立てる。
そりゃあな、魔法を使えない奴のためにある学校だしな。
「使えないのであればそれでいい。あくまで現時点でどの程度の魔力を持っているのかを判断するのが主旨だ」
その言葉で納得した様子はなかったが、渋々と下がる。
そして、各自が配置につき、杖を構える。
「それでは、始め!」
その号令とともに、新入生たちが杖を振るっていく。
そのほとんどが本当の意味で空振りばかりだったが、中には的まで届かないにしてもちょっとだけ魔法を飛ばせる者や、ちゃんと命中させる者もそこそこいた。
「よし、次!」
的の近くにも何人かの試験官が見守っており、しっかりと記録を取っているようだった。魔法を使える者自体が少数なのによくやるわ。
杖の空振り会場と化した試験は思ってたよりスムーズに進展していく。
「よし、次!」
列は順調に捌けていき、すぐに我とミモザの番となった。
杖を構えてみたものの、とてもではないが使える気はしない。
これは簡易に魔法を使える魔具ではない。魔力を持つ者のためにある道具だ。
「フィーしゃん……どうしましょう……わたし、魔法なんて……」
「これはクラス分けだ。使える必要はないと言っていただろ? ただ振ればいい」
気落ちしているミモザを横目に、我は少しだけ安堵していた。
何故って、二人とも魔法が使えないのであれば、差が開かないからだ。
片方が優秀すぎてクラスが分かれる、という懸念がなくなる。
我とミモザは同時に杖を振るい、当然のことながら特に何も起こることはなく、挑戦回数五回を使い切ってその試験会場を後にし、校舎へと戻った。
ただそれだけの呆気ないことではあったが、ミモザと同じ立ち位置にいるという実感が沸いてきて、頬が緩みそうなのを何とか堪える。
「いやぁ、魔法飛ばせませんでした~」
さりげなくこっちの方に割り込んでくるな、小僧。
お前も魔力がゼロなのは知っているから大して驚きもない。
「わたしも全然。ええと、次の試験は筆記れしたっけ? こっちも自信がないのでふが……」
「勉学なら自信ありますよ!」
いちいちこっちに切り込んでくるなよ、王子。
お前と馴れ合ってると要らぬトラブルが舞い込んできそうだ。
「実技試験を終わった人~、次の試験はこっちよ~」
と、廊下で案内をしているのはダリアだった。お前も忙しそうだな。
ぞろぞろとなだれ込んでくる新入生を上手く誘導している。
「次の試験は……、筆記でぇぇす! 教室は……どこでもいいですっ!」
あれはマーガだったか。頭からフードをすっぽりと被った女呪術師が今にも掻き消えそうな声で頑張って誘導している。
あんなんで大丈夫なのだろうか。紛いなりにもアレも教員なのだろう?
とりあえず、筆記試験の会場となる教室は複数あるらしい。そりゃあまあ、新入生二百人丸ごとが入る教室もないだろうしな。
「迅速に移動したまえ! 足を止めるなよ!」
ギラギラ眼鏡の男が鋭い刃物のような声を張り上げて言う。さっきも紹介があった教員のカーネだ。あっちの教室には入りたくないなぁ……。
試験内容は同じなんだろうが、不思議と難度が高いように思えてくる。
「ふぅ……こんな試験、とっとと終わらせよう。いくぞ、ミモザ、オキザリス」
「ふぁい」
「はい、お嬢様」
「ボクも行きまーす」
一人余計なのがついてきたが、ともあれ直ぐ近くの教室に入り込む。
ずらりずらり机と椅子が並んでいたが、既に実技試験を終わらせてきた生徒たちが席に着いており、待機しているところだった。
さて。筆記試験ということは、要は一般常識をどれだけ理解しているかを試されることになるはずだ。この学校には年齢制限もなく、我からしたら幼児みたいな奴もいる。そういうのを選別するための試験と思えば、実技などおまけだ。
ここでの成績が我の今後の学校生活を決めると言ってもいい。
気を引き締めていかねば。
「あぅ……、み、みなさん。集まりましたかぁ……? ええと、席は埋まって……ますね。それでは……ええ、試験を始めようと思います。筆記用具は……その、みなさん、お持ちでしょうか……? ああ! 安心してください! 用意してますよ!」
ここはマーガの受け持つ教室だったのか。あの女一人で大丈夫なのだろうか。
そんな不安も沸いてきたが、とりあえず試験問題の記載された羊皮紙と、万年筆が手元に届いた。というか、ミモザの作った光彩の文学筆ではないか。
パエデロスにおけるミモザの店の品々の普及率に驚かされるわ。
さっきの試験に使われた杖もそうだが、ずっと売る側の立場におったからこうやって実際に使う消費者側に回るのが新鮮だ。
一応、日頃はミモザにオーダーメイドしてもらった魔具を使うことはあるのだが、いつも売っている商品をこんな形で手にしたのは久しぶりではないか。
何とも感慨深いものだ。
「問題用紙は行き渡りましたか……? では、ええ、私語は慎んでもらってですね……はい、今から試験、開始、です! あの、あの、始めちゃってください!」
何とも気の抜けるような声で、始まったらしい。
まるで始まった感はなかったが、教室内の生徒たちは筆記試験に挑む。
「さてさて……」
【問い,10シルバは何ブロン?】
【問い,校長の名前は?】
【問い,魔法を使うために必要なものは?】
うぅむ、ある程度想像はしていたが、拍子抜けするような問題が書いてある。
さすがにこの程度を間違えるような奴はいないだろうが、問題が進むにつれて徐々に難易度が跳ね上がっていく。
【問い,かつて世界に脅威をもたらした魔王軍を討った軍事国家の名は?】
【問い,ミスリル鉱石の精錬に必要な温度は?】
【問い,魔力を動力源とした自立行動の可能な人工機構を何という?】
なるほど、だんだん選別っぽくなってきた。そろそろそこいらの世間知らずの貴族どもには解けなくなってきているのではないか。心なしか、あちこちから、うぅぅんという唸り声が聞こえてくる。
おそらく先ほどの実技試験と同様に、全員が満点をとれるようにはできていないに違いない。後半の方など、我でも解けるか怪しい問題ばかりだ。
しまいには人間以外の長命種にしか分からんようなものも増えてきた。
問題なのはこの問題ではない。ミモザがどれだけ答えられるか。
それだけが問題だ。
できることならミモザの回答を確認したいところだが……マーガや、試験官らしき兵士が目を光らせている。下手に動けばつまみ出されるだろう。
ここは実力でやっていくしかあるまい。
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