寝起きは盛大な花火のドォーンドゴォーンという轟音だった。敵襲にでもあったのかと思ったぞ。ああ、そうだった。
今日はこの国の一大イベントが開催されるんだった。
カーテンを開き、窓を開け、バルコニーへと出る。眼下に広がる城下町の光景は昨日よりもまた一段と賑やかさを増しているようだった。
我と同じく、遠方からこの祭りに参加しに来ているものもいるのだろう。
何せレッドアイズは世界を救った救世の国ということになっているのだから。
「おはよう、フィーちゃん。昨晩はよく眠れましたか?」
城の従者を引き連れて、我の部屋に現れたのはマルペルだった。涙の跡が残っていないか心配だが、多分よく眠れたとは思う。
「ああ、快適だった。ロータスは一緒ではないんだな」
「ええ、ロータスさんは主賓ですから。王子と打ち合わせに向かいました」
考えてみればそれもそうか。この国の英雄だものな。
その割には普通に昨日は我と一緒に出歩いていたような気もするが。
まあ、ロータスは以前よりレッドアイズ国に所属していた身。この国を歩くということは自分の庭を散歩するような感覚なのかもしれない。
それはパエデロスでも変わらなかったし。
ということは、今日はしばらくロータスやソレノス王子の顔を見なくて済むのか。それはそれで心にほんの細やかな安らぎがもたらされるというものだが。
「今日は私とお祭りをまわりましょうね」
マルペルがニコッと微笑む。その代わりに今日一日、コイツと一緒なのか。
散々祭りを堪能した後にはおそらくソレノス王子からのロマンティックなプロポーズが待っているのかと思うと、今日という日はやはり最悪の一日になりそうだ。
「僭越ながら、ワタクシめもお供させていただきます」
で、なんだコイツは。城の従者だということは分かる。うちのメイドたちよりも質素な恰好をしておるな。目も心なしかすさんでいるように見えた。
それだけでこの城でどのような扱いを受けてきたか目に浮かぶ。
「この子は今日のボディガードさんですよ」
この小娘が、ボディガード? 確かに我よりも背丈は高いが、マルペルよりも幼いのではないか? こんな奴に本当に身の回りを任せられるのか?
ふと見たら肌の露出している箇所、顔以外は傷だらけに見えた。まさかドジっこメイドというわけでもあるまい。明らかに失敗の傷ではない、訓練の傷だ。
よくよく身体の輪郭を見てみると、筋肉の張り具合がヤバいことに気付いた。
こんな小柄なのに、鍛え抜かれている……。
多分、服の下、一枚めくったら腹筋とか割れていそうだ。
やっぱりレッドアイズ国は筋肉ダルマしか市民権を得られないのか?
「オキザリスです。以後、宜しくお願い致します」
か、堅苦しい……。必要最低限の一言二言しか喋ってないのに、圧が凄い。
仮にも軍事国家であるレッドアイズの従者をしている身だ。生半可ではない修羅の道でも歩んできたのかもしれない。
「よ、よろしく頼むぞ。オキザリス」
目つきの悪いガチムチ小柄メイドに握手を求める。返された手のひらは手袋越しでも分かるほどに堅く、ゴツゴツしていた。た、頼もしいなぁ……。
※ ※ ※
オキザリスの先導で、マルペルとともに城下町に降りてくると、街の様子は昨日とは一変していた。賑やかという点だけではない。
通りすがる子供たちがロータスのような恰好をして、聖剣を模しているであろう剣を携えて走り回っている。これだけならまあまあいいだろう。アイツ勇者だし。
街の露店にはロータスの人形やら、ロータスの絵画やら、ロータスグッズが何処を向いても視界に入ってくる。何この悪夢。ロータス地獄か。
「くたばれー、魔王ー!」
「ぐえええええ」
向こうではチャンバラごっこで戯れる少年たちの姿も。
何が、ぐえええええだ。
