「はい、みんな、おはよう~。今日も一日頑張っていこうね!」
ハキハキと明るく振る舞うダリアの気味の悪いことよ。とはいえ、教室内の空気は穏やかなもので、クラスメイトどもも落ち着いて耳を傾けている。
何せ、昨日の授業は貴族の面々には少々ハード過ぎたところもあった。アレを経験した後では、ダリアの教師としての振る舞いは癒やしでしかない。
逆を言うと、今このときを少しでも噛みしめておかないと、次の授業でまたグチャグチャに破壊されてしまうかもしれないわけで、尚のこと安らいでいると言える。
「早速授業を始めていきたい……ところなんだけど、その前に何点か話をさせてもらうわ。ちょっと聞いてね」
そういって注目させるようにかダリアはパンパンと手を叩いて生徒どもの気を惹かせる。
「さて。まず何の話からにしようかな。じゃあ、まず通学について。これも前から話しておこうと思ってたんだけど、馬車通学の子ね。みんなも朝くるときに見てるから分かってると思うけど、結構校門が渋滞しちゃって大変なのよね。というわけで、当面禁止とまでは言わないけど、控えるように」
思えば、今朝も校門の前は馬車が連なっていたような気がする。
我もミモザも徒歩で通学しているからすんなりと入れるのだが、高慢な連中は直ぐ自分を優先したがるせいで無駄に騒ぎ立てて余計に時間を食ってるのが現状だ。
まあ、さすがに何か言われるとは思っていた。
「あとね、昨日、校則について説明したと思うんだけど……いやぁ、ちょっとこれも甘かったのかな。この学校はみんなで仲良くすることも大事だからね。魔法あるなし関係なしに、ケンカとかそういうのも全面的にダメだから。今度そういうのを見かけたらビシバシおしおきしていくからね!」
と、ダリアの視線がオキザリスに向いたのを見逃していない。
昨日はパエニアの顔面を蹴り上げてたしな。あんなのを見逃し続けていたら治安もへったくれもない学校になってしまうこと間違いなしだ。
「加えて、使用人さん召使いさんを連れている生徒さんも多いけれど、必要以上の人数を連れてこないように。この辺りはみんなの親のところにも手紙を飛ばしているから言い訳はなしね。ここは学校だから、自身の勉学を第一にしてほしいの。あれもこれもと沢山のお手伝いさんに手を貸してもらっちゃ本末転倒ってものよ」
思い返してみれば、クラスメイトの中にも些細なことすら自分の手でやらない者もいた気はする。
やはり貴族というものはプライドの高さを競い合っているようなところもあるし、むしろ自分の手を使わないことがステータスと思っている者もいるのだろう。
ふと、教室内の視線がある一点に集中していく。
その対象はパエニアだった。何といっても、ゴツい男たちが所狭しと教室を圧迫しているのは先ほどからも気に掛かっていた。
急にそんなことを指摘されたものだから、注目を浴びた途端、パエニアも癪に障ってきたのだろうか。特に何を言うわけでもなく、ふんぞり返った態度を見せる。
そういえば、今のところ、ダリアの注意を全て通して引っかかってるのはパエニアくらいだな。アイツも馬車通学だったし、やたらとケンカふっかけてくるし、使用人の数で威張り散らしてくるし、厚顔無恥もいいところだ。
あえてこんな授業前につらつらと注意を促すということは、パエニアの他にも似たような生徒が多くて苦労しているのだろうな。
「んーと、こんなとこだったかな。この学校は身分も種族も違う生徒たちばかりだからね。色々と戸惑うことも多いと思うけど、みんなで楽しく過ごせるよう、みんなで力を合わせていこうね!」
相変わらず、仲良し小好しが好きなこって。そんなに先生っぽさを出したいのだろうか。大枠はダリアというよりもあのお人好し勇者の意向なのだろうが。
ダリアの本心としては何処までが本気なのか掴みづらい。
「ああ、そうそう。昨日も少し触れたけど、今日から新しい先生が入ってくるわ。この授業が終わったら魔法練習場に移動するように」
教室を移動するのか。防衛魔法を担当と聞いていたから、おそらくは本格的な授業でしごかれるのだろうな。
まさか自己防衛だとかこつけてガンガン魔法で攻められたりとかは、多分ないとは思いたいが、何分、まだ顔も知らない教師だ。不安の方が大きい。
そんな空気は教室内で伝播していたのかどうかは定かではないが、やや退屈気味にぽんわかしていたクラスメイトたちの顔がやや険しくなった気がする。
これ以上、変にクセの強い教師は勘弁してほしい。
「新しい先生ってどんな人なんれしょうね」
我に対するミモザの細々とした囁き声に対し、ダリアが反応したのか、チラリと視線を合わせ、クスリと笑う。なんだ、今の含みのある笑い方は。
「じゃ、お知らせは以上! ちょっと遅れちゃったけど授業を始めていくわね」
特にソレに言及するつもりもないらしく、昨日と同じく教科書を開き、ダリアの授業が始まるのだった。
※ ※ ※
ダリアの授業を終えたクラスメイト一行、不安と期待の入り交じった感情を露わにしながらも、魔法練習場に向かって不揃いな足並みで進んでいた。
魔法に関する授業は勿論のこと、基礎体力作り、はたまた魔力を操作する実践に至るまでは昨日のうちに詰め込まれてきたが、これから行われるであろう授業は、間違いなく魔法そのものを体験することになる。それだけは間違いなかった。
きっとあのワクワク顔のクラスメイトは、やっと魔法が使えるようになるという期待でいっぱいなのだろう。その一方で、不安げな顔をしている奴は、逆に昨日のようなハードな授業が待ち構えていると思っていることだろう。
我はそのどちらに該当するかと言えば、一概には答えようもないが、なんというかソレを教える教師がどんな奴なのかが気になって仕方ないのが本音だ。
外に通じる扉を開き、眩い明かりとともに目の前に広い空間が広がる。
そこは入学式の後のクラス分け試験のときにも訪れた場所だったが、少し光景が変わっていた。
あのときは的当て用となる衝立のようなものが用意されていたが、すっかり片付けられており、代わりに何故か柵で囲った円形の舞台らしきものが作られていた。
そして、舞台のど真ん中には既に誰かが立っていた。
あれが新しい教師だろうか。
太陽に照らされる小麦の如く麗しき黄金の髪に、何処までも澄み渡る大空のような青い瞳。長いコートを身に纏う長身の女性。
驚くことに、我はその姿に見覚えがあり、そしてその人物を知っていた。
「え……、ぁ……? な、なんで……?」
「お、お、お……おかー、さん?」
「来たか……。お前さんらを待って、待ちくたびれてしまったぞ」
腕を組んでどっしりと構える、その女エルフは――ミモザの母親、プディカ・アレフヘイムだった。何かの幻覚かと、我もミモザも唖然としてしまった。
「なんだい、ヒヨッコどもばっかりかい。ワタシが直々に魔法を教えてやろうって言ってんだ。もっとシャキってしないか」
「いや、いやいやいやいやっ!!! なんでお前がここにおるんだ!!? 里はどうしたんだよ!!!?」
「ん? ああ、フィーか。あれから族長の座も降ろされちまったし、里からも追放されたんでな。あの優男に引っ張られて癪だが教官を務めさせてもらうことになった」
優男……って、まあロータスのことだろうな。なんでよりにもよってこんな奴を教師にしてしまったんだ。もっといい奴いなかったのか。
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