ベランダに続く大きなガラス戸から朝の日差しが部屋全体を明るく照らす。
普段なら大きなカーテンが閉められていて光は隙間から漏れる程度なのだが、今日は全開だ。
起き上がると丁度ラルンテがノックをするのだった。相変わらずタイミングいい。
「どうぞ」
「おはようございます、エーナお嬢様。あら、私もしかして昨日そちらのカーテン締め忘れたのでしょうか。申し訳ございません」
「いいえ、自分で開けましたの。気になさらないで」
「………そうでしたか。それではお召替えお手伝いいたします」
「お願いするわ」
着替えを終えると朝食を取るため2人は部屋を出ていく。扉が閉まったところで束ねてあるカーテンの裏でガッツポーズをする影が。
(ヨシッ!)
ガチャ!
「あれ、今、なぜか部屋の中でお嬢様の気配がしたのですが……?こちらにいるのに変ですね」
「何してるの、ラルンテ早く行きましょう」
「申し訳ございませんエーナお嬢様。それでは参りましょう」
扉が再びしまり、足音が離れていくのを確認する。
(あ、 ぶねええええ)
ラルンテの勘の良さを忘れていた。エーナの気配には人一倍敏感だった。
一歩でも踏み出していたら完全にバレていた。
辺りを伺いながらカーテンの陰から出てくるのはもう一人のエーナお嬢様だ。
作戦は成功した。一番心配していたラルンテに複製体を見抜かれずに済んだ時点で大成功。
母親は普段ほわほわしているから大丈夫だろう。
ナナスキル (ナナから貰ったカテゴリー0のスキル)の1つ
”コピー Cat0”
”指定した対象を複製します。”
のおかげだ。
最初に枕で複製を試したとき、気づいた事があった。枕の素材である綿や羽毛が元々は生物の一部ならば人間もコピーできるんじゃないかと。
人間の複製なんて倫理的にどうなのかとか、魂はコピーされるのかとか、人体錬成の失敗みたいになるんじゃないかとか、いろいろ不安はあったが試さずにはいられなかった。
結果は先のとおり、肉体は完璧に複製され、意識もコピーされていた。
予想と違っていたのはコピーエーナは自分が複製された事を自覚していることだ。役割を全うしてくれるのであれば心強い味方になる。
ちょっと家族を騙しているようでもあるが、家族の心配がこれで無くなるのであれば万事OKだ。
ここからはしばらくカスケード家には戻ってこないかもしれない。そう思い家族が朝食を取る姿をそっと覗いて目に焼き付け家を出た。
家を出て、まず思ったこと。
(服、どうにかしなきゃ)
拝借しっぱなしのメイド服では何かと目立つのだ。町に入っても金持ちのお使いとして見られるので「○○買っていかないか」とやたらと声をかけられる。冒険者になるなら冒険者らしい服装を整えることから始めることにした。
お金の目処は立っている。なんてったってプラチナスライムがあるのだから。買取がいくらになるのかウキウキしながら予想通りの綺麗なギルドの受付嬢の前に立つ。
「本日はどのようなご用件でしょうか」
「えっとですね、モンスターの買取をお願いしたい思いまして」
「依頼外のモンスターになりますか?」
「そうです」
「常時買取を受け付けているモンスターになりますと、ウルフ系、ボア系、ディア系、ベア系、ラビット系のモンスターになります。どちらになりますでしょうか?」
「ス、スライムなんですけど……」
「……スライムですか。申し訳ございません。スライムは対象外なので買取出来ません」
「ちょ、ちょっと見てください。これこれ、ピッカピカのスライムなんです!」
「申し訳ございません。ピカピカでもスライムは買取できません」
「え、す、凄い素材になると思うんですけど」
「申し訳ございません。スライムは凄い素材になりません」
(あれーーー鑑定眼の説明と違うじゃないか!)
「あ、ホーンラビットあります。ホーンラビット」
「状態にもよりますが、ホーンラビットは1匹1500メルクの買取になります。何匹になりますか?」
「とりあえず6匹、お願いします」
「6匹、ですかか? しこまりました。それでは取引書類にサインをお願いします」
(あ、名前どうしよう。エーナ・カスケードじゃバレるし、プリンはちょっとアレだし……)
”ケーナ”
言い間違えた時でも誤魔化せるよう微妙に似せておいた方が良いかと思いケーナにした。
ホーンラビットのおかげで銀貨9枚を貰い買取を済ませる。とりあえずは宿代だ。ギルド内でも変に目立ってしまいこれ以上の注目を避けるためそそくさと出ていく。
「日銭は稼いだ。今日はとりあえずこれで何とかしよう」
料金の安いギルド提携の宿も考えたが、まだ冒険者として登録もしていないので、他の宿をキョロキョロ探しながら歩いていると、
「何探してるしてるニャー?」
と声をかけてきた猫人族の女の子。宿探してると言ったら
「ウチ宿屋もやってるからに泊まるがいいにゃー。ミーニャについてくるニャー」
と案内もしてもらえた。とても可愛かった。尻尾も可愛かった。
案内された宿は猫目亭といい、夫婦で商いしてるらしい。まだ昼ということもあり、自分以外の客はいない。ミーニャは看板娘で、マスターは人を5,6人ぐらいはやってるじゃねーかという感じの強面だがとてもフレンドリーだった。
「マスター。お客さん連れて来たニャー。主人がいない野良メイドさんニャー」
「おう、ずいぶん珍しいお客さんだな。ここのマスターをしてるジーンだ。何か事情がありそうだが好きなだけ泊まっていくといい。うちは1泊3500メルク。食事は朝と夜。1階の食堂でも、部屋で食べてもらっても構わない。夜はお湯のサービスもあるぞ。あとは、必要なら弁当も用意できる。これは別料金だがな。何泊する?」
「とりあえず2泊で」
(てか手持ち的にこれが限界)
「まいど! 何か困ったことがあればミーニャに聞いてくれ。ミーニャ部屋に案内してやってくれ」
「りょーかいニャー! こっちこっちニャー」
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