その街で評判の魔具店として他国にまで知れ渡る通称、姉妹天使の店は店長不在のまま無事に今日一日の仕事を難なく乗り切り、店じまいの最中だった。
「ヤスミさぁん、売り上げはいかがでしたかぁ?」
商品棚を前にしておっとりと間延びした声を挙げるのは白髪で褐色肌のエルフ、デニアだ。店の在庫を逐一確認しながらも接客も併行していた功労者でもある。
「ええと、すみません。やはり普段よりも少々落ちていますね。拙者も頑張ったつもりなんですが、面目ない……」
それに返事するのは髪型を奇妙な形に結った黒髪の女性、ヤスミだった。
日頃は明るいムードメーカーとして店内に溢れんばかりの笑顔を振りまいている彼女だったが、今日は少しばかり苦笑いだ。
「ははっ、そりゃあ師匠もフィー様もいないからな。ちょっとくらいなら気にするこたぁねえだろうよ」
そうガハハと笑い飛ばしているのは筋肉ムキムキの黒光りする肌と逞しい体格を持つハーフオーガのノイデス。そのあっけらかんとした態度は本当に微塵も気にはしていない様子だ。
「貴方は少々楽観視しすぎなのですよ。しかし、そこまで心配するほどではないのも事実ですね。固定客もついていますので」
一際小さく子供のような容姿でありながら紳士のように物静かに振る舞う少女はドワーフのサンシ。店内に突き出した簡易な工房で道具の手入れをしつつも、勘定をテーブルの上に山のように積み上げて数えていた。
「ふぅ~……、店長が張り切ってくれたおかげでもありますけど、倉庫にもどっさりと在庫がありますしねぇ」
「俺もメチャメチャ頑張ったぞ! 学校用の杖もバリバリ売れていったしな」
「いやはや、まさか他所の店からも注文が入ってくるとは思ってもみませんでした。ノイデス殿は一日中あの箱の配送でお疲れなのでは?」
ヤスミの言葉に、鼻で息を吹き、ノイデスはこれみよがしに箱を担ぐ。
その中に入っているのは大量の杖。ちょっと担ぐのも一苦労な重量のはずだが、ノイデスはそれを軽々と持ち上げて見せた。
「こんな箱の十個や二十個、ちょろいちょろい」
「確か注文が入ったのは軽くその倍はあったようなぁ……?」
デニアの疑問も気にすることはなく、ノイデスはフフンと笑う。
実際のところ、延々とひっきりなしに箱を担いで他所の店に配ってまわっていたはずのノイデスの額には一滴の汗もなかった。
「この調子ならお嬢やフィー様に悪い報せを出すこともないですな。あの二人には安心して勉学に励んでもらいたいです」
「学校なんてそんなにいいもんかねぇ? 師匠だってちゃんとこの店を切り盛りできてんし、フィー様だって俺なんかよりずっと頭がいいんだぜ?」
首を傾げる黒い巨体。それに対して頭一つ分足りない小娘が回答を告げる。
「拙者だって色々な土地を巡ってきて勉強の日々を歩んできましたけど、学ぶことは多いですよ。勉強に無駄なんてないんです。裾野が広がる機会を得られますから」
「ええ。それにぃ、あの魔導士学院ではぁ、魔法の才能がなくても魔法が使えるようになるっていうじゃないですかぁ。勇者のお仲間さんの監修と、レッドアイズ国の叡智が加わった学校だなんて私が入学したいくらいですよぉ」
おっとり口調で、のほほんと笑ってみせるデニア。
「そこんとこ俺もよく分かってないんだが、本当に魔法が使えるようになるってんなら、ま、俺も入ってみたいもんだぜ」
「流石にノイデスさんには無理なのでは」
「なんでい。俺には勉強できないってか? そりゃ苦手だけどよぉ」
「いえ、そもそも入学するのにいくら掛かるかご存じですか?」
サンシの言葉にムッとしてノイデスが睨みを利かせるが、特に怯むこともなくサンシはさらに言葉を継ぎ足す。
「簡単に言いますと、今日の売り上げくらいですよ」
