パエデロスといったら、異種族が仲良しこよしな街で有名であり、そこを出発点として、多くの冒険者がダンジョン探索に乗り出していく中継地でもある。
過酷な冒険を手助けする道具や装備を売ったり、疲れた身体を休めるための宿屋や酒場を開いていたり、とかく冒険者のためになんでもかんでもを揃えている。
その中でも一際目立っているのが、ここ。ミモザの運営している店だ。
店の商品は全てミモザの手作りによるものばかり。他所ではなかなかお目に掛かれない高度な魔具から、エルフ飯なる携帯食料なんかも置いてある。
それまではせいぜい薬草団子くらいのもので、あれはあれで密かに売れている程度ではあったが、本日より新商品が入荷されることとなった。
その名もズバリ、ミモザチップスだ。我が名付けた。
我の所有する広大なジャガイモ畑より採れた芋を薄くスライスした後、油で揚げて塩で味付けした携帯食料である。味も栄養も保証済みだ。
ものが薄くてパリっとした芋であるために持ち運ぶ用の入れ物には難儀したが、ミモザの技術によって作り出された特殊な袋によって解消された。
そして肝心の売れ行きについてだが――
「ミモザチップス五袋れすね! ありがとうございましゅ! ……フィーしゃん、やっぱりこの名前、はずかちいでふ……別な名前にしましぇんか?」
ミモザの前のカウンターが異様な長蛇の列をなしていた。その長さときたら、最後尾が店の外にまで及んでいる。ミモザチップスなんて名前を付けたせいもあるだろうが、これまで販売してきたどの商品よりもダントツの売り上げだ。
それを狙ってそう名付けたのだがな。
「ふぃ、ふぃ、フィー様チップスの販売はされるのですか?」
一方、こっちはといえば息の荒い冒険者が訊ねてくる。なんかキモい。
「その予定はない。さあ、客なら買うものを買ってもらうぞ。さもなくば、うちのメイドが黙っておらぬからな」
「はぃぃぃ!! フィー様ぁ!! こちらの魔具を十個くださぃぃぃ!!!!」
ジャラジャラと金貨銀貨をカウンターにぶちまけ、キモチ悪い冒険者は喜々として両手一杯に魔具を抱え込んで去っていった。
カウンターの横から睨みを利かせていたオキザリスについてはノーコメントらしい。万引きでもしようものなら本当に堪忍しないのだがな。
まあ、この店も大分そういう輩も落ち着いてきたとは思う。
店の窓の外を見てみれば、ミモザチップスの袋を抱え込んだ客がよく見える。もう既に開封してパリパリムシャムシャと食べている光景も。
おいおい、一応それは携帯食料のつもりなのだが。
それで食べ終えたらまたあの長蛇の列に並んでいるものまでいた。想定外の行動をとる客はいくらでもいるだろうが、これまた異常な勢いだ。
「ふひー……ありがとうございまひら~」
無限に並び続ける客たちに、ミモザもくったりとしてしまっている。普段こないような客まで来ているし、このままではミモザの負担が大きすぎる。
ただでさえミモザは魔具の製作で疲れているというのに。
「おい、ミモザ。そろそろ休め。交代しろ」
「ふぇ~……、分かりましらぁ……」
すぐ横に控えていた我の使用人が素早く入れ替わる。その瞬間、客たちのガッカリ感が一様にして見られたが構うものか。ミモザが店の奥に引っ込んで、寝室の方へと向かっていくのを確認し、我も通常営業へと戻った。
「ふっへっへ、フィー様ぁ、きょ、今日もお日柄がよくぅぅ」
「ほら、これは九シルバだ。次」
※ ※ ※
日が暮れていることに気付き、未だ並び続けている客をどう追い払ったものか、少々迷ったが、オキザリスを前に出して半ば追い払うように閉店の準備を進めた。
ミモザの店は普段から不定期に開店しているものだから開ける度に繁盛していること自体はさして珍しいものでもなかったが、ここまで客が殺到してきたのはかなり久しぶりだったような気がする。
新商品のミモザチップスはレシピ化されたもので、沢山の素材から生成していく魔具と比べれば比較的量産も容易で、在庫もかなりあったことも要因だろう。
何せミモザチップスの主材料は我が大量に保有しているジャガイモだし。
今日の終盤なんて、ミモザチップス以外の商品が全部売り切れの状態で延々と回しておったしな。一時の流行りかもしれないが、あまりにも驚異的だ。
「ふぇぇ……、今日の売り上げ、しゅごいれふね……」
使用人と一緒に売り上げを数えているミモザも驚いている。
ここに新たな芋令嬢が誕生してしまいそうだな。
「この店も手狭になってきたのかもしれん。この機会に、増築を検討してみるか?」
「そうれすねぇ、お客さんを外で待たせてばかりじゃ悪いでふし。もう少し、おっきくした方がいいでしゅよね!」
なんだかんだ、客も途絶えずひっきりなしに押し寄せてくるから意外とガタがきていたりもする。いかんせん、客の入りが想定を大きく上回っているのだ。
このままこの店で営業を続けていたら客どもに押し潰されてしまいそうだ。
「なんだったら、工房ももっと大きくして、これまで以上に性能のいいものを取り揃えてもいいだろう」
「ぜ、贅沢じゃないでふか?」
「何を言っておるのだ。これだけの儲けを出しておるのだぞ。分相応というものもあるだろう」
今一度、ミモザが目の前に積まれた山のような売り上げを眺める。確か貯金もかなりのものだったはずだ。
この街にきたばかりの頃の我の総資産は軽く上回っておるだろうな。金に糸目をつけないのであれば、今の物価のパエデロスで、我の屋敷と同じくらいの豪邸を三軒は余裕で建てられる。
ミモザはこの店で商売してきて金勘定はそれなりに学んできたが、贅沢はいつまで経っても学ばない。まあ、基本的には我が贅沢させているのが大きな理由だとは思うのだが。
ミモザにとっての散財など、魔具の素材調達くらいのものだ。
それでもかなりの出費だがな。
「お店、大きくしまふかっ!」
ふんすと鼻息をもらし、ミモザはまだ見ぬ大きな店舗を空想してか、ふわわんと天井を見上げていた。
「どんな店になるか、今から楽しみで仕方ないな。ふははははははっ!!!!!」
今でさえ、天使の店とうたわれるくらいなのだ。これ以上大きくもなれば、何になろう。天国の店か? 女神の店か?
元魔王である我がそこに含まれている手前、そのような呼び名になることは不本意であり、抵抗もあるのだが、ミモザのためともなればそれもよかろう。
この異種族たちがごく当たり前のように手を取り合うパエデロスの街において、ミモザの店ほど異種族間交流を象徴する店も早々ないだろう。
偏執なエルフのイメージもかなり払拭されているような気もする。
別段、我には人間やらエルフやらオーガやら獣人やらなんやらかんやらが仲良く手を取り合う世界にそこまで関心があるわけでもなく、とりたててそういったことを推進しているつもりなどないのだが、実情から言ってしまえば、まあおそらくは我がこの街で一番そこに深く関わっているというのは否めまい。
ついぞ先日なぞ、パエデロスの治安維持を統括するロータスに多額の金も貸し与えてやったし、はたまたバレイとかいう農業組合の会長との締結によってますますパエデロスも潤いを増していくばかり。
ああ、なんてことだ。我はいつの間にこんな親善大使になってしまったのだろう。
我はただ、ミモザのために動いているだけだというのに。
本当に我は、かつて人類の脅威だったのかどうか、もはや自分でも分からぬわ。
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