湯上がりにほっかほかになってソファでくつろぐミモザの隣に座る。
くたぁ、となっていて、日頃の疲れ具合が見てとれる。
まったく、このままでは湯冷めしてしまうではないか。
とりあえず目に付いたタオルケットをふぁさっとミモザに掛けてやる。
ズレたメガネも床に落ちてるし、拾い上げてテーブルに置く。
眠気でうとうととしているのか、目もしょぼしょぼとした様子だ。
「フィー、しゃん……すみましぇん……」
我には気付いている様子だが、動きはのそのそとしている。
まるで遊び疲れた子供だな。
「よい。ゆっくり休めと言っただろ」
「ふへへへぇ……じゃあ、やすみましゅぅ……」
と、そのまま目蓋を閉じて、すやすやと寝息をたてる。
我が言わなかったら休まなかったのだろうか。手の掛かる奴め。
よくもまあ、こんな街で今まで一人で暮らせていたものだ。
発展途上のこのパエデロスは、勇者どもが頑張っておるとはいえ、お世辞にも治安がよくない。いつぞやなど我も襲われたくらいだ。
ずっとずっと、弱く、脆い、小動物のように逃げ惑っていたのか。
それでいて、あんな魔具をせっせと作っては市場に出向いて売っていたのか。
愚かだ。なんて愚かな奴だ。
我と違って一度限りの命を、どうしてそこまで粗末にできよう。
やれやれ……アホ娘めが。
※ ※ ※
翌朝。
空は晴天。陽気な日差しとは打って変わり、冷たい風が吹き抜ける。
そのような乾いた空の下だというのに、パエデロスの街の賑やかなことよ。
治安も少し前と比べて良くなっているのがその目で見て分かる。
よほど街の奥に進まない限りは、もう我が一人で出歩いても問題ないくらい。
勇者どもの活躍が功を奏しているようで、なんとも癪に障るというもの。
このままでは忌々しいことにこの街に平和が訪れ、人間どもが繁栄してしまう。
今のところ、我がしてきたことといえば、この発展途上の街の経済を大いに回したり、路頭に迷う失業者や移民を拾い集めたり、無駄に貢献してしまっているのが現状だ。あれ? なんでこんなことになっておるのだ?
金で地位を手に入れて、好き勝手に治安を引っかき回し、パエデロスを絶望の街に変えていく予定だったはずだ。それがどうしたことだ。
……理由は分かっている。我自身が勇者どもに怯え、極端に目立つ行動を自重し続けているからこそ頓挫してしまっているのだ。
その中途半端な行動の結果が今なのだ。
元より、このパエデロスは周辺に多くのダンジョンがあるせいで、冒険者たちや移民たちが集まりつつあり、放っておいても発展してしまう傾向にある。
勇者どもはソレを良い方向に仕向けているだけに過ぎない。
目立ちたくはない。
目立ちたくはないが、我も大きな行動を起こさなければならない。
いつまでも臆して、か弱い少女を演じてばかりでは本末転倒だ。
力を失い、役立たずだと罵られ、魔王軍を追放された我が、こんな辺境の街で性悪な令嬢を装って人間どもの世界に忍び込んでいるのは、勇者どもに復讐するためではなかったのか。
いつまでもザコザコのよわよわのヘボヘボでいられるものか。
勇者に怯えて何が魔王か。我が成すべきことを今一度思い出すべきなのだ。
※ ※ ※
ぼんやりと街を歩いていると、市場まで辿り着いていた。
ここもまた一層賑やかで、様々な人間どもが行き交いしている。
こんなところをぶらぶらしていると、小うるさい連中に捕まりそうだ。
そんなことを思っていたら、向こうの方から聞き覚えのある声が聞こえていた。
「いらっしゃぁい! 珍しい魔具、いっぱいありましゅよぉ!」
この声を聞き間違えるわけがない。
あれはミモザの声だ。
アイツめ、まだこの市場で商売を続けていたのか。
朝早くからどうも見かけないと思ったが。
まあ、別にするなとも言っておらんし、しないとも言われておらんし。
それにしても、いつぞやのときよりも声を張っている。
我と会う前は掻き消えそうなほど弱々しい声で客寄せしていた。
まるで自分に自信があるかのようだ。やはり自分の思うように魔具が作れて自信もついてきたのかもしれない。
「あでっ!」
なんだ、ミモザの奴、また転んだのか?