思わず、ノイデスの視線がサンシの横のテーブルの上に、そしてヤスミの手元にあるどっさりとした金貨銀貨の山に泳いでいく。
これには思わずノイデスも顔をしかめた。
「うぇぇ!? そんなに高ぇのか!?」
「そうなんですよねぇ~……元々貴族を対象にしていることもあるみたいですが、結構資金源として当てにしているようなんですよぉ」
「勇者ってそんなにビンボーなのか?」
ノイデスの率直な感想に、少々呆れ気味の表情を浮かべたのはサンシだ。
「ノイデスさん。パエデロスは金の巡る街ではありますが、それは冒険者と我々の間で完結することが殆どです。まだ商業組合が弱い立場だからです。税金の代わりに寄付という形でまかなっています」
「ぁー……、ぅー……、ちょっと難しい話は……。税金っちゅうのは、まあ街に収める金、だよな? だったらとっちまえばいいじゃんか、税金。パエデロスじゃあそういう組織もあんだからよ」
「いえ、厳密に言うと、そんなものないんですよ。ノイデスさんが言っているのは勇者様の担っている治安維持を目的とした団体のことでしょう? それは街を管理してはいるものの、税金を取る権限なんてないのです。国家ではないのですから」
そこまでいうと、ノイデスの混乱している様子が見てとれたのか、一旦サンシも言葉を中断する。あまり一気には説明しきれないと判断したのだろう。
「パエデロスはぁ、まぁ知ってると思いますけどぉ、色々な冒険者さんや商人さんが勝手に集まってきて大きくなった街ですからねぇ……勿論、勇者さんたちも土台を整えて形を作り上げましたけど、言い換えたら勇者さんが偉い人、頭のいい人を集めてきてぇ、どうか協力してくださぁ~い、って呼びかけてるだけなんですよぉ」
「んん? じゃあ、あの何たら組合ってのはなんなんだ? あるよな? 師匠も定期的に金払ってるじゃん。アレ、詐欺ってことなのか?」
「ですからぁ、それが寄付なんですよぉ。法律とか厳密な強制力のあるルールがないから形だけソレっぽくしてるだけなんですぅ」
とうとうノイデスは頭を抱えて蹲ってしまう。
うーん、うーんと唸り声を上げて、目をグルグルさせている。
「近々国になる、国になるとは拙者も聞いていましたが、結構住民の温情だけで成り立っていたんですね、今のパエデロスって」
「温情……というよりもロータス様の力でしょうな。魔王を倒した実績と実力を兼ね備えた彼ならでは、のね。ロータス様が悪意を持って本気を出したのなら、独裁政権を築き上げ、パエデロスを支配することも容易くできたでしょう」
顎に手を添えながら小さな少女が物憂げに俯く。
「様々な文化を持つ異種族を真正面から統率しようというのだから大した覚悟です。実際、その枠組みも既に完成しつつあるのですから。パエデロスを国として世界に認めさせるための仕上げ、といったところですな」
「ぁ……、学校で金稼いで国を作る、ってことなのか?」
ノイデスが辛うじて出せた一言に、サンシはやや呆れた顔をする。
「それだけではないのでしょうけど、貴方にはそういう解釈でいいのですよ」
「なんだよ! 小難しい話ばっかでよ! 俺にゃ分かんねぇよ!?」
拗ねるようにプンスカと怒り出すノイデスを横目に、デニアもヤスミも思わずクスクスと笑い出す。
「大丈夫ですよ、ノイデス殿。拙者もまだまだ分かっていないことも多いですから」
と、優しく声を掛けるのはヤスミだ。
「学舎には通えないのは残念ですが、拙者も、ノイデス殿も、この場所で学べることも沢山あるでしょう」
そんな前向きで明るい言葉を受けて、ノイデスも立ち上がる。
「そ、そうだよな。うん。そうだそうだ」
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