ミモザの店が新装開店してからそう日が空いていないが、好評という噂が流れているということだけははっきりと我の耳にも届いた。
あの店は、場合によっては何日も閉まっていることも度々あり、店長のミモザとしても不安に思っていたようだが、気苦労以外の何ものでもない。
それに、新しい従業員を雇ったことにより、以前よりも開店する頻度が高くなる見込みらしい。魔具の製作に携われるものもこれまでそんなにいなかったしな。
我の屋敷で雇っている使用人はまず無理。せいぜい休憩時間を与える役割くらい。
割と顔を見せているダリアだって、一応パエデロスの治安維持に追われている身で、ミモザの店に常駐するわけにもいかない。
その実、一番ミモザの身近にいる我自身も魔法の技術についてを教えることはできても、魔具に応用させるような技量は持ち合わせてはいない。
だが、この度ミモザに雇われた従業員たちは違う。
デニアは先輩エルフとしてミモザの良い教授となってくれている。
ヤスミは魔法には疎いが、細かい作業が得意なようで仕上げを担当している。
ノイデスは逆にその持ち前の豪腕で、非力な我らではできなかった面もカバー。
サンシもドワーフだからかかなり優れた技巧を持っていてかなり助かっている。
これまでは性能重視で、見た目は少々独特な魔具をミモザ一人でコツコツと作ってきていたが、彼女らの参入によって見た目も性能も生産速度も全てにおいてがグンと向上し、ミモザも大助かりのようだ。
一部では、多少なり不格好なままの方がミモザの手作り感が出ていてよかったなどという評価もあったようだが、その辺りは気にすまい。
そんなわけで、我は今日もミモザたちの様子を見るべく、店まで足を運ぶことにしたのだった。
店の外観は、そう大きくは変わってはいない。
ただ、店の入り口には文字通り看板娘というべきか、我とミモザの彫刻がそれぞれ右と左に飾ってある。
前は看板代わりに双子天使の彫刻を入り口の真上に置いてあったのだが、これは完璧に我とミモザをかたどっており、あろうことか、どちらも天使のような羽が背中から生えているときた。しかもほぼ等身大。
これは注文したものではなく、改装工事することを決めて、求人募集していたときにノイデスが飛び込んできて、挨拶代わりに持ってきたものだ。
まだ採用するかどうかも分からんときに、「新装開店祝いだガッハッハ」なんて持ってこられてドン引いたものだが、このあまりの出来映えにミモザが気に入ってしまい、そのまま彫刻もノイデスも採用となった。
オーガのハーフだけに豪快で武骨な奴だが、ノイデスはパエデロスでも随一の魔具店を営む我らのことをそれなりに尊敬はしてくれているらしい。
そうでもなければ、こんな立派な彫刻をプレゼントしないだろう。
……まあ、我が天使の姿をしているのはどうかとは思うのだが。
「おっ、フィー様じゃん。ちぃっす!」
噂をすればなんとやらか。
ミモザの店の玄関からデカい図体の黒光り女が姿をぬぅっと現した。
「お、おう。もう店におったのか。ミモザの手伝いか?」
「ああ、そうなんだ。ちっと素材が必要だってんで、買い出しっす!」
そういってノイデスはムキムキの黒い大腕を見せつけてきた。
力仕事だと言いたいのだろう。
ミモザの店で大変なのは魔具の材料となる素材の調達。なんといっても我もミモザもなんだかんだ非力なせいで、ちょっと重い鉱石となると運ぶのにも難儀する。
使用人を動員してどうにかしていた側面もあったが、いつも使用人たちがつきっきりでというわけにもいかなかったので、小さく砕いたり、細かくしたりする必要もあり、あまり大きなものの製作ができなかったのが実情だった。
その点、ノイデスはいつぞや我の使用人に運ばせていた魔鉱石も本当に石ころのように軽々持ち運んでくれる。さすがはオーガのハーフといったところか。
「そうか。なら、頼んだぞ。素材は要だからな」
「分かってるって! そいじゃ行ってくる!」
という言葉を残してバビュンと高速で駆け出していった。
呆れるくらい元気がギンギンに溢れているな、アイツ。あまりの踏み込みに、我の足元までぐらついてきたぞ。
よろめく足を抑えつつ、我は店の中に入る。
「あ、お嬢様、おはようございますぅ」
入り口をくぐって真っ先に声を掛けてきたのは白髪褐色エルフのデニアだった。
相変わらずおっとりとした奴だ。その表情だけで気が抜けていくよう。
見たところ、商品棚のチェックをしていたらしい。
今日はまだ開店する予定の日ではないのだが、熱心だな。
あれでいてなんだかんだ仕事は早いし。
「ミモザはいるか?」
「はぁい、店長さんなら奥の工房でサンシさんと話し込んでいますよぉ」
当人としては無自覚なのだろうが、デニアが動く度にソレがたゆんたゆんする。
昔の我はもっとあったのだから決してくやしくなどないぞ!
「工房だな。あい分かった」
「店長さん、フィーお嬢様が来るのを待っていましたよ~」
ミモザが待っているとなれば急いでいかなければな。自然と我の足は加速する。
この店の工房は拡張されており、修繕サービス用に開けている工房からさらに奥に続いている。奥の工房は客前では出せないような少々取り扱いの難しい危険な道具もあり、本格的な魔具の開発はそっちの方でやるようにしている。
倉庫とも直通になっているため、ますますミモザが籠もれてしまう。
ちなみに、拡張する前は倉庫などなく、工房内に素材用の箱がいくつか置いてあった程度だったため、一気に多くの魔具は作れなかった。
新しく大きな倉庫を作ってからそりゃあもう、仕事が捗るようになった。
「どうでしょうか、お嬢」
「しゅごいでふねぇ……仕上がり具合が私のと全然違うれす」
工房の端っこ、小さな影が二つ。
片方は小麦のような金髪のエルフ。片方は職人オーラを放つドワーフ娘。
何やら女友達同士で楽しく談話しているようにも見えて少しモヤっときた。
見てみると、作業テーブルの上に一目見て芸術品と思ったほどの超絶技巧の施された小さめの杖が置いてあった。造形美へのこだわりが感じられる。
魔力を放っている様子はないが、新しい魔具だろうか。
「あ、フィーしゃん。来てたんれすね!」
「これはこれはフィー様。ご足労いただきありがとうございます。今、丁度新作の魔具のデザインについてを話し合っていたところなのですよ」
片や、子供のような笑みを浮かべ、片や、紳士のように折り目正しく会釈。
背丈の並んでいるこの二人は確か同い年くらいではなかったか。こうも違うか。
「これは見事な杖だな。しかし、店に並べるには数を揃えねばならぬが」
「その点はご心配ありません。これと同じものなら私の手に掛かれば、いくらでも直ぐに作ることができますとも」
マジでか。それは凄すぎるのではないか。さすがドワーフ。
「魔法の細工は私の方でやりましゅので、ここからはわたしの仕事でふ」
うむ、それは頼もしい。
「丁度フィーしゃんが来てくれたので、色々と聞きたいことがあったのれす。術式の構築についてなんでふが……」
「ふははははははははははっ!!!! いいぞ、いくらでも聞くがよい!」
「では、私はここいらで席を外しましょう。ヤスミさんにも話がございましたので」
そういうと、サンシはスッと空気を読むように立ち去っていった。
後に残るは我とミモザのみ。何だか急にいつもの光景になったような気がする。
従業員たちが優秀で何よりだ。
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