葉宮織羽……29才のOL。目が覚めたら源氏物語の登場人物・女二の宮になっていた。
女二の宮・蓮花……今上帝の二人目の姫。母を若くして亡くなったことから光源氏の息子・薫に降嫁している。
こんな感じで浮舟ちゃんとの初対面は上手くいったと思うのだが、実はこの一歩手前がちょっと大変だったのだ。
「父には自分から話しておく」といった手前、話しておく必要があったのだが今上帝は蓮花にあまり興味がない様子だろうから楽勝、と思っていたのにこれを聞いた今上帝は
「どういう事だ、薫大将の君の愛人を邸に迎え入れるだと?まさか薫大将の君と上手くいっておらぬのか?」よもや粗略に扱われているのではないか、と言い出す始末でこれには閉口した。
え。早く片付けたかったんじゃないの?
てか、そんなに心配ならなんでいきなりアイツに差し上げちゃったんだよ?!
と文句のひとつも言いたくったが相手は時の帝、そういうわけにもいかない。
「宇治の大君を亡くされたことで薫大将の君が大層嘆き哀しんでおられたのを父上もご存知でしょう?大将の君におかれてはその忘れ形見である姫君を見つけられて生きる気力を取り戻されたご様子……ですが私に憚ってそれを表沙汰には出来ぬご様子でしたので助力して差し上げたくなりましたの」
「なんと……!それは真かっ?」
そうなのだ。この父帝はそのことを知らず、ただ大君を亡くした事を大仰に嘆く様を見て「何事にも動じない薫大将もあれで意外と情が深いところがあるのだな」とかなんとかいって蓮花の降嫁を決めてしまい、浮舟の件は浮舟が亡くなって(実は生きてるけど)初めて知って驚くという有様。
そんな迂闊なことではいかんよ、娘に嫌われるぞ?
などという思いは口には出さず、
「大将の君におかれては(先の八の宮がクズだったせいで)不遇に育てられたその方の行く末を大層案じられているご様子(ある意味執念だな!)……宇治は遠うございますゆえ(プライドが高すぎるせいで)気軽に訪ねられることもままならぬでしょう、まして宇治の道行きは危のうございます、母のようにもしもの事あらば私が生きる気力も失われてしまいます(仲良し夫婦になりたいわけじゃないが未亡人になって別の夫をあてがわれるのも、出家も嫌だ!)。その方を側におくことで少しでも大将の君が心安くなられるなら(実際心配なのは浮舟ちゃんだけだけど)、妻として私も手助けしとうございます」
と色々でっちあげてみたら、
「其方は暫く見ぬうちにこんなにも心映え優れた女人に成長したのだな……!これも薫大将のお陰か……」
とか感涙にむせんだ。
私は何も言わなかった。
ーーが、
心の中で、
だー 、かー、ら、
なんで、
ど・こ・が・っ!
薫大将のお陰なんだよっ?!
彼奴、蓮花に対して何もしてないぞ。
いや、贅沢な生活だけは保証してはいるが。
蓮花は実際、どう思っていたんだろう?
