「そこの君、私たちの戦隊チームの緑の戦士になりませんか?」
大学のキャンパスを歩いていたら、突然、手を握られて熱烈な勧誘を受けた。
思わず振り向くとそこにいたのは、くりっとした大きな瞳をしたとても可愛らしい女性だった。
ただ、おそらくは僕よりも幾つか年上だろう。
黄色をベースにしたちょっと奇抜な格好をしている。
「え、戦隊チーム?」
思わず聞き返すと、
「ええ、この辺りの平和を乱す悪の組織と戦うことを目的として結成されたばかりのチームなの。だから、まだ人手が足りなくて困っていたのよ。特に、緑の戦士が見つからなくて……」
しゅんとした彼女は小動物のようで可愛かったが、僕としては「なりませんか」と言われて「はい、そうですね」と決められるものでもない。
戦隊チームというのは正義の味方だが、意外と給料が安くてハードな仕事だと聞いているからだ。
俗にいうブラック企業みたいな感じがある。
それに命の危険もあると聞いていた。
「いや、バイトなら間に合っています。あと、正義の味方って正式な雇用契約を結ぶ就職でしょ。まだ、僕には早いです」
「そこをどうにか!」
「……いや、戦隊チームってあれでしょ。5人がかりで一体の敵と戦うってことで、卑怯だとかイジメだとか言われていますよね。僕、そういうのはイメージ的に好きじゃなくて……」
すると、黄色い服の女性は目尻を吊り上げた。
「何を言っているの! そんなことがあるわけないじゃない!」
「あ、そうですよね。ごめんなさい。正義の味方がそんな弱いものイジメみたいなこと……」
「違うわ! 悪の怪人ってね、滅茶苦茶強くて、私たちなんて弱すぎて手も足も出ないんだから!」
「へ?」
それはいったいどういうことだろう。
女性は興奮した状態のまま話を続けた。
「いい。私たちは悪の怪人を5人で袋叩きにしているんじゃないわ。悪の怪人はね、あまりにも強すぎて5人がかりで戦ってなんとか相手をしてもらえるぐらいの力の差があるのよ! 悪ってのはそれだけ強いものなの!」
「えーと、どういうことです?」
「だいたい、あんなどんな科学で作られたかもわからないような怪人相手に、普通の人間が立ち向かえるわけないでしょ。強化スーツと日々の努力と新兵器の開発、相手の手口のスカウティングを死ぬほどやって、さらに悪の組織のうっかりミスをついてようやく互角になるかならないぐらいの彼我戦力差が私たちにはあるんだからね!」
「―――でも、いつも勝っていますよね。テレビのニュースとか、ドキュメンタリーでもたまにやっていますよ」
うきーと両手を振り上げてモンキーダンスを始める黄色い女性。
なんか可愛い。
「あんなの行政の広報宣伝活動の一環に決まっているじゃない! マスコミの言うことを間にうけちゃいけないわ! あいつらはスポンサーのご機嫌取りのためならなんでもするんだから! 私たちなんていつも死ぬ思いをしてギリギリで勝ってんのよ!」
「はあ、そうなんですか」
「5人でようやく勝てるようになっても、すぐにパワーアップされて追加戦士を中途採用してまたなんとか互角まで持って行ったりする現場の苦労を何も知らないのね!」
そんなことを言われても。
「だいたい、私たちと悪の怪人の実力差ってけっこう周知の事実だから、大手保険会社なんて私たちとは生命保険どころか傷害保険も結んでくれないし、労災だって滅多に降りないんだよ。それにね、私たち、正義の味方には労働三権が認められていないんだから! 公務員にだってあるっていうのに!」
労働三権とは、日本国憲法で保障されている団結権と団体交渉権、団体行動権のことだ。
要するに労働組合を作ったり、労働条件について使用者側と交渉したり、デモやストを行う権利のことをいう。
確かに公務員にも保障されているが、警察官や自衛官などの一部公務員には認められていない。
犯罪が起きている火急のときにストやらなんやらを起こされると治安に問題があるからだ。