我がそんなヒキガエルみたいな断末魔を挙げるわけがないだろうが。
たくさん並ぶ露店の中にはロータスグッズだけではなかった。
なんと小さいサイズの我も売られていた。これはただの人形ではなく貯金箱だ。
お金を貯め込んで、使うときになったらぶっ壊す奴。
さぞかしスカッとするのであろうな。我の中から硬貨が飛び出す様は。
他の露店にも、また小さい我の人形の中にお菓子の入ったものも売られていた。
これも叩き壊して中のお菓子を取り出すのだな。公園の片隅、子供たちが我を壊して中からお菓子を貪る姿を見ていると、何だかお腹がむずむずしてくる。
普通の我の人形はないのか。せめて壊さない奴。
そして、一番人気なのはやっぱりアレだ。木彫りの女魔王像。
ボール投げつけたり、棒きれで叩いたり、思い思いの方法で我がボコられとる。
もう既にあちこちヘコんでるし、欠けてるし、そろそろ勘弁してやってくれないか、と思うくらいにはボコボコに殴られている。
「フィー様も如何ですか?」
コロコロと足下に転がってきたボールをスッと拾い上げ、オキザリスが我に向かって差し出す。
「いや、いい。我はそういう野蛮なのは好かん」
誰が好き好んで自分の像に向かってボールを投げつけねばならぬのだ。
「大変失礼致しました」
そういって、オキザリスはボールをそこいらにポイッと投げ捨てる。
「フィーちゃん、大丈夫ですか? 気分が悪くなったらいつでも言ってくださいね。向こうの方に静かなところがありますから」
ヒソヒソとマルペルが優しい言葉を掛けてくる。よほど酷い顔だったのか。正直、既に目眩で倒れそうな状態ではあったが、まだ城下町に降りてきたばかりだ。
このくらいでヘコたれてたまるものか。
どうせあんなのは我ではない。
木彫りだし、本物の我は月の如き美しい銀の髪で、血の如き紅い目だ。
出来の悪い偽魔王を見て気分を悪くする方がおかしいというもの。
「オキザリスちゃん、悪いけどフィーちゃんに何か冷たい飲み物を買ってきてもらえるかしら?」
「はい、畏まりました。少々お待ちください」
まったく、マルペルもおせっかい焼きが過ぎる。むしろこちらの方で息が詰まってしまいそうだ。どうするよ、酸欠になったら。
ただでさえマルペルには物理的に息できなくさせられるしな。
一日中つきまとわれるくらいなら……。
オキザリスは離れている。
マルペルもオキザリスの方を目で追っている。
今がチャンスだ。
「あ、フィーちゃん!? 何処に?」
振り返らず、追ってきているであろうマルペルも振り切り、そして裏路地の方へと飛び込む。人気がないことを確認し、我はソレを取り出した。
「フィーちゃん、待って――――あれ? あの、すみません。ここに小さい女の子がやってきませんでしたか?」
「いや、見てないが」
「そうですか……失礼しました」
そういって、マルペルはキョロキョロと辺りを見回しながらも裏路地からトボトボ出ていく。何も気付かなかった様子だ。
ふっふっふ……今、話しかけた人物こそ我だったというのに。
咄嗟に我が取り出したソレ。毎度お馴染みミモザお手製の魔具だ。
髪の色や瞳の色を変える怠惰なる色彩や、背丈を伸ばす背伸びの願望を掛け合わせ、さらに服装までを一瞬にして着替える新作。
その名も瞬間的人違いだ。この指輪一つで全くの別人に成り代わるというわけだ。
ふははははははははははっ!!!!
どうだ、見事に撒いてやったぞ!!!!
さすがはミモザの魔具。見事な完成度。
前のだと着替えるのも面倒だったしな。改良してもらって正解だった。
これで今日のところは自由に行動させてもらうとしよう。
なぁに、ほとぼりが冷めた頃に城に戻ればいい。
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