そんな経緯で父帝の許可も降り、浮舟ちゃんを我が邸に迎え入れることに成功した。これで匂宮も手出しできないだろう。
てーか、させない。
匂宮は蓮花にとっても異母兄にあたるけどとくに親交とか、なかったみたいだし。
浮舟ちゃんの居る棟は邸の端っこで側仕えは当然女性ばかりだけど、匂宮の飽くなき色事への執念を考えると不安だったので強面で屈強な家来衆にも命じて警護させ例え側仕えの女房の恋人や身内であっても迂闊に室内に入れてはならないと厳命した。それだけでなく私は何かにつけ浮舟ちゃんを訪問した。
この時代、とにかく側仕えの女房一人が裏切れば侵入は容易いしそこで既成事実を作ってしまえばどんな相手であれ婚姻成立というとんでもない世界なのだ。
その点、出自の低い浮舟ならという不心得者がお仕えの中に混じってたとしても、“今上帝の姫宮”であり“薫大将の君の正室"という身の上の私がちょいちょい訪れるとなれば迂闊に誰かの手引きなど出来ないだろう、浮舟ちゃんには迷惑がられるかもしれないけど__と踏んでのことだったが、当の浮舟ちゃんが「お方様!良くいらして下さいました」と笑顔で迎えてくれるようになったのは嬉しい誤算だ。
浮舟ちゃんはここでの生活にも慣れて母君も定期的に訪れるようになっていた為表情も頑なな態度も大分解け、沢山会話してくれるようになった。
見た目は女二の宮でも中身は庶民な私にとって浮舟ちゃんとの会話は重要な癒しとなっていた。
が、
「先日二条院の中君様からお手紙をいただきましたの」
とはにかみながら見せられた手紙に私は固まった。
そこには、”都での生活にもすっかり慣れたようだから是非一度こちらへ遊びにいらっしゃい“的なことが書いてあった。
いや、浮舟ちゃんと中君は姉妹であるからそれ自体おかしなことではないが__。
「まあ。中君様も可愛い貴女に会いたいと仰せなのね。お返事はもうなさったの?」
努めて平静を装って尋くと、
「いえ……、どうお返事しようかと迷ってしまって、お方様にご相談しようかと思いましたの、筋違いなことかもしれませんけれど……」
尻すぼみになっていく言葉に対し(グッジョブ!浮舟ちゃん!)と快哉を挙げた私は、
「いいえ、ご相談してくれて嬉しいわ!一緒に返事を考えましょう」
と満面の笑みで告げた。
それに驚いたのか浮舟ちゃんが頬を染めて俯いた。
「お方様、素敵……」
と小さく呟く声は届かなかったので、(なんか、すまん)と恥じ入らせてしまったことに対して心中で謝罪し、改めて手紙に見入る。
「どうしたものかしらね……」
中君と会うこと自体に問題はない。
問題は会う場所が二条院__匂宮の家であるということだ。
以前チラッと中君に預けられた僅かな間に匂宮に目をつけられ、貞操が危うくなった場所である。
匂宮が留守の間を狙って訪問したとしても、二条院には匂宮にご注進する者が必ずいる。帰った後なら知っても問題ないかもしれないが、もし訪問の最中に不意に帰って来たりしたら__お付きの者達は止めるだろうが女性ばかりな上に匂宮は二条院の主だ、強行突破されれば中君にさえ止められないだろう。
気楽な姉妹付き合いであれば、互いの家以外の場所で待ち合わせも出来るのだが宮の北の方という中君の立場では難しい。
要は、匂宮を止められる人が居合わせれば良いのだ。
あ。
薫が付いてけばいいんじゃん?
浮舟ちゃんは今や薫大将の君の北の方として認められてるわけだし、いくら色狂いの匂宮といえど薫の目の前でコトに及んだり出来ないだろう。
「大将の君に、付き添いをお願いしたらどうかしら?」
我ながら良い案だと思ったのだが浮舟ちゃんは俯いてしまった。
あれ?
「旦那様と、何かあったの?」
蓮花には相変わらずだけど浮舟ちゃんとこにはマメに通ってるもんだと思ってたけど。
「い、いいえっ!旦那様は相変わらず私の至らぬ所を良くお導きくださってます!」
師弟と弟子みたいだな。いや、紫の上と光源氏みたいだというべきか?
「っ、その、私もですが中君様も__薫大将の君はどうも大君様と私達を重ねて見ることがお有りのようなので__それに、気のおけない女同士の会話にお忙しい大将の君を付き合わせるなど__、」
あーーーうん。
砕けた場にならないよね確かに。ついでに言えば薫も大君が亡くなった後中君に手ェ出そうとしたしなァ……うーん……知ってる限り女性であの二人を止められるのって明石の中宮(匂宮の母で薫の姉)くらいだよなぁ。要は宮自身が蔑ろに出来ない身分の女性……「あ」
そうか。
「そうよ、そうだわ!」
「お、お方様……?」
いるじゃない、匂宮が侮れない身分で、浮舟ちゃんに付き添ってもおかしくない女性が一人!
「私も、一緒に行くわ!」
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