真事の怪談 ~辻斬り 四十九連斬~

月も隠れし夜闇の底で。あなたは怪異に斬り苛まれる――
松岡真事
松岡真事

第三十二斬 『コケシ』

公開日時: 2021年6月27日(日) 14:00
文字数:386

 友人宅でトイレを借りたのだが、


 ドアを開けた刹那せつな絶句ぜっくしてしまった。


 水タンクの上から窓辺まどべふち、床の一部、洋式トイレのふたの上まで、

 たくさんのコケシが立ち並んで

 こちらに細い視線を投げかけていたのだ。


 こんなところで用足ようたしが出来るか!


 青くなって友人の部屋まで駆け戻り、「何だ、あの怪奇なトイレは」と文句を垂れると、


「あ、忘れてた。

 必ず三回、ノックしてから入ってくれ」


 苦笑くしょう混じりに言われる。


 その通りにして入ってみた。


 ――先程までこちらを見ていたコケシが、

 何故か皆そっぽを向いている。


「さぁ、適当にどかして便器を使っていいぞ」


 後ろから友人の声。


「ノックしないで触ると、夢に出るからな、こいつら」


 結局 便意べんいそのものが引っ込んだ。



 根はすごくいいヤツなので 彼との交友こうゆうは続けている。

 あの時のアレは手の込んだ冗談だと思いたいが、

 無数のコケシから凝視された時の奇妙な圧迫感を

 もう忘れることが出来ない。

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