偽令嬢魔王

魔王軍を追放されてしまったので悪役令嬢として忍び込むことにしました
松本まつすけ
松本まつすけ

第48話 そんなもんでなびいてたまるものか

公開日時: 2021年9月27日(月) 00:00
文字数:3,000

「やあ、ようこそ遠路遙々。ロータスさん、マルペルさん。それに、フィー。来ていただいて本当に嬉しいよ!」

 列車を降りて早々出迎えてきたのは、レッドアイズ国のソレノス王子。それと、従者らしき面々がズラリと。

 一国の王子とあろうものが、わざわざこれだけ引き連れてくるとは。


「水くさいではないか。もう少し早く連絡してくれたら門まで迎えに行ったのに」

「ははは、気遣いはご無用だよ」

 なかなかの好待遇だ。まあ、ロータスは勇者だしな。この国においてはもう一つの顔と言っても過言ではないはずだしな。


 ここにくるまでの間も、普通に堂々と往来を歩いていたから結構視線を浴びまくっていたし。我なんて、ずっとその傍らでビクビクしとったというのに。


「お互い、まあま積もる話もあるだろうが、今日は客人としてもてなすつもりだ。特にフィー。キミにはこの国のこと、オレのことも知ってもらいたい」

 うぅむ、やっぱりソレノス王子は我の方に意識を向けておるな。

 プロポーズの返事を今か今かと待ち望んでいる様子が見受けられる。


 だが、ここまで来ておいて我の決心は揺らがぬぞ。


「あのだな。こないだの我の返事だが――」

「おっと、その先は後にとっておいてくれないか」

「ムっ!」

 ソレノス王子が我の口元に指先をあてがう。

 もう我は一言「断る」と言ってさっさと帰りたいのだが。


「先日の非礼を詫びさせてくれ。答えはその後にいただいても十分だろう?」

 まあ、さすがの王子もいきなり結婚が決まるとは思ってないだろうな。

 我のどうにか機嫌を損ねないよう接待して心変わりを狙うつもりだ。

 そんな魂胆、お見通しよ。


 とはいえ、ここでダダこねても仕方ないか。なんだったら隙を突いて「断る」連呼し続けてもいいのだが、そんな幼稚な逃げはなしにしておこう。


 レッドアイズ国だって、現在進行形で死活問題に立たされているのだから、プロポーズ断ります、はい分かりましたの二つ返事で終わらせるほどの余裕もあるまい。


 ここは一つ、その気がない素振りを延々と叩きつけて、脈のないことを主張していく方がいいだろう。


 まさか向こうも無理やり結婚させようとまではしないだろう。

 ……しないよな? 拘束されて、事実を歪曲した情報を流されて、我の合意無しに結婚を進めるなんて暴挙は、さすがにないと思っていいよな?


「さあ、こんなところで立ち話もなんだ。早速だが、オレの城をご案内するよ」


 ※ ※ ※


 レッドアイズ国の城というからには、さぞかし豪華絢爛なのだろな、と思ってみれば、これまた期待を裏切ってくれる男よ。

 我はてっきり収監施設か何かに案内されてしまったのかと思ったくらい。


 そうだった、レッドアイズは軍事国家だった。

 それを念頭に置いていれば直ぐに気付きそうなものだった。


「こちらが我が軍の誇る精鋭たちの演習だ」


 目の前に広がるのは、グラウンド。兵隊が健気に訓練をしていた。

 我が見たこともないような武器を手に、威勢よく声を張り上げ、なんともはやストイックな世界だろう。これは軽いジャブ。


 続いて案内されたのは、これまた筋肉ダルマどもが熱い汗を垂れ流しながらハードな運動に興じている室内運動場だった。

 なんか傍から見ても暑苦しくて仕方ない。まあ、このくらいもまだ普通か。


 廊下を歩いていると、ランニング中のムキムキの軍団とすれ違う。それだけでもかなりの威圧感だ。近寄り難い熱気も放っている。なんだ、この城は。むさ苦しい男じゃないと市民権を得られないのか? そう言いたくなる。


