――暑い夏がくる。
家にこもり、蔓延する病魔に戦き、
気も滅入るような生活を強いられる最中に
夏が くる。
寝苦しい夜。あなたは網戸を開けて、換気を兼ねた涼をとる。
自然の夜風は心地よく、エアコンとはまた違った心持ちだ。
ウトウトする意識。
寝る前にはきちんと戸締まりを・・・と囁く理性。
そのとき。
網戸の向こうから、あなたに誰かが語りかける。
何やら 物語を 繰っているらしい。
あなたは、それに耳を澄ます。
物語はとても短く、あなたは直ぐに聞き終える。
そして、
後悔する。
何故なら、網戸の向こうから語られた話は
あなたの与り知らぬ赤の他人
善男善女、市井の人の
身の毛もよだつ、恐怖の体験だったのだから――
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本作は、そのような夢想のもとに編まれた実話怪談集である。
『辻斬り 四十九連斬』
そんな物々しい題名を付けさせて頂いた。
戦国期から江戸末期にかけ、夜の往来にて無頼なる抜刀に及んで人を殺める輩、またはその凶行自体を〝辻斬り〟と呼んだ。
〝辻〟とは 字のつくりが示す通り、十字路を表す。また、単に道端、路上のことを言い示すこともある。その語源は「つむじ」で、人の頭のてっぺんにある旋毛に由来するとも言われている。
〝辶〟=「道」の意
〝十〟=「二つのものの交わり」の意
と考えれば、
深夜 不幸にして道端で出会ってしまった凶人と被害者との関連性を示唆するようで、何だか文字自体に薄気味悪さが宿ってくる。
そう。
辻斬りは、刀のみにて行われるものではないのだ。
暗闇の中で紡がれた〝話〟の魔力が、
人の身体を、心を、截断する場合だってあるのだ。
ここで注意。
〝話〟にて発現する斬撃は、いわば一振りの妖刀による居合いに等しい。
聞いた時には何の痛痒も感じなくとも、
数秒。 数分。 数時間。 はたまた数日の後。
あなたの身体と心は、
思い出したように真っ二つに割け
時間差で崩れ落ちるかも知れない。
そこのところを、
自己責任で。
では、
参る
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