偽令嬢魔王

魔王軍を追放されてしまったので悪役令嬢として忍び込むことにしました
松本まつすけ
松本まつすけ

第75話 男だらけの洞窟帰還

公開日時: 2021年10月31日(日) 00:00
文字数:3,000

「さてと……そんなことはともかく、これで脱出できちゃうねぇ~、いやぁ、カシアちゃんのおかげで助かっちゃった助かっちゃったった」

 そんなおちゃらけながら繰り返し言われても感謝されている気にはならない。

 なんだか一から十までペテンに掛けられた気分だ。


「そんな拗ねた顔、しないしない。今回の収穫はマジ上々よ。うひゃひゃひゃ」

 そう言いながらパンパンになった鞄をパンパンと叩いてみせる。

 常人で考えれば欲張りどころか、かなり無謀な盗掘だったことは間違いない。あれだけあったら相当な大金になりそうだ。ボロ儲けもいいところだな。


「人のことは言えた義理ではないが、そんなに金を集めてどうするつもりだ? 国でも造るのか?」

「ヒ・ミ・ツ♪」

 ウザっ、キモっ。


「――ふぅ……とっとと出るぞ、こんな遺跡。もう二度と入りたくはないわ」

 肩から力が一気に抜けていくようだ。まだ遺跡の奥には財宝が残っているが、あのトラップ地獄をもう一度かいくぐれる自信はないし、その度にコーベ――シゲルの力を頼らなければならない。いや、勘弁してくれ。


