「はぁ……、はぁ……、み、ミモザ……、ぁぅぅ……、ミモザぁ……」
「はふぅ……、んん……フィーしゃぁん……わたし、もう……はぁ、はぁ……」
額から玉のような汗がしたたり落ちるくらい、身体は火照っており、またそれと同時にその途方もない気怠さに果ててしまいそうだった。
吐息も熱く、自然と溢れるように漏れていくばかり。もう下半身などガクガクで、余裕などないに等しい状況まで達しようとしている。
「お嬢様、頑張ってください。もう少しですよ」
傍らにいるオキザリスはそう言うが、正直我もミモザも限界と言わざるを得ない。
このままミモザとゴールインしたい気持ちもあるのだが……。
「おいおい、無茶は良くないぜ! オーバーワークは禁物だ。自分の筋肉と相談してキリのいいところを見つけるんだ!」
余裕綽々といった様子でリンドーが併走したかと思ったらビュンと走り去っていく。なんなんだよ、あの体力オバケは。
「フィーしゃん……ごめんなさい、わたし、はぁはぁ……少し休みまふ……」
「うぅ……わ、我も休ませてくれ……はふぅ……」
前々から貧弱な身体とは思っていたが、よもやここまで脆弱とは思わなんだ。
これでも何度かダンジョン攻略できてきたはずなんだけどな。
魔法に頼って体力面をカバーしていたのは事実だが、いざ実際に魔法が全く使えなくなるとこんなにも直ぐにバテてしまうものか。
ミモザに至っては徹夜でぶっ通し魔具の制作にあたれるほど体力が有り余っているなどと勝手に思っていたが、長距離を走り続ける運動は勝手が違ったらしい。
まあ思い起こしてみても、ミモザが特別に重い工具を使っていたような記憶はない。体力そのものは並みのようだ。
そういう建前はなしにしても、あのリンドー。教育方針があまりにもストイックだ。なるほどな、オキザリスがムキムキになるわけだ。
一応これでもかなり手加減はされているようで、他のクラスメイトたちの中には何とか完走しきっている者も何人かいた。
「おうおう、少し休んだらまた少しずつ進むんだ。頑張れよ」
もうグラウンドを一周してきたのか、リンドーが爽やかに走り抜けていく。
ついたった今、無茶をするなと言っておいて頑張れよとは。
どのくらいが適度になるかは自分で見極めろとは言われたが、難しいぞ。
「あー、くそ、やってらんね! なんでクソ真面目に走んなきゃなんねえんだよ」
そうぶつくさ言いながらとことこと鈍行走りしているのは周回遅れのパエニアだ。歩いているんだか走っているんだかやる気の度合いが見える。
鼻血を抑えるために鼻に詰め物をしているのが何とも間抜け面だ。
文句言いつつちゃんと律儀に走り込んでいるのはリンドーのおかげだろう。
先ほどはあれだけ無様に喚き散らしていたが、自分を蹴り飛ばしたオキザリスの先生と知らされてしまっては逆らうのも難しい。
リンドー自身もオキザリスのしたことを特に咎めなかったわけだし。
「ふぅ……ふぅ……、フィーしゃん、もう少しいきましょう」
「う、む。そうだな……」
周回遅れのパエニアに追い抜かれたところでまだこちらの方がゴールに近いのだが、ただなんとなく追い抜かれたという事実が気分悪くて、つい気持ちが早ってきてしまう。
よれよれっとした足を今一度踏みしめて、ミモザの歩幅に合わせて蹴り出す。
「はぁ、はぁ、ふぅ……頑張るぞ、ミモザ」
「はひゅぅ……」
なんだって魔法を学ぶのに基礎体力まで鍛えにゃならんのだか。その疑問の色が濃いものほど完走までの道のりも遠いようだ。
「お疲れ様です、お嬢様、ミモザ様」
涼しい顔で立っているオキザリスの異常さたるや。我とミモザは動きやすい服装に着替えておるが、オキザリスは無論メイド服のままだぞ。暑くないのか、その格好。