そう思って、市場の雑踏を掻き分けて、声のした方角へと向かう。
――すると、予想とは違う光景がそこにあった。
「こんなガラクタに金なんて払えるかよ。おままごとなら他所でやれよ」
「何が魔具だ。馬鹿馬鹿しい。こんなの俺様でも鼻くそほじりながら作れるわ」
「ぁ……、ふ、ふまないで……」
市場の片隅の露店、あの時と同じように魔具を広げたミモザの前に、冒険者らしき人間どもが数人、取り囲んでいた。
あろうことか、ミモザの魔具をゴミのように踏みつぶし、ゲラゲラと下品に笑っていた。
それを目の当たりにしているミモザは必死に自分の魔具を守るように両腕を伸ばし、前のめりに伏せる。だが、何が愉快なのか、冒険者は魔具ごとミモザを踏みつぶそうとし――――
「ぐっ! あがっ! やめ……やめてくだしゃいっ! 痛い! 痛いれしゅ!」
「ぷはははっ、『いたいれしゅ~』だってよ!!!!」
「『やめてくだしゃ~い』『やめてくだしゃ~い』。ほら、もっと言ってみ?」
何が、楽しいんだ。
泣いているミモザを踏みつけて、何を喜んでいるんだ。
ミモザの背中に泥まみれの足跡が付いている。
顔を蹴られて鼻血も出ている。
伸ばした手も傷だらけになっている。
「おい、キサマら」
「あぁん? なんだ? またガキが増えたぞ」
「おともだちかなぁ?」
「どうしてそいつを踏みつけるんだ。そいつがキサマらに何をした?」
「どうしてって、なぁ?」
「このガキがゴミを売りつけようとしたからだよ。これって詐欺だよなぁ?」
「そうそ。だからおしおきしてやってんだけだよ」
我には、掠れそうな声で、確かに聞こえた。
「それはゴミじゃない」と訴えかける、ミモザの小さな声が。
そんなこと、我が一番よく知っている。
「てめぇも詐欺商売に加担するのか? じゃあ一緒におしおきしてやんねぇとな」
「ぎゃははは!!!! 悪い子ちゃんは言うこと聞くまでこらしめよ~ねぇ~」
冒険者が目の前に四人、立ち塞がった。
そのうちの一人が拳を振り上げて――
「生命纏う紅焔っ!」
――振り下ろすその前に、一瞬にして全身が炎に包まれる。
「ぎゃああああぁぁあぁぁぁ!!!?」
「な、なんだ、このガキ、魔法が使えんのか?」
「ふざけやがって!!!!」
「熱ぃ!! 燃えてるぅぅ!!!! だ、だ、誰かぁ!!!!!!」
「こっち寄んな、バカ! 燃え移んだろうが!」
「幻想の刻印石っ!」
混乱しているところを構うことなく、拳大ほどの大きさの宝石が無数に放たれ、人間どもにぶつかっては弾け、ぶつかっては弾け、四人まとめて後方に吹き飛ぶ。
勢いあまって、人混みに飛び込んでいき、人垣が避けていく。
その先にあったのは、ただの壁。仲良く激突し、石畳に落っこちた。
「ぐへぇ~……なんだこの魔法……ガキに使えるレベルじゃ……」
「おい、キサマら。我に何をする、といったかな?」
手のひらを、そいつらに向けて開いてみせる。
「ひぃぃぃ! こいつ、やべぇぞ!」
「に、逃げろっ!」
途端に表情を変えて、一目散に逃げ出していった。何と間抜けな姿だ。
「残念、MPが尽きてしまった」
開いた手を閉じて、露店に倒れ込むミモザに駆け寄る。
「おいミモザ、大丈夫か?」
我が、そう声を掛けようとした、そんなときだった。
「これは何事だ?」
その声に気付き、我は振り返る。
そこに立っていたのは、あろうことか、勇者だった。
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