 今回持ち帰った財宝があれば懸念する貧乏生活はほんの少しだけ遠のきそうではあるが、それだけでは何の解決にもならない。

 何かしらの策を練らねばなるまい。無論、冒険以外のな。


 正直、我も慢心していたことは反省しよう。素人の身で、こう何度もダンジョン攻略するのは身の丈に合っていない。今回も、そしてこれまでも運が良かっただけだ。


「ところで、カシアちゃん。さっきのすっごい魔法で、随分と魔石を消耗しちゃったみたいだけどダイジョーブ? こっからまた洞窟を抜けるんだけど」

「ぁー、あまり考えておらんかったな。帰り道も頼んだぞ、コーベ」


 頭に血が上っててゴーレムを倒すのに力みすぎたせいか、もう殆ど残っていない。

 どうせ行きのときも対して魔法は使ってこなかったし、コーベが何とかしてくれたからどうにかなった場面も多かった。そこばかりは信用に値する。

 まだまだコイツを頼らなければならないのは癪に障るが、今なら魔法など使わなくとも洞窟を抜けるのにはさほど苦労しないであろう不思議な確信はあった。


「カシアちゃんからの信頼、盗ませてもらったぜ」

「ん? 今、何か言ったか?」

「なんも言ってないよん♪」


 ※ ※ ※


 水浸しの遺跡を後にして、ジメジメの洞窟へと戻ってきた。結局のところ、まだ外の空気に触れられていないから息苦しさから解放されたわけではないのだが。


「コーベ、カシアさん、戻ってこれたのか」

「え? 意外と早くね? 大丈夫? ちゃんとお宝持ってる?」

 洞窟の中、キャンプを張っていたケノザとヤツリと合流するなり、開口一番に言われたのは割と驚きのこもった言葉だった。


「ヒャーッハッハッハ! 心配ご無用! お土産ならこの通りよ!」

 テンション高めにコーベがパンパンの鞄を掲げて、中からお宝を取り出し、今回の成果を証明する。そして、二人から賞賛の拍手も頂戴する。


 ちゃんと山分けするつもりらしい。てっきりがめついから全部独り占めするものかと思っていた。……別に見直してなどおらんぞ。


「……カシアさん、コーベと一緒で大丈夫だった?」

 ひそひそ声でケノザが話しかけてくる。やはりというべきか、心配はしてくれたようだ。一体どんなことをされたと想像していたのやら。


「問題ない。この通り、無事なのだからな」

 むしろコーベにはずっと助けられてしまったのだから、逆にしてやられた感もなくもない。ゴーレムを倒してやったのだから帳消しとしてほしいものだ。


「ふぃー……少し休んだら一気に洞窟を出よっか。ケノザ、飯くれー」

「はいはい、お疲れ様でした、と」

 くったりと地べたにへたりこむコーベに、湯気の立つスープが手渡される。

 そういえば我も腹が減ってきたな。


 何か残っていないものかと徐に、ガサゴソと鞄を漁ってみる。すると、カチコチに固くなったパンが鞄の底に眠っていた。

 取り出して囓ってみる。やはり固い。贅沢など言ってはいられない状況ではあるが、もの悲しさがそこはかとなく込み上げてきた。


「ほら、カシアちゃん、スープあるよスープ」

 そういってヤツリが横からソレを差し出してきた。決して高級食材などではなかったが、食欲を煽るには十分な香りが立ち上る。

 パンをひたしてみると、実に丁度良くふやけた。口の中で思っていたよりも濃厚な甘い野菜の味が広がってくる。


「ふむぅ……疲れているからか、えらく美味く感じるな。これは何のスープだ? さっきの薬効のスープとは違うようだが」

 遺跡に入る前に飲んだものはまさに薬草の汁という感じで結構な苦みもあったが、これはなんだかとろみも付いているようで甘みもあって、格段に違う。


「ここいらでは珍しい野菜なんだけど、イモっていうんだ。遠方の大陸から渡ってきたものでね、ジャーカランダーって大国からきたからジャガイモと呼ばれているそうだよ。保存性が高くて船乗りの間では密かに重宝されるようになってるとか」

 ケノザから熱弁される。その通りに熱がこもっているようだ。


 ジャガイモねぇ……まるで聞いたこともないが、何故か歴史が覆りそうな名前をしているような気がするな。


「多分こっちの地方、こっちの大陸じゃ存在も認知されてないんじゃないかな」

「ほぅ、それはなかなか希少な野菜なのだな」

「ぁーぁー、ケノザの蘊蓄が始まるぞぉー」

 我の言葉に横やりを入れるようにヤツリが茶化してくる。まあ、確かにこのままでは話が長くなりそうな空気はある。


「だが、少し興味深い。ケノザ、あとでその、ジャガイモ? とかいうものの話をもっと詳しく聞かせてくれ」

「ん? ああ、まあいいけど」


 そこからは他愛もない雑談が続き、コーベの鬱陶しくも執拗な絡みを受け流しつつ、ケノザの蘊蓄の垂れ流しに付き合ったり、ヤツリの胡散臭い冒険譚なんかにも耳を傾けたりして、ほんのしばらくの休息にありついた。


 よくもまあ、ほとんど部外者みたいな我を交えて和気藹々とできるものだ。ただ、我も思っていたよりかはかなりの有意義な時間を過ごせたと思う。

 普段が普段、パエデロスの屋敷周辺から動かぬしな。会話相手も限られているし、珍しく男どもと馴れ合った気がする。


 それ以前に話にしたって、三年以上前、我がまだ生きていたとき。魔王として城にいた頃だって、こうもフレンドリーな空気にはそこまで縁がなかったものだ。

 思い出すのはアイツの顔くらいか、セバスチャンよ。


 我がこんなにも人間との馴れ合いをよしとしたのはいつぐらいだっただろうか。

 半分くらいロータスのせいのような気もするが、もう少し遡れそうな気もする。


 パエデロスみたいな平和な街にどっぷりと浸かっているからこんなにも腑抜けになってしまうのだろうな。令嬢だなんだと甘えた生活を続けたツケか。


 ともあれ、それから男三人にエスコートされての洞窟脱出は、行きのときと同様にそれなりに苦労したものの、いざ出口まで辿り着いてみれば、なんとも呆気なく感じてしまうくらいの余裕は残っていた。気分は姫だな。


「ふひぃ~、やぁぁぁっと出てこれたぜぃ!」

「うぅわぁ~、外の光、眩すぃ~!」

「ふぅ……、みんなお疲れ」


 ずっと地下にいたから外の日差しが久しぶりに感じる。

 こんなに眩しくて暖かいものだったとは。


「ケノザ、ヤツリ……それと、まあ、コーベ。今回の冒険は助かった。礼を言おう」

 それだけ言ってのけると、三者三様から日の光より眩しい笑顔で返事された。

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