このトラシュの森のダンジョンの上層ともなると、なかなか手ごわいモンスターが出現する。
ゴブリンやコボルトならまだしも、ウェアウルフやらスプリガンなんかになってくると、新米冒険者はまず相手にできない。
アルラウネなんかが出てきたら、熟練の冒険者でもそこそこ手こずることになる。
まぁ、アルラウネは裸の少女の姿で誘惑してくる習性があるため、出て来てくれるだけなら、眼福眼福で済むのだが。
「いた」
と、オレは前方を指差した。
広間。
巨大なカイトシールドをかぶるようにして、丸まっている生命体がいた。ふつうの人間なら、それは新種の亀かと思うことだろう。
デコポンである。
周囲には3匹のウェアウルフがいた。盾を小突いたりして不思議そうにしている。幸いにも人間と認識していないようだ。
「あれが、ナナシの仲間なの?」
「《炊き立て新米》パーティの一員だ」
「ずいぶんとフザけたパーティ名ね。すぐに助け出すわ」
フザけた名前ということは、たしかにオレも、うなずかざるをえない。
「強化術は?」
「必要ないわよ。ウェアウルフ3匹ぐらい、一瞬で片付けてやるわ」
勇者は通路から駆け抜けた。
前傾姿勢となり、剣を抜く。払い切り。まずは1匹が上下に切断されていた。
残り2匹が勇者の存在に気づいて、腕を振り上げた。
その鋭利な爪がふりおろされる。
勇者はその場で姿を消した。消えたように見えたというだけだ。
ウェアウルフの背後に回っている。背中から斬りつけた。
2匹ほぼ同時に、その場に倒れ伏した。
ウェアウルフのカラダから血のかわりに、魔結晶がカランコロンと乾いた音をたてて、コボれ出ることになった。
「余裕ね。ドヤっ」
と、勇者はオレのほうを振り向いてくる。
まぁ、たしかに見事な手際である。が、素直にホめてやる気にはなれない。ひとたびホめてしまえば、付け上がった態度に出るに違いないのだ。これ以上、勇者を増長させないことこそが、世界のためである。
瞬間。
壁面から蔓がムチのようにしなって、勇者にむかって伸びてきた。
「危ねェッ」
強化術。劫火の纏衣。
勇者のカラダを包むようにして、漆黒の炎が燃え上がった。伸びてきた蔓に燃え移って、その場に焼け落ちていた。
「強化術だけは、相変わらず1流ね」
「オレが1流なのは、強化術だけじゃねェ。顔と性格と人望とカリスマ性と芸術的才能と……」
「来るわよ」
と、勇者がオレの言葉をさえぎった。
壁面。少女がひとり出てきた。頭には桜色の花を咲かせて、手足の先端が蔓になっている。そして背中からは大量の木の枝が生えていた。
アルラウネだ。
「くそぅ。もう誘惑してくれるつもりはなさそうだな。誘惑されたかったのに」
誘惑してくるさいには、人とソックリの姿をしているのだ。
「なにを言ってンのよ、このヘンタイ。さっさと片付けるわよ」
「了解」
駿馬の馬蹄。
業火の刀剣。
強化術を付与する。
勇者。刀剣を脇に構えて、踏み込んだ。
豪快ななぎ払い。
赤い斬撃が、空間をいろどった。
アルラウネは大きく後ろに跳びずさって、それをかわした。アルラウネの背中から生えている枝が、勇者に襲いかかる。
勇者はそれをマッタク意に介することなく、アルラウネに突っ込んだ。
枝が、勇者を貫いた。が、それは幻影。オレの強化術によって、生み出された幻である。勇者はすでに幻影よりも数歩先にいた。
アルラウネを上段から斬りつけた。
一刀両断。
アルラウネは断末魔とともに大きな火柱をたてていた。
「はい、終わり――っと」
と、勇者は何事もなかったかのように、剣を鞘におさめていた。
「怖かったのじゃー。助けてくれて、ありがとうなのじゃー」
と、盾から顔をのぞかせてデコポンは、勇者に跳びついていた。
「よしよし」
と、勇者は、デコポンをなだめていた。
オレもチョットは助力したつもりなんだけどなぁ。
まぁ良いや。そのあいだにオレは、回収できるだけの魔結晶を回収しておくことにした。
勇者に譲るつもりはない。
これだけあれば今日は食いつなげるはずだ。
幸いと言っても良いのか、あの大食いのマグロが腹をくだして寝込んでいる。おかげですこし貯めることが出来そうだ。
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