主に会ってほしいとのことで竜車で大人しく揺られているケーナ。
斜め向かい側に座るこの執事、やたら高いステータス、相当な経験を積んでいると思われる、全く隙がない。
もしも争って負けることはないだろうが、楽勝なイメージは沸いてこないのである。
目を向けると ニコッ とダンディな笑顔向けてはくれるが、内心は読めない。
「御屋敷まで少々時間がございますので、ことの経緯の説明をしてもよろしいでしょうか?」
「あ、はい、お願いします」
聞くに、主であるハイド・ルクセンブルクは絶賛王位争奪戦中だそうで。
兄弟はハイドを合わせ5人。ハイドは五男の末っ子。さらに王位継承者を全て合わせると8人になるそうだ。
しかし、ハイドは王位には興味が無く、兄弟の中でも優秀で温和な三男がなるべきだと考えている。
問題なのは王位を決めるのにこの国独自の風習があり、王になる者の嫁や婚約者がその王位を勝ち取る必要があるそうだ。
三男には既に婚約者がおり、その方だと王位を勝ち取るには絶望的らしい。
今のところ長男の婚約者が最有力候補だそうだが、この長男は典型的な自己中男で家臣達ですら長男以外なら誰でもいい状態になっているとか。
そこでまだ婚約者がいないハイドが、王位を勝ち取れる素敵なお嫁さん候補を見つけだし、王位を獲得後この習慣を廃止させ王位を三男に譲る流れとなっているとのこと。
ここまで聞くと意外にいい奴じゃんと思っていた。
「あのー、私12歳なのですが大丈夫でしょうか?」
「婚約者に年齢は関係ありませんので大丈夫でございます。ハイド様も15歳になったばかりですしお似合いだと思います」
「王位はどんな決め方なのですか?」
「それですが、非常に運や度胸が必要でして、なのであのカジノで運や度胸がある方を探していた次第でございます。と言うのも決め方は爆破魔石を用いましてそこに魔力を注ぎ、より多くの魔力を注いだ者が王位の資格を得ることが出来ます。因みに魔力を注ぎ過ぎて爆破させてしまった場合は継承資格が剥奪されることになっております」
「えっ、爆破魔石?」
全然いい奴じゃなかった。むしろただの捨て駒扱いと言ってもいいかもしれない。
「ご安心ください。爆破と言いましても手や腕が火傷程度で即死に至る事はありません。多少の火傷は大神官の奇跡により治しますのでご安心ください」
こっちが冒険者だからだろうか、重要なことをサラリと伝えてきた。
もし貴族の令嬢じゃ断られてもおかしくない案件だが、冒険者なら金でどうにでもなると思っているのだろうか。というかモンスター討伐にも使用される爆破魔石で火傷程度で済むとは思えない。
冒険者と言った時ちょっと嬉しそうにしていた意味がなんとなくわかった気がする。
「あ、あの、これって断る事って――」
「それでしたら、直接お会いしたときにお伝えしていただければと思います」
(それって王族のお願いを直接断れって事かよ。無理じゃん)
「最後に報酬についてですが、協力していただければ王位継承権獲得有無にかかわらず金貨1万枚ご用意いたします。もし王位継承権を獲得していただけた場合は後日、王に即位されたハイド様から何かしら褒賞が贈られます」
「いち、まんまい……」
失敗しても1万枚。それだとちょっと話が変わってくるぞ。
それだけの金額ともなればカジノで稼いだ金貨と合わせると約6万枚。町の完全復興にはまだまだ足りないけど、頭金的な金額としては申し分ない額となるだろう。
領土を治めるカスケード家も湯水のようにお金があるわけでは無い。少しでも負担を減らして良くしてくれた家族に恩返しができるってもんだ。
「セバステさん、私やります!」
「ありがとうございます。ケーナ様なら必ずそうおっしゃってくれると思っていました」
連れてこられたのは豪華な御屋敷。入り口には数人のメイドが列を成してお出迎えをしていた。
さすが王族なんて思っていたら
「こちらはケーナ様のようなお客様をお召替えするための建物となっております。どうぞ気兼ねなくお使いください。何か御用がありましたらメイド共に命じていただければ結構でございます」
ただ着替えだけの建物と聞いて唖然としてしまった。
ここでハイドとやらに会えるわけではなく、ここでは着替えるだけ。なんと贅沢な。
竜車を降りるやいなやメイド達に囲まれてそそくさと部屋へと連れていかれる。
「まぁ、可愛いお嬢様ですこと」
「お化粧は最小限でも十分ですわね」
「お肌が若くてうらやましいですわ」
「どんなドレスにいたしましょう、迷ってしまいます」
「冒険者らいしですわ」
「まぁ、こんな可愛らしい冒険者は初めて拝見いたします」
などなど。
こちらの返事など聞く間もなく事が進んでいく。
脱がされ、湯に浸かり、爪を磨がれ、髪を鞣され、着せられ、化粧され、髪を結い、完成まで滞りなく。
こちらの羞恥心など気にも留めず、まるでお人形状態だった。
無敵のスキルを持っていると思っていたが、謎の圧力に負け意見の1つも言えず、全く何もできずに無力化されるとは思ってもみなかった。
