「フィーちゃん、どう? 少しは落ち着いた」
「うぅー……ゲホッ、ゲホッ、うぅー……まだ喉がいだい……」
我の屋敷の、我の部屋の、我のベッドの上。我はどういうわけか、マルペルの看護を受けていた。治癒の魔法により粗方の体調は整ってきたが、体力の方までは回復に至っていない状態だ。
何故マルペルが当たり前のように我の屋敷にいるのかについては、もう考える気力もないのでスルーするとして、どうしてまた我はこのような惨状なのか。
それは、突如として行方不明になってしまったミモザを探しに、パエデロス中を叫びながら走り回っていたせいだ。元より、今の我は力の大部分が消失していて、非力も非力なか弱いご令嬢なのだが、そんなことも忘れて無我夢中に動きすぎた。
それで倒れてしまったのだから世話ないな。
身体中は痛むし、喉は潰れるし、弱すぎるだろう、この身体。
途中から足を引きずりながら奇声のようなものを挙げ続けていた記憶しかない。
「ぞれで……ミモザは……、見づかっだのか? ゲホッ、ゲホッ」
「大丈夫ですよ。使用人の方たちが一所懸命探していますし、ロータスさんも自警団さんたちを動かして捜索にあたっていますから」
それはとどのつまり見つかっていないという意味じゃないか。何が大丈夫なのか。
大体、それだけ人員と労力を割いて見つかっていないってことは、少なくともパエデロスから遠く離れていることに他ならない。
近隣の町にいるのならまだいいが、パエデロスの周辺には数多くのダンジョンがある。その中の何処かに連れていかれでもしたら大変だ。
「ごうしぢゃおれん……、我は行ぐぞぉ……」
「ダメですよ。安静にしなさい。めっ!」
相変わらず叱りつける母のように言う。
あえなくして我の身体はベッドに押し戻された。
別にお前、我の母でも何でもないだろうに。
「お嬢様、喉に良いハーブティーをご用意してまいりました」
そんなところに、良い香りのするティーセットを台車に乗せて運んできたのはオキザリスだった。
テキパキとポットやカップを手配し、温かいソレが湯気を立てて我の前まで差し出される。それがまた一層、鼻腔をくすぶった。
カップを傾ける。ハーブの芳醇な香りが喉奥からふわりと昇ってきた。
さすがは元レッドアイズ国に仕えていたメイド。こっちの素材を見る目も、紅茶を入れる腕前もなかなかに優れている。
「かふぅー……」
余韻すら上質。身体の中からぽかぽかになり、喉の痛みも治まっていくようだ。
「あとは十分な休息をとれば喉の調子も良くなるでしょう」
マルペルの言葉にはしっかり休め、という圧力を感じる。やれやれ。オキザリスまでいたのでは抜け出すのも無理そうだ。
「あぅー……ミモザぁ……ミモザぁ……」
未だ熱を持つカップをサイドテーブルに置き、我はベッドに潜る。こうやってもごもごともがくことくらいしかできなかった。
「それじゃあ、オキザリスちゃん。私はロータスさんのところに戻るからフィーちゃんが勝手に出ていかないように見守っててあげてね」
「はい、かしこまりました、マルペル様」
お前は一体誰の主なんだよ、オキザリス。
などとツッコむ余力も惜しみ、我は体力の回復に専念することにした。
※ ※ ※
「フィー様ぁ! フィー様は何処だっ!」
なんだなんだ。ドスンドスンと屋敷内に地鳴りを響かせて、我の部屋に向かって何かが接近してきていた。何やら悲鳴も混じっているように聞こえる。
我は上体を起こし、ベッドから顔を出す。
すると、バンと音を立てて扉が開かれた。
廊下から現れたのは、ロータスよりも大きい巨体を持つ黒光りの筋肉が眩しいハーフオーガの女、ノイデスだった。
おそらく引き留めようとしたのであろう、我の屋敷の使用人たちが二、三人ほど肩や足にぶらさげていた。一体何なのだこの騒ぎは。
「おー、ここにいたか、フィー様。ちっすちっす」
「我の安眠を妨害するとは、大した大物だな、貴様は」
「いやいや寝てる場合じゃねえって! 師匠がいなくなってんだぜ!」
ぐいぐいぐいとノイデスが我のいるベッドの上にまで覆い被さってくるように距離を詰めてくる。デカい! 近い! 怖い! 我のベッドが潰れる! っていうか、我自身が押しつぶされる!
