真事の怪談 ~辻斬り 四十九連斬~

月も隠れし夜闇の底で。あなたは怪異に斬り苛まれる――
松岡真事
松岡真事

前餓鬼 ~もしくは 意趣無き斬奸状~

公開日時: 2021年5月31日(月) 16:00
文字数:782

 ――暑い夏がくる。


 家にこもり、蔓延まんえんする病魔におののき、


 気も滅入めいるような生活をいられる最中さなか


 夏が くる。


 寝苦しい夜。あなたは網戸あみどを開けて、換気を兼ねたりょうをとる。


 自然の夜風は心地よく、エアコンとはまた違った心持ちだ。


 ウトウトする意識。


 寝る前にはきちんと戸締まりを・・・とささやく理性。


 そのとき。


 網戸の向こうから、あなたに誰かが語りかける。


 何やら 物語を っているらしい。


 あなたは、それに耳を澄ます。


 物語はとても短く、あなたは直ぐに聞き終える。



 そして、

 後悔する。



 何故なら、網戸の向こうから語られた話は



 あなたのあずかり知らぬ赤の他人

 善男善女ぜんなんぜんにょ市井しせいの人の

 身の毛もよだつ、恐怖の体験だったのだから――



  ❖   ❖   ❖   ❖



 本作は、そのような夢想のもとにまれた実話怪談集である。


 『辻斬つじぎ四十九連斬しじゅうきゅうれんざん

 そんな物々しい題名を付けさせて頂いた。 


 戦国期から江戸末期にかけ、夜の往来にて無頼ぶらいなる抜刀ばっとうに及んで人をあやめるやから、またはその凶行自体を〝辻斬り〟と呼んだ。

 

 〝辻〟とは 字のつくりが示す通り、十字路を表す。また、単に道端みちばた、路上のことを言い示すこともある。その語源は「つむじ」で、人の頭のてっぺんにある旋毛せんもうに由来するとも言われている。


 〝辶〟=「道」の意

 〝十〟=「二つのものの交わり」の意


 と考えれば、

 深夜 不幸にして道端で出会ってしまった凶人きょうじんと被害者との関連性を示唆しさするようで、何だか文字自体に薄気味悪さが宿ってくる。


 そう。


 辻斬りは、刀のみにて行われるものではないのだ。


 暗闇の中でつむががれた〝話〟の魔力が、


 人の身体を、心を、截断せつだんする場合だってあるのだ。



 ここで注意。



 〝話〟にて発現する斬撃は、いわば一振ひとふりの妖刀による居合いあいに等しい。


 聞いた時には何の痛痒つうようも感じなくとも、


 数秒。 数分。 数時間。 はたまた数日の後。


 あなたの身体と心は、

 思い出したように真っ二つに割け

 時間差で崩れ落ちるかも知れない。


 そこのところを、

 自己責任じこせきにんで。




   では、

   参る




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