それでも最後に鏡を見せられ、魅せられてしまった。
元は貴族のお嬢様エーナだ。どう転んでも可愛いのは分かっていたのだが、そのポテンシャルを最大限引き出してくれたと言っても過言ではない。
「やっぱり可愛いわですわね」
「冒険者にしておくのが勿体ないわ」
「そうよね、お顔に傷ができたらと思うと心配してしまいます」
「ハイド様の婚約者になるのではなくて?」
「まだわかりませんことよ」
「ハイド様ならきっと気に入ってくれますわ」
などなど。
最初から最後までよく喋るメイド達だった。
「「「「「「行ってらっしゃいませ、ケーナお嬢様」」」」」」
お着換え屋敷でると、セバステが既に待っていてくれた。
「お待たせしてしまいました」
「いえいえ、それにしても素晴らしいですね。この若さにして品格を備えていらっしゃる。本当に王妃になられても遜色は無いように思います」
「そ、そんなに煽てても何も出ませんよ」
「……早くハイド坊ちゃまに……グスッ、会わせて差し上げとうござい、ます」
(ちょ、ちょっと涙ぐむなよ。変にリアルだろうが)
再び馬車に乗り込むが、数分も経たずに目的地に着いた。
敷地の入口にはやたらと多くの門番がいたのはここがそれだけ重要な場所だということだろうか。
目の前にある屋敷も先ほどのお着換えの館と比較にならないほど大きくそして豪華だった。
セバステの案内に従い、客間で待たされること数分、部屋にセバステとハイド王子であろう人物。
「初めまして、ケーナと申します……」
不敬な挨拶だったのだろうか?
ハイドはじっとこちらを見つめている。
(あれ……?何かしちゃいました?)
まだ挨拶しかしていない。
最終的には真正面に立ち、目閉じて何やらぶつぶつと独り言。
こちらもまじまじと見てみると、このハイドとやら15歳だが王族と言うだけあって堂々としてはいる。顔はそこそこだが、そこは女目線で好みの分かれそうな所だ。
ただ唯一欠点を挙げるなら身長が足りてない、目線が私と一緒なのだから。
心配したのが顔に出てしまったのだろうか?セバステが小声で話しかけてくれた。
「……もうしばらくお待ちください。大丈夫ですので……」
次の瞬間脳裏に浮かぶ警告文字。
【見破りをレジストしました】
カッ!!
と目を見開くハイド。
「セバステ!よく見つけてきてくれた!この小娘生意気にも隠蔽を使いおるわ。だがそれを俺のスキルを持ってしても見破れない。相当だぞ」
高鳴る興奮を抑えれずにいるのだろうか、鼻息がこちらまで届きそうだ。
「それはそれは、このセバステ。嬉しゅうございます」
「それに、冒険者と聞いていたが、見ればこんなに可憐で美しくそして若いではないか。妾にしておくのも勿体ないぐらいだ」
(おいおい、妾は決定なのかよ)
「ケーナ嬢よ、ここに来てくれたと言うことは俺の婚約者になると言うことで間違いないんだな?」
「あの、一時的に ですよね?」
「そんな堅苦しいことは言わん。ずっと俺の傍にいろ」
ああなんと男らしい台詞ですが、ただ王族の生活はややこしい事が多いように思う。
それに、折角冒険者になったのにまともな冒険にまだ出ててない。
「嬉しいお話ですが、私は冒険者であることに誇りを持っております。今回は依頼期間のみ婚約者と言うことで勘弁していただけないでしょうか?」
ポンと浮かぶ警告文字。
【見破りをレジストしました】
「やはり見破れぬか、本心が分からんのは二人目だ。だがそれでいい。婚約者が無理でもせめて友達ではダメか」
「友達でしたら構いませんが、庶民と王族でそのような関係は何か心配事の種になりかねませんでしょうか?」
「なぁに、ほとんどの王族なんて兄弟ですら腹の底ではいがみ合っているのだ。王族同士で友を持つなどそれこそ無理な話だ。だからお前のような者が俺には合っている」
幸か不幸かスキル見破りのおかげなのだろう。相手の本音が読めてしまう以上友達何て無理なのだろうか。
だからこそ、本音の分からない存在が必要なのかもしれない。
「最後に、この依頼受けた理由を今一度確認しておきたい」
「お金です。お金が欲しいです」
じっと目を見つめるハイド
「嘘。……では無さそうだな。見破らなくても分かったぞ。冒険者らしいな」
目は口ほどに物を言うと言うことなのだろうか本心が伝わって何よりです。
ただハイドもちょっと残念がっているようにも見えた。
当日また会おうと言って部屋を出ていくハイド。
どうやら偽装婚約者として合格だったようだ。
「それでは、他の者から当日までの詳細をお伝えいたしますので」
共に部屋を出ていくセバステ。
ふぅ、と一息ついてソファに座ると、後ろから声がした。
「お疲れ様でございました」
いつからそこに居たのか分からないがメイドが1人立っていたのだ。
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