「あー胸が苦しいですわ。この苦しみをどこにぶつければいいのか分かりませんわ」
「テッテお嬢様、恋煩いは病気ではございませんので、安心してお休みください」
「ヨシエは冷たいのですね」
「ならば、お休みになるまでお傍におります」
ケーナに振り払われたテッテは、母国のバグラに向かう途中の町で宿泊していた。
「わたしは知らないのだけど、ケーナ姉様が言っていた浮島についてヨシエは何か知っているかしら?」
「浮島でございますか。たしか物語の中にそのようなお話がありましたね」
「どのようなお話ですの?」
「神々が住む島、ロンバルディアで、地上の者達を見守っている話です。悪いことをすると神がそれを見つけ、天罰を下すような話だったと思います」
「まさにおとぎ話ですわね。お父様との交渉材料としては頼りないですわ」
「まだ城までは数日ございますので、頑張ってくださいね」
「もう! ヨシエも何が案を考えてくださいまし」
「それはケーナ様とのお約束に反することになりますよ」
「ヒントぐらいはよくてよ」
「承知しました。それでしたら人族という弱い種族でも、良いところがある事をアピールされてはいかがでしょうか」
「”弱い”ですの?」
「はい、ケーナ様は人族ですから、魔族とは違い劣る部分が多いかと」
「ヨシエ、あなたケーナお姉様が弱いと思ってらっしゃるの?」
「えっと、冒険者ですから、普通の人族と比べれば強いと思いますが、魔族と比べると強いとは言えないかと」
「あー、ヨシエはケーナ姉様のこと本当に分かっていませんのね。最後にお別れするとき、わたしがケーナ姉様に抱きついていたのは見ていましたよね」
「はい、一緒に連れて行ってと」
「その時と同じように今からヨシエに抱きつきます。振り払ってみなさい」
テッテはヨシエに後ろから抱きついた。
最初は遠慮がちに振りほどこうとしたが、びくともしないテッテの体にいつしか全力で振りほどこうとしていた。
「どうですの?ユニークスキル、重い女ですわ」
「これを……あんなに簡単に。テッテお嬢様、これは十分強さの証明になります」
「でも、魔族の力自慢であれば、ケーナ姉様と同じように振りほどいていしまいますわ」
「魔族と同等の力を持っている証明になるではありませんか」
「そうか、そうですわね。魔族より強くなとも、同等であれば十分かもしれませんわ。この作戦いただきですわよ」
ヨシエのヒントで魔王との交渉材料を新たに手に入れることができた。
到着まではあと二日程あるので、他に交渉材料になることはないかと知恵をめぐらせたのだった。
暇な時間と戦いながら何とか母国に帰ってきたが、目に見えて様子がおかしい。
町も、城内も、活気が無かったのだ。
何かあったのかと下働きの者に訊ねても「いえ、何も……」と応えない。
まどろっこしいので、直接父親に突撃することにしたのだ。
魔王は相変わらず会議ばかりしている。
ドーーン!
と突然開く扉。一時的に視線を集めるテッテ。
娘が無事帰ってきたことに喜ぶ魔王。それ以外の者はすぐ目を逸らしている。
「ここは、何も変わっていませんわね」
「おお! テッテ帰ってきてくれたか!」
「お父様、わたしのお手紙を読んでくださいましたか?」
「手紙? はて」
「まさか、お読みになっていませんの? この国に関わることですのよ」
それを聞いて、慌てて手紙を持ってこさせる。
「もう、一体何をしてましたの? わたしの手紙より重要なことなどありませんことよ」
「そうは言ってもな、テッテよ。お前は知らないと思うがこの国は今大変なのだ」
「ですから、皆の顔色が悪いのですの?」
「そう言うことだ」
テッテの能天気な行動や発言にため息をつく者さえいた。
国の為と想って睡眠時間も削り会議しているので、愚痴の1つもこぼれそうになる。
秘書が駆けつけ、手紙が王の手元に届く。
「それですわ。驚きますわよ」
どれどれと、目を通すが、次第に魔王の眉間にしわがより始める。そして
「認められん。断じて認めんぞ」
「何でですの? 人族だからですの?」
「わからんのか、そもそもこの者は私の娘ではないからだ。テッテが姉のように慕うのであることは構わん。人族と仲良くなれたと言うことは今後の経験としていいものになるであろう。しかし、次期魔王とするのは話が別だ」
「ではどうしたら次期魔王として認めてくださいますの?」
「あるとするならば、この場にいる全員がその者が国を治めるに相応しいと認めさせ、その後に国民にも認めさせなければならない。でなければ必ずどこかで強い反発が起きる」
テッテが会議室にいる者を見渡すが、誰一人として目が合う者がいない。
ここで、テッテに対して反対の意を唱えることができる者などいるはずもないのだが、視線を合わせない事がせめてもの意思表示なのだろう。
仮に反対の意見を出したところで、魅了されて玩具にされる可能性があるのを知っているので、余計なことを喋らないのが身を守るための最大の手段だと心得ている。
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