正義の味方だって、悪が暴れているときにストされると困る職業であるから、制限されてもやむを得ないといえるね。
「まあ、力の差があることとか待遇が悪いということはわかりました。ただ、それをさっぴいたとしても、僕はお姉さんの勧誘には乗れないんです」
「え、どうして? 君、なんとなく緑の戦士って雰囲気をしている。きっと戦隊の戦士が天職に違いないわ」
どういう雰囲気だよ。
それに今の僕の格好に緑色は欠片もないぞ。
ただ、僕が黄色い女性の勧誘を断っているのは別の理由のためだ。
「六月になると、追加戦士の中途採用があるから、それに応募して銀色の戦士になるという手もあるわ。それでどう?」
「別に緑が嫌というわけではないのですけど……」
「じゃあ、どうして?」
僕は学生証を見せた。
「僕、誕生日のある五月まで、未成年なんです。正義の味方になるには保護者の同意が必要なんですよ」
お姉さんはがくりと肩を落とした。
「それはダメね。未成年を正義の味方にしたりしたら、コンプライアンス違反だから」
「―――そうなんですか?」
「あたりまえじゃない。今時の正義の味方はね、コンプライアンス意識をしっかりと持ってないとなりたたないのよ。遵法意識が低いなんて風評が立ったら、国からの助成金も降りなくなるしね……」
なんとも世知辛い世の中だな。
もの凄く落ち込んでしまった彼女が可哀想になり、僕は思わず言ってしまった。
「わかりました。今すぐ緑の戦士になることはできないけど、二十歳になったら追加戦士の中途採用に応募しますよ。それならいいですか?」
「ホント!」
お姉さんはきらきらと瞳を輝かせて顔をあげた。
さっきまでの落ち込みが嘘の様だ。
もしかしたら騙されたかな、とも感じたが可愛い女性の喜ぶ顔が見られたので少し気分が良くなる。
「ええ、わかりました。ただ、応募するだけで僕が採用されるかはわかりませんよ。きっと僕みたいなひ弱なタイプは合格しませんから」
「ううん、そんなことはないよ。君みたいに芯が強そうなタイプほど最後まで戦ってくれるんだよ! ありがとう!」
「別に礼を言われるほどじゃあ……」
彼女は僕の手をぎゅっと握り締め、
「君が絶対に正義の味方になれるように応援するね。あ、君のメアドを教えて。毎週、忘れないようにメールをだすから!」
いや、そこまでしてもらわなくても……。
だが、お姉さんは何度も何度も僕にお礼を言ったうえ、僕のメアドを赤外線で交換して、手を振って上機嫌で帰っていった。
緑の戦士を探さなくていいのかとツッコミたくなったが、僕も用事があったのでこの日はこのままで終わった。
ただお姉さんの話を聞いて思ったのだが、例え6人目の戦士が追加されたとしても、悪の組織の怪人との力の差がまたすぐに開いてしまうのは確実なのだし、その時になったらまた7人目をいれたりするのだろうか、と。
なんとなく、そういう数の原理が続くのは泥縄ではないだろうか。
―――まったく、正義の味方も大変だな。
◇◆◇
数ヵ月後、僕は黄色いお姉さんの所属する戦隊チームに緑色の追加戦士として入隊した(銀色ではなかった。ただ、なぜか緑色が確保されていた)。
僕たちの戦いは、どういう訳かそれから何年も続き、苦労してようやく最後の組織の黒幕との決戦を迎える。
だが、黒幕は僕たち6人の力ではどうしても倒せない強敵だった。
正義の味方と悪の組織の比較力学は、結局、最後まで僕らを苦しめたのだ。
ただ、最後の決戦の時、僕らは「7人」いたので(正確には、おそらく6.1人ぐらいだけど)、その比較力学が作用したのか、なんとかギリギリの勝利を納めることができたのである。
その時の7人目は、父親と母親のスーツの色をとり「キミドリ」と名付けられて、幼稚園で楽しそうに正義の味方ごっこに興じている……。
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