「ミモザがいなくなってしまったのは我も知っておるわ。だから使用人たちにも捜索を任せておる。我も回復したら探しに行くつもりだ」
「そうじゃねえって! フィー様! あべっ!?」
刹那、我の眼前までに接近しつつあったノイデスの横顔にキックが決まる。
その一撃で、我のベッドの上からノイデスの巨体が転がり落ちた。
「お嬢様にあまり近寄らないようお願い申し上げます。例えご友人知人であっても、ミモザ様以外であれば例外は御座いません」
そういって我のベッドの上に仁王立ちして、床に倒れ込むノイデスを見下ろしていたのは筋肉ムキムキメイドのオキザリスだった。お前、本当に心強いな。
でも、主の寝ているベッドの上に立つなよ。
「痛ってぇぇ……今のキック効いたぜ~。やぁ、すまんすまん。俺も慌ててたもんでさ。ちょいとフィー様と話をさせてくれよ。な?」
「今、お嬢様は見ての通り療養中です。ご用件でしたらわたくしめが承ります」
丁寧に対応してもらっているところ悪いけど、はよベッドから降りろ。
そんなわけで、オキザリスを間に挟んだ伝言ゲームのようなやり取りの末、ノイデスからの話をかいつまんで言うとだ。
どうやらロータスのところにも押し掛けて情報収集に行っていたとのことだ。
ロータスが言うには、ミモザはさらわれたというよりも身内に連れていかれた可能性が濃厚だと考えているそう。
一人でぶっ倒れるまで走り回った我と比べると、他人の助力も積極的に得ようとするその姿勢がなんとも賢く、考えなしに動いていた我が情けなく思えてきたわ。
我の頭は脳筋のノイデスより劣るのか。
「でよぉ、フィー様に話ってのは、師匠の身内の話なんだ。俺やデニア、ヤスミと、あとサンシの奴は関係なさそうだし、師匠が抵抗せずついていくような奴ってこのパエデロスにいるのか?」
ノイデスが本題を切り出してくる。そうは言われても、ミモザは我の親友であり、我以外に知り合いがいるなどとは聞いたこともない。
いたら少なくとも我には話すだろうしな。
もしや、我の知らないうち、我の知らない親しいものができたなどとは考えたくもないが……。
「俺も師匠のプライベートなとこ、あんま知らなくてさ。ぁー、もやもやしちまうぜ!」
「ふむぅ……仮にミモザと関わりの深いものがいるとしたら、それこそ身内。故郷の者かもしれぬ」
逆にパエデロスにいてほしくないという願望もある。
「師匠の故郷? って何処だ、そこ」
「アレフヘイムの森だ。ミモザの名前はアレフヘイムだからな。エルフは森の民と言われるように、森の名を自身の名前にもつけるのだ」
「そうなのか!? 全然知らなかった」
こんな奴より我って頭が悪いのか。本当に泣けてきた。
「じゃあ、そのアレフヘイムって森に行こうぜ! 何かの手がかりがあるかもしれないし!」
そう言うや否や、ノイデスが我の身体を抱こうとする。が、次の瞬間、またしてもオキザリスの一撃によって阻まれる。
「それ以上お嬢様には近付くことを許しません」
「あ、あが……顎はやめろよ、顎は……目が飛ぶかと思ったわ」
よれよれした様子でノイデスが退く。ハーフオーガにも躊躇なく蹴り飛ばすうちのメイドは一体何者なんだよ。
ともあれ、一つの方針は見えたな。
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