普段からその服装でアクティブに動き回っているからあまり違和感を持たなくなっていたが、いざ自分も運動していると化け物感が迸る。
「おっ、二人ともゴールできたのか。お疲れさん!」
「はぁ……はぁ……、しんどいわ」
ゴール付近で仁王立ちしていたリンドーが笑顔で出迎える。一体、あれで何周目してきたのだろうな。
「普段意識はできていないだろうが、身体の中には魔法を使う器官が存在しているんだ。最初から魔法が使える奴はソイツが生まれつき優れているっつう理屈だ」
「はぁ……ふひぃ……体力を養うと、その器官も……あふぅ……成長するんれしゅか?」
「筋トレして、適切な食事を摂って筋肉が膨れるように、ある程度までは魔法を使う器官も成長する。自分でその気管を意識できるようになる……らしいぜっ!」
なんだか眉唾な話を聞かされている気がする。
「その理屈だと、リンドーもオキザリスも魔法が使える準備が整っているようにも聞こえるが?」
コイツら揃って筋肉ムキムキだしな。魔法を使える器官もさぞかし立派に成長しているんじゃないのか。
「無論、そこまで単純な話じゃないさ。例えば、そうだな。お前、三本目の腕や四本目の腕を動かすことはできっか?」
「なんだ、突然。我には腕は二本しかないぞ」
「そう。存在しないと思っているものを動かそうと意識することは難しい。加えて、今度は今ある手でいい。好きな指だけを好きなように自在に動かせるか?」
そういって、リンドーは人指し指だけを倒したり、小指だけを反らせたりしてみせた。なんだ、その不可解な動かし方は。
勿論やろうとしてみたが、別の指まで勝手に動いてしまって、案外自分の思ったように動かすことはできなかった。
「自分の身体だからといって、頭の先から足の先まで全てを完璧に動かせる奴ぁいねぇってことさ。しかし、魔法は自分の中にある意識しないと見えないようなもんを、こんな指先よりももっと複雑に、より正確に操作できて初めて使えるようになるのさ」
悔しいが普通に納得してしまった。我も魔法の理屈は分かっていたつもりだったが、そういう別の視点では考えたことはなかった。
身体の中にある魔法を使うための器官という漠然としたものを生まれつき平然と使えていたものだから、それはそのように存在しているものとばかり思っていた。
魔力の才能がない者を、腕や脚が欠損しているような状態だと勝手に思い込んでいた。そうか、これが人間たちの研究成果という奴か。
「っつーこってだな。俺にせよオキザリスにせよ、基礎の体力ができていても、さらにそこに加えて魔法を使うための修練を積まなきゃどうにもならんってわけさ。残念だが、俺はそんな特訓をこれまでしてこなかったからな。生徒のみんなと同じ立場で学ばせてもらうさ、ハッハッハ」
魔法のことに関しては全くの門外漢かと思っていたが、普通に十分な知識は得ているのだな。ただの筋肉バカじゃないらしい。仮にも教師、仮にもオキザリスの指導をしてきただけのことはある。
世界最先端技術の宝庫、軍事国家レッドアイズのレベルをまた改めて思い知らされてしまった。
どうやら、本当に魔法が使えるようになるらしい。そんな確信の種火が胸の内に灯った気がする。
「俺の授業では身体能力の育成までだ。魔力掌握や魔力操作は別の先生からじっくり学ぶように! 潜在魔力を司る器官とか、そういう小難しいのも俺から教えられることは何もないからな!」
そういって豪快に笑い飛ばしてみせる。
いっそ清々しいくらいの開き直りっぷりだ。
しかし、リンドーへの教師としての信頼度は上がったようで生徒たちからの憧憬の眼差しが異様なまでに熱かった。
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