我が屋敷の倉庫に積み込まれた木箱の数々を眺める。壮観といえば壮観だ。そこにいるだけで少々、というかかなり泥臭いのだが。
「お嬢様、手配が完了いたしました。みな、待機しております!」
「うむ、では運び出せ」
「はっ! かしこまりました!」
我の一言を合図に、泥臭い木箱は使用人たちの手によって一斉に運び出されていく。その先は屋敷の外、さらにいえば繁華街の外、もっと言ってしまえばパエデロスの農業地区だ。
元々このパエデロスという街は冒険者たちが集まり、大体の商売ごとといったら冒険者相手が基本。武器とか防具とか、冒険の役に立つ道具その他もろもろ。
その実、あまり農業が発達している土地ではなかったりする。最も重要視される食料は保存食を遠くから仕入れるのが普通だ。
だからまともな料理を作ってくれる酒場は重宝される。
だからこそ食料の輸入率は半端ない。
無論、パエデロスには農業がないわけでもない。需要が多すぎて供給が追い付かないのが実態で、輸入する方が安上がりになってしまうのが現状なのだ。
でだ、あの泥臭い木箱が何なのかと言えば、もう分かるだろう。そう、農業を開拓するために遠方から仕入れてきたものだ。
中身はジャガイモと呼ばれているもので、寒い地域でも育ち、保存もしやすいという、冒険者の多いパエデロスにはうってつけのものだ。
ジャーカランダーという国からきた芋だからジャガイモというらしい。
以前、我がダンジョン攻略をしていたときに出会った冒険者から教えてもらった。あれほどまでの数を仕入れるのは骨が折れたが、これでパエデロスの農業は飛躍的に発展していくことだろう。
農業地区までたどり着くと、そこには広大な田畑が広がっていた。地平線すら見えるほどで、以前までとは比べ物にならない広さだ。
無論、我が土地を買い占め、農家の連中も雇い、ここまで開拓させた。これも全てジャガイモ畑のためよ。
「お嬢様、ジャガイモ運び終わりました!」
「よし、ここからは農家の出番だ! かかれ!」
その号令をかけると、土の匂いがよく似合いそうな者どもが一斉に木箱を運び出し、畑へと繰り出していく。彼らこそが雇ってきた農家の民だ。
みるみるうちに畑が完成していく。眼前の先、地平線の彼方までジャガイモ畑に埋め尽くされるのも実にあっという間のことだった。
さて。
パエデロスでは農業が大したことがなかった。
そこで我が遠くから保存の利くジャガイモの畑を開拓した。
ここまではいいだろう。では、その理由とは何か。
まさか、パエデロスを賑やかにさせるためだとか思っておる奴はおるまいな。
その回答ではせいぜい二十点。
より正解に近い答えは、金を稼ぐためだ。
まあ、そういうことだ。我も散財するばかりで一時は危うく貧乏生活まっしぐらだった。パエデロスの近辺にはダンジョンがザクザクあるのだからそこいらでお宝稼ぎをすりゃあいいだろ、と考えたこともあった。
結果としては、お宝を手に入れて想定以上にガッポガッポと儲けることには成功したが、効率やらリスクやら、何から何まで条件が悪すぎることに気付いてしまった。
下手したら冒険先で死んでた可能性が八十パーセントを越えていたといってもいいくらい。我の資産に不安を覚える度に死と隣り合わせの旅になど行ってられるか。
てなわけで、先の冒険で得られた資金を元手に農業開拓に乗り出すことにしたわけだ。
これが何でもない普通の作物とかだったら需要と供給のバランスが崩れ、普通に計画も破綻していたところなのだろうが、ものは、ジャガイモだ。
このジャガイモという作物は、パエデロスにはなかったものであり、それどころか同じ大陸の何処の国にだって出回ってはいない。
我がこのジャガイモと出会ったのはある種の奇跡といってもいい。たまたま旅をしているときにたまたま出くわした冒険者にたまたま教わった代物。
きっと、という確証はないが、おそらくの確信はある。このジャガイモは冒険者の多いパエデロスでも重宝されていくことだろう。
「お嬢様! 全ての工程が完了いたしました!」
「ふははははははははははっ!!!! ご苦労であった! 今後の管理を怠るでないぞ!」
この畑の地平線が、ジャガイモで埋め尽くされると思うと、それだけで期待で胸が躍るというもの。この事業が上手いこと定着してくれれば、パエデロスでの農業も掌握したも同然だろう。
ま、そこまで上手くいかないにしても、それなりの稼ぎにはなってくれるはずだ。
そんな確信を抱きつつ、我は我の所有する広大な畑を後にしたのだった。
※ ※ ※
※ ※
※
どうしてこうなった。
我は我の目算を見誤ったとしかいいようがなかった。我の屋敷の前にはもはや暴動としかいいようのない有様が広がっている。使用人たちが必死に鎮圧しているが、焼け石に水のような気がしてならない。
どうしてこうなった。
事の発端は極めて分かりやすく、我の開拓したジャガイモ畑の仕業だ。こんなことになってしまうなんて予想だにしていなかった。よもやよもやだ。
あまりにも売れすぎてしまい、供給が追いつかないなんて。そんなことってある?
おかげで我の資産は山のように跳ね上がってしまっている。それはまあ、喜ばしいことではあるのだが、やりすぎた感も否めない。
「フィーお嬢様、農業組合の会長様がお見えになっております」
ノックの音に続いて部屋に飛び込んできたのはそんな執事の言葉だった。
これって怒られるのかな? だって我、パエデロスの農業の殆どを買い占めてしまったようなものだし、そんでもってジャガイモで制圧してしまったし。
我の屋敷の前を見てみろ。ジャガイモの供給を求めて民衆どもが騒ぎ立てておるのだぞ。大荒れにもほどがあるだろう。パエデロスの農業組合も黙ってはいられるものか。こんなバランス崩壊に導いた我にお咎めがないとは到底思えない。
「わ、分かった。応接室に通せ」
どうしよう、どうしよう、どうしてこうなった。
今に始まったことでもないが、我もこのパエデロスで経済を回しに回しまくってきた前科もあり、その傍若無人っぷりにはロータスも頭を抱えていたはずだ。
停戦協定を組んでいる手前、相互利益に繋がる範疇であればまあまあ目をつむってもらってはいたが、治安に亀裂が入るような事態をロータスは見過ごすだろうか。
農業組合に苦言垂れ流されてロータスの耳に届いたら我、殺されるのでは?
なんてことだ。かつて人類を恐怖のどん底に陥れた魔王であったこの我が、ジャガイモを作りすぎて処刑されてしまうというのか。
「お初にお目にかかります。パエデロス農業組合の会長、バレイと申します」
応接室に案内されたバレイと名乗るその男は、想像していたよりも若く、人間基準で考えても中年にも満たない紳士だった。身なりは悪くない辺り、おそらくパエデロスの外からやってきたのは容易に想像できた。
このパエデロスに農業組合を設立する際にロータスがどっか遠方から呼んできたのだろうな。落ち着き払った態度は、静寂を体現するかのよう。
少なからずとも、クレームをぶつけにきたという様子ではなさそうだ。
「突然の訪問、失礼いたします。この度は、フィー様の所有する農場についてお話があり、お伺いした次第です」
「う、うむ。なんだろう」
「端的に言えば、農作物の価格を引き上げていただきたいのです」
神妙な顔で書類の束を差し出され,そんな言葉を言われたものだから、我は思わず、ポカンとしてしまった。
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