向こうの方でノイデスが暴れ始めたのを合図に、我とオキザリスは里の入り口へと走っていく。当然のことながら、見張りたちの捕捉され、何処からともなく射出された矢が飛んできた。
……のだが、それらは我のところに辿り着く前にへし折られて落ちる。
結果、一本たりとも我の肌を掠ることすらなかった。
どうしてかって? 無論、オキザリスが一本残らず全部当たる前に落としているからだ。本当に人間業ではないな。本当に人間なのか、コイツは。
「やはり幾分かはノイデス様の方に集中しているようですね」
余裕の表情と冷静な解析。しかし、矢の本数が減ったからといって、それが常人に回避できる数だったのかどうかは正直はっきりとは答えられない。
『敵襲! 敵襲! 我らが里が襲撃されている!』
何処からか、そんな声があちこちから聞こえてきた。魔法で声を飛ばしているっぽい。四つのチームに分かれて突入したのだからかなり状況は混乱しているのでは。
そう思ってみるも、何だか冷静に対処されているような気がした。
ふと、里に入るための門が今にも閉まろうとしているのが見えた。
「高速突き抜ける加速!」
咄嗟に我はその魔法を詠唱。すると、突風に煽られるかのように、我とオキザリスの移動速度が加速する。というか、風にぶっ飛ばされて門に目掛けて飛んでいるという表現が正しいか。
無事に閉まる前の門を潜り抜け、オキザリスは我の身体を持ち上げて着地する。
ものの見事に無傷で里への侵入成功のようだ。
他の連中はどうなっただろう。考えている余裕もない。
「し、侵入者っ!」
「――失礼」
オキザリスが門番エルフの首にトンと一撃を加え、エルフはそのまま昏倒してしまう。なんておそろしく早い手刀。我でも見逃しちゃうね。
とにかくミモザを探し出して、次なる作戦に移行しなくては。
「お嬢様。こちらがヤスミ様のおっしゃっていた地下茎への道のようです」
ヤスミからの報告では、この里の巨木の地下茎……つまり根っことかの内部の方にも町が広がっているらしく、そこがかなり複雑な行動をしているとか。
その代わり、そこまでくると一気に見張りの数は減り、ごく普通に生活しているエルフが大半で、上手いこと奥まで潜り込めれば逃げやすいとも言っていた。
あのヤスミの隠密能力を把握しきれていないからアレなのだが、はたして我らでもちゃんと潜入できるくらいの余裕はあるのだろうな。ヤスミだからこそやってのけることができたレベルとかになると、キツいなんてものじゃない。
そんな不安に煽られつつも、オキザリスの先導するまま、我は里の地下の方へと移動する。ちょっとした洞窟に入り込んでいくような感じだったが、すぐに広い空間が目の前に広がった。
その光景ときたらかなり想像以上なもので驚いてしまった。
本当に地下なのかってくらい広い。外目から見えていたあの里もほんの外観だけに過ぎず、いざ中に入ってみるとその倍以上はあるんじゃないか。
里内は大樹の根っこということもあって、まるで柱のように巨大な根っこがところどころ至るところからニョキニョキと無数に立っている。他にも蔓や蔦がそこかしこからぶら下がっており、見渡しきれないほど視界が遮られてしまう。
しかもその根っこやら蔓やら蔦やらも、エルフたちにとっての交通手段になっているところもあるらしく、橋として組み込まれていたり、滑車と組み合わせて上下の移動をする機構まで存在していた。
階層も何層にも分かれているものだから、最下層が見えない。例えるならなんだろう。何重にも重ねた枝の上に立っているイメージだろうか。その枝の一本一本が橋並みにバカデカいのだが。
うっかり根っこの橋から落ちたらどれくらい下まで落下してしまうのだろう。想像したら怖くなってきた。そのくらい底知れない高さがある。
「内部の方はまだ混乱している様子もございませんね。今のうちに隠れられる場所を確保しておきましょう」
地上では交戦状態ではあったが、あの緊急事態宣言のような声は地下にまでは行き渡ってはいないらしい。急に打って変わって平和になった気がする。まあ、時間の問題だろうからオキザリスの言う通り退路を確保しなければ。
にしても、ここが改めてミモザの故郷だと思うと、思っていたよりも都会で驚いた。そりゃあまあ、今のパエデロスやレッドアイズ国とは比較にもならんかもしれんが、そこら辺の田舎国よりもよっぽど繁栄しているのでは。
地上が要塞だとするなら、こちらはさしずめ地下都市といったところか。
エルフ独特の文化が文字通り言葉通り根付いておるようで、さすがの我でも一目見ただけでは分からない建造物もチラホラと目立つ。
というか、どれが家で、どれが店舗的な存在なのかも分からん。
見渡してみた限り、馬車や列車という移動手段は見当たらず、基本的にはやはり根っこの橋や蔓と蔦でできた滑車式エレベーターぐらいしかなさそうだ。
これだけ広いのに縦しかないのか。それを思うとかなり不便に思えてきた。
「お嬢様、向こうから誰かが来ます。隠れましょう」
ボソッと小さくそう言い、我は物陰に隠れた。というか、遮蔽物多いなこの町。
ヤスミの言葉が加速度的に信頼度爆上げ状態だ。
余計なことをしなければ本当に逃げやすいといっても過言ではないだろう。
あれだけ外の回りが厳しかったのも、地下に侵入者が入り込んでしまうと対処しきれないという点が考慮されていたのかもしれない。
天井から地下まで伸びる巨大な無数の根っこの影でも、カーテンのように垂れ下がる蔓や蔦の影でもいくらでも隠れ放題なのは本当に都合がいいな。
「上の階層に侵入者だと? どうなっているんだ。どうやってここまで入り込めたんだ。その数は?」
「分からん。だが、今も黒い筋肉ムキムキの女が大笑いしながら里の入り口付近で暴れているらしい。目的は全く不明だが、撃退もできないそうだ」
エルフどもが早速地上の話をしている。しかし、一番入ってくる情報はアイツのことだけらしい。ノイデス、ナイスです。
我らの情報はまだそんなに入ってきてはいないのか。
「まったく……これからまた忙しいってときにワケ分からんのが出てきたな」
「ああ、本当にな」
そんな心の底から呆れ果てた様子で、二人のエルフはこの場から離れていく。
「どうやら陽動も上手くいっているようですね」
「うむ、まさかこんなに上手くいくとは……」
情報って大事なんだな。今回のことでそれがよく分かったよ。
とはいっても、ノイデスだっていつまでも持ちこたえられるとは限らないし、こっちはこっちで時間との闘いだ。
とうとう侵入者の情報も地下にまわってきたわけだしな。
のんびりと探索している暇はない。
ヤスミの作ってくれた地図を参照に目的の場所へと急ごう。
里の中央の深部。そこにある収容施設っぽい場所だ。思いの外、ヤスミの仕事が丁寧だったこともあり、驚くほどあっという間にそれらしき建物は見つかった。
「ここだな……ミモザがいるといいのだが」
一際大きいソレは他の建物に比べると異様に苔が多く、よく目立った。壁伝いに格子状の木柵があり、我はその隙間から中を覗き込んでみた。
敷地内にも小屋のような個室がいくつも並んでいるのが見え、どうやらその中にエルフが幽閉されているようだった。なるほど、収容施設に間違いない。
しばらく中を見回してみると――
「あ、あれは!?」
あれを我が見間違えようか。
ミモザの姿をそこに確認できたのだ。
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