真事の怪談 ~辻斬り 四十九連斬~

月も隠れし夜闇の底で。あなたは怪異に斬り苛まれる――
松岡真事
松岡真事

第二十一斬 『般若心経』

公開日時: 2021年6月16日(水) 16:00
文字数:380

 中学生の頃。

 夜中の三時くらいに自宅玄関の呼び出しチャイムが連打されたことがあった。

 誰か急な来客か?眠りをさまたげられた家族全員が、ぼけまなこで玄関に集まる。

 母が「どなたです?」と入口の厚いガラス戸の向こうへ誰何すいかの声をかける。


 そこで父が「母さん、ちょっと待て」と母をせいした。

「ガラスの向こうに影が無い」


 全員の眠気がぶっ飛んだ。

 チャイムは未だ鳴らされ続けている。


 するといきなり、父がお経を唱え始めた。

 漫画か何かで知った「ぎゃーてーぎゃーてー」という文句があったので、

 おそらく般若心経はんにゃしんぎょうだ。


 連打されていたチャイムが止んだ。


 安堵あんどの空気が、家族に流れた。

 私は、「お経って本当に効くんだ・・・」とトンチンカンな感動を覚えていた。



 あれから、かれこれ四半世紀しはんせいきあまり。

 この時の話になるたび、父は言う。


 ――あの時、俺の口から勝手に出てきた知らない言葉。

 あれは何かのお経だったのかなぁ? と。



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