「素晴らしい学校ですね!」
ウッキウキのワックワクがこもった素直な感想が飛んでくる。
もう間もなく自分が通うであろう学校を見て回ったのだから、それが大きな期待に変わるのも当然と言えば当然ではあるのだが。
「王子様にそう言っていただけて光栄だわ」
こっちはこっちで愛想の良い返事をする。
これから授業を受け持つかもしれない未来の生徒と思うと、やはり楽しみで仕方ないのだろうな。
それはそれとして、我はあまり居心地は良くなかった。
真横にレッドアイズ国の王子がいることも要因の一つであり、このネルムフィラ魔導士学院が勇者を称える意図の濃い場所であることもまた要因の一つだ。
いや、まあ、この学校を設立することを決めた当人はどのように考えたのかまでは知らんし、どんな顔をして承諾したのかも分かりようもないが、アイツが世界を救った勇者なのは紛れもない事実である以上、避けては通れぬか。
笑ってしまうほど勇者ロータスの石像が校内の各所に設置されていたり、勇者ロータスの武勇伝らしき石碑があちこちの壁に刻まれていたり……、当人の意向でこんなことをしているのならぶっちゃけ、アイツの今後の見方が変わるぞ。
どんだけナルシストなんだよ、と。
「建築はレッドアイズの技師が担当したのよ。あっちはロータスファンでいっぱいだからね」
無数にあるロータス像の前でよほど我は酷いしかめ面をしていたに違いない。ダリアの方から苦笑いとフォローが勝手に飛んできた。
「勇者しゃんってやっぱりしゅごい人らったんですね!」
ミモザ、頼む……あんな勇者に洗脳されないでくれ……。
ここに書いてあることは大体事実にして史実なんだろうけど、お前が勇者派に傾いてしまったら我はどうしたらいいのだ……。
「ここは勇者信者の洗脳施設か?」
ダリアの顔を睨み付ける。
「……人聞きの悪いことを言わないでよ」
もうちょっとこっちに目を合わせてくれないと説得力もないぞ。
「アンタもレッドアイズ国に行ったんなら分かってるでしょ? ロータスが何処でどのように思われているかくらい」
忘れもしない、魔王討伐記念感謝祭に招かれたときのことを思い出す。
どうしてあのとき我は手紙一本で断る選択肢を選ばなかったのか。未だに後悔しているくらいだ。
レッドアイズ国にとっては、ロータスこそ世界の救世主であり、それこそ神のように崇め奉られている。町の中にはロータスの格好をした子供たちが走り回り、露店にはロータスグッズばかりが並び……。
今まさに我が目の当たりにしているネルムフィラ魔導士学院の光景もまた、それに近いというのか、まんまなのだろうな。
建築したのがレッドアイズの者だとも言っておったし。
え? 我、ここに通うの? マジで言ってる?
卒業する頃にはロータス様バンザーイとか言い出しているかも分からんぞ。
「こういう環境なのはガマンしててもらうとしてさ。本来の目的は違うでしょ?」
「魔法を使えるようにする……か。この段階だと胡散臭さの方が勝るぞ」
「そこのところは信用してもらいたいんだけどね」
遠方の国々からも入学希望者が飛んでくるらしいからな。魔力の才能が魔法を使えるようになる授業が組まれているという、この魔導士学院。
我とミモザ……そして不本意ながらコリウスとともにここで学ぶわけだ。
とんでもなく気が重いのだが、我にとってもミモザにとっても魔法が使えるようになることはかなり垂涎ものではある。
「さっきから何をこそこそ話しているんですか?」
「む……、何でもない」
まったく会う度に小憎いな、小僧。
どう言葉を取り繕うべきか悩んでしまうところだ。
コイツの中では我との面識はそう印象のあるものではないはずだ。
しかし、我の方は姿を変えたときに何度か厄介ごとに付き合わされている。
加えて、よりにもよってこの小僧は我に求婚までしてきたのだ。
そう、ミモザの姉を自称する、我のもう一つの姿、カシア・アレフヘイムにな。
あれからも何度も何度も我宛に恋文を送りつけてきている。
こんなにも気まずいことはないだろう。
「そういえば、ミモザさんにお聞きしたかったのですが」
「はいっ? なんでしょうか、王子しゃま!」
「えへへ……コリウスでいいですよ」
おい、小僧。それ以上ミモザに近付くなよ。
そんな意図を込めて後ろ頭をジリジリと睨み付ける。
しかし、特に気付いた様子もなく、コリウスは言葉を続けた。
「お姉さんは今日は家にいますか? やはり直接会ってお話がしたくて」
「えっ! あ、いや、その、お、お姉しゃんは今日も冒険に」
ミモザがもごもごとしながら答える。
探している女ならお前の真後ろにいるんだよ、コリウス。
「そうですか……それは残念です。せめてお名前だけでもお聞きしたかったのに」
露骨にしょんぼりとした顔を見せる。そういえば初めて会ったときには名前も考えてなかったし、手紙もろくに返事を出さなかったから何も知らないのか。
元々偽名だし教えることに何ら問題はないが――なんかミモザがこっちをチラチラと見てきていたので、とりあえず了承のサインを送ってみる。
「ぁー……、お姉しゃんの名前は、カシアれす。カシア・アレフヘイムですよ」
「カシアさん……覚えました! ボクは将来、カシアさんに相応しい男になります! あぁ、カシアさん、会えるといいなぁ……」
コイツの前ではもう二度と化けないぞ。
王子からのプロポーズだなんてもうコリゴリだ。
「さてと、学校内の案内はこんなところかしら」
「ありがとうございます、ダリアさん……あ、いえ、ダリア先生!」
「入学が楽しみになりましら!」
やれやれ、としか言いようがないな。この場に置いて、これからの学校生活に期待を抱いていないのは我だけのようだ。
「そういえばダリア先生。質問があるのですが」
「なんでしょう、コリウス王子」
「この学校にはクラス分けというものがあると聞きましたが、それはどのようにして分けられるのですか?」
ん? さっきもそんな話してたっけか。真面目にダリアの話など聞いていなかったから聞き逃してしまったのかもしれんな。
「ぁー、その件ね。クラス分けは入学式当日に行うわ。本来ならもう少し前もって取り決めることなんだけれど、何分、初めての学校の設立ってことで手が回らなかったのよね……」
「おいおい、それは急な話じゃないか。今からでもどう分けられるのか粗方決まっておるのではないのか?」
「いやいや、クラス分けは試験で取り決めるの。といってもそんな難しいものじゃなくて、実技と筆記をやってもらうだけ」
いや、さすがにその話は初耳だ。入学式にクラス分けの試験だなんてカリキュラム、聞いたことがないぞ。
「ほら、この学校って年齢の制約がないものだからどの程度の魔力を持っているかとか、知識を持っているかで基準にしようって魂胆なのよ」
「ということはその成績次第でフィーしゃんやコリウスくんと別々なクラスに分けられるということれしゅか?」
「な、なんだと!?」
我とミモザが違うクラスになるだと?
そんなのは微塵も考えてもみなかった。それは非常にマズイぞ。
ただでさえ、我は魔力の才が消失してしまっているというのに。
「まあ、抜き打ちテストとかそんなんじゃないし、極端に成績が悪いからって劣等クラス行き~、みたいなことにはならないわ」
「本当だろうな?」
「差別のない街で差別作ってどうすんのよ」
ぐむむ……、しかし懸念事項が消えたわけではない。
不安ばかりではないか、この学校。
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