「そして、ここが兵器開発室だ」


 今度はどんな筋肉だ? そう身構えていたら、こちらはこちらでヤバい風景が広がっていた。工房のようなところ、という認識でいいのだろうか。

 金属製の大釜が幾つも並び、それを運ぶ機構らしきものが素材やら何やらをガタンゴトンを運び、部屋のそこかしこからは蒸気の音も聞こえてくる。


 我はまた違う世界に放り込まれたのかのような錯覚に陥る。魔導機兵オートマタどももひっきりなしに動きまくって、物凄い勢いで作業を進めている。


 作られているのは武器、兵器だけではない、魔導機兵そのものもまさに目の前で製造されている。魔導機兵が魔導機兵を作ってる? 頭がおかしくなりそうだ。

 一度に作られる数はそう多くもないようだが……、禁忌とされるゴーレムのようなものをどのようにして製造しているのかは気になるな。


「こちらでは武器の試験を行っている」


 パンっ、パンっ、と破裂音を立てて、手のひらに収まる筒状のものに取っ手をつけたようなものから炎やら氷からを飛ばし続けている男たちが並んでいた。

 的らしきものは穴だらけだったり、焦げていたり、凍り付いていたりと、様々な試験の痕が窺い知れる。というか、何あの武器。


「ああ、フィーは知らないか。あれは銃器と呼ばれるもの。彼らが構えているのは拳に収まる拳銃だ。キミの親友のミモザちゃんもよく使っている魔石を仕込んであってね。魔法の弾丸を筒状の先端から発射するんだ」


 じゅう……? なにそれ分からん。あんな簡単に魔法が使えていいのか?

 ミモザの魔石よりもずっと手軽じゃないか。取っ手についている引き金を引くだけでパンっ、パンっとお手軽に放てるとか、そんなのありか。


「まだ試験段階。研究を進めているところでね。実践にはまだ使われていない。何より製造コストも高く、そこまで量産もできないんだ」

 金があればできそうな言い回しをする。遠回しに我に、はたまたパエデロスに金をせびっているようにも聞こえるぞ。


「ははは……魔導機兵みたいなバカデカいのを沢山作っている割にはあんな小さな武器も量産できないのだな」

「魔導機兵は兵器だけでなく労働力でもあるんだ。他国に売り飛ばすこともある。制御はいくらでもできるからね。我が国の貴重な収入源でもあるんだ。だから量産ができる。対して銃器は取り扱いが難しい。他国に売って真似されたら一大事さ」


 うぅむ、小難しい話が絡んでくるのだな。我としてはあんな魔導機兵を他国に売ることも相当厄介な話に思えるのだが。何か矛盾を孕んでいないか?

 魔導機兵を製造できる国は他にはないが、銃器くらいなら他国でも真似ができてしまうという解釈でいいのか? まったく、分からんな。


 しかしまあ、ミモザにはいい土産話になりそうだ。

 頼めば拳銃も作ってくれるかもしれん。

 ああ、早く帰りたい。今頃ちゃんとご飯食べてるのだろうな。


「いかがだったかな、我らの城は」

 自信たっぷりのドヤ顔を見せつけてくる。確かにそれだけ誇れるものはあった。

 兵隊にせよ、兵器にせよ、魔導機兵にせよ。あんなものを統括できているのならもはや最強と言っても過言ではないだろう。


 しかし、それを維持し続けることができているのかという点は疑問だ。

 さっきロータスたちからは貧困層の話も聞かされたしな。ちょっとバランスが崩れたら一気に崩壊しそうな危うさはある。


 力に溺れて自滅する人間の末路だって我は数えきれぬほど見てきた。この国もまたその道を歩んでしまうのではないだろうか。


「なかなか素晴らしいものを見せてもらったと思う。だが我も長旅で疲れてしまってな。あまり頭には入ってこなかったかもしれんな」


 王子が直々に城を案内するなどという好待遇。しかも結構機密情報に食い込んでるところまで紹介していた。そこいらの平民からしたら涙を流して喜ぶところだろうが、そんなもんでなびいてたまるものか。


 我は意地でも突き放すぞ。断固として我は結婚は認めぬ!

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