この異世界広しと言えど、誰にとっても安全な場所は限られており、その数少ない場所の1つがこのカジノ内である。
その中でもブルースカイがトップクラスの安全性を誇る理由としては、全てのお客は持ち物検査があり危険物は勿論、アイテム、武具類の持ち込みはできず、アンチマジックフィールドで一定の魔力量を超えない魔法の発動を制限し、アンチスキルフィールドで特定のスキルレベル以下のスキルの発動を妨害、更に他のカジノにはないパワートリックフィールドなるものでSTR力とINT知力を強制的に入れ替える事で脳筋共も大人しくしているとの事。
純粋にカジノを楽しみたい人にとってこれ以上の場所はないのだ。
これらの安全性の評価もあって、王族がお忍びで足を運ぶことも珍しいことではない。
そしてここにもその王族の1人、ルクセンブルク大公の息子なる者が来ていた。
「ただいま戻りましたハイド坊ちゃま」
「セバステか。首尾どうだ。目ぼしい奴はいたか?」
「貴族のご令嬢かと思いますが、1人化け物染みた肝を持つ者がおりました」
「女か。して、その化け物の肝をどの程度と見る」
「ブルースカイの全資金を前にしても眉1つ変えないかと」
「は!は!は!は!セバステが冗談を言っておるぞ。皆も笑え」
御機嫌にハイドが笑ってお付きの者達に促すも、誰一人として表情は変わらない。
「ここの資金安く見積もっても小国の10倍は超えると言われているのだぞ」
「存じております」
「冗談ではないと?何かを感じたか?」
「その通りでございます。高額当選をした者の鼓動は、差異は有れど無意識に高鳴ってしまいます。それがまるで明鏡止水のように落ち着いておりました。年端のいかぬ子供が訓練でできる事ではございません。某それがしも鼓動のコントロールは未だ完全には……」
「小娘ごときがイキっておるのか。だが大いに結構。セバステにそこまで言わせる者に興が沸いたぞ。己の目で確かめてみるとしよう」
立ち上がるハイド。お付きの者達も一斉に立ち上がり付いていく。
「その者を連れてまいれ」
「はっ」
カジノを出たケーナを待つのは、”おめでとう”のお祝いの言葉でもなく、”いいなぁ”などという羨望の言葉でもなく。
「嬢ちゃん、命が惜しくば有り金全部置いてきな」
と言う。いかにも悪そうな奴が悪そうなことを言う決め台詞だった。
ケーナを監視していたうちの1人だろうか。しかしそんなことはどうでもよく。
(ああ、これだよこれ!カジノの出入口じゃなくて山の中だったら完璧だった)
待っていたかのような出来事。非日常がもたらす緊張感。
そんな複雑な気持ちがケーナの心を揺さぶっていた。
すると、後ろからもう一人の声がする
「おい、怖くて声も出ねーのか?まぁいい、そのままだまってそこの路地裏まで歩きな。逃げようとしても無駄だぞ」
スキルが通常通り発動している今、周囲を囲っている7人と、前で行手を阻む者、後で短剣をこちらに向けている者、合計9人にこれからおきるであろうことまで分かっていた。
いい雰囲気の場所に来るなり
「嬢ちゃんよく見りゃ可愛いじゃねぇか。無一文になっても今夜は可愛がってやるから安心しな」
腰をふりアピールをしてくる木偶の坊のロリコン発言に
ぐへへ、ぐへへ
と笑い声が取り囲む。
他の人に迷惑がかかるといけないと思って黙っていたケーナだがここでようやく口を開いた。
「囲い込みも、誘導の手際も強盗を生業としているだけあって完璧ですね。唯一のミスは私をターゲットにしたことです」
「何言ってんだおめぇ。立場わかってんのか?」
「あなたこそ、誰を相手にしているのか分かっていないですね。人目につかないここまで来たのは私のためなのですよ」
「狂ってんなおめぇ。いいから金出せよ。持ってんのは知ってんだよ。それとも死にてぇのか?」
恐怖の雰囲気も味わえたし、ゼンちゃんは頭の上で器用に寝てるし、お腹も減ってきたので茶番に付き合うのはここまでにすることにした。
強盗にも希に懸賞金が賭けられていることがある。証拠の提出に一番効果的なのは首を持っていくことだ。
「まずは1匹目」
とりあえず目の前にいた害虫を駆除。
首から上を収納する、とてもシンプルで確実な方法。
残った胴体が倒れながら赤い血飛沫で辺りを染める。
固まっていた周りの奴らが呼吸を取り戻し騒ぎ出した。
「てめぇ何しやがった」
「うぁあああああああああ」
「兄貴がやられた」
「ば、ば、化物だあああ」
後ろで短剣を向けていた奴はとびかかろうとしたが、一歩目が出る前に首を収納。
そのあとは視界に入る者から収納をしていった。
(あと2匹)
1匹は失禁して失神している。
もう1匹は多少は危険を感じるのが速かったのか、少し離れた場所にまで逃げていた。
「お漏らしは……」
近づきたくもなかったのでそのままにし、逃げた方を追うことにした。
逃げる奴は意外に足が速く、急いで追わなきゃと思った矢先、探索スキルから反応が消えてしまったのだ。そして近くには別の人の反応がある。
消えた可能性としてはレジストされたか、範囲外にまで一気に逃げたか、そして死んだかだ。
何が起きたのか気になったのでそこまで行ってみると、白髪の紳士が逃げた害虫を踏みつぶしていた。
「おっとこれはこれは、お嬢様に御見苦しい物もを見せてしまったようですな。咄嗟の事でしたので加減できずにこのようなことに……。申し遅れました。某は王族たるルクセンブルク家にお仕えしています、セバステと申します。お嬢様のお名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
王族の使用人、高い戦闘技術を持つのが身のこなしだけで伝わってくる。盗賊程度じゃ相手にもならないだろう。
人を殺めたすぐ後に普通に挨拶してくるあたりただの使用人ではないのが分かる。
「私はケーナ。カジノ帰りでドレスを着ているけど冒険者よ」
「!……冒険者。さようでございますか。お美しい身なりから名家のご令嬢かと」
「そんな、おだてても」
「早速ですがケーナ様に、お願いがございます」
「何でしょうか?」
「主のハイド様が、ケーナ様を大変気に入りまして一度お会いしたいと」
「え、私?」
「突然の申し出で恐縮ではございますが、是非とも」
「ちょっと待って、私冒険者よ。貴族令嬢と間違えたのでしょう?」
「確かに某は貴族令嬢と思い込んでおりました。しかしハイド坊ちゃ……いえ、ハイド様はそれですらお喜ばれになるかと存じます」
ちょっと嬉しそうな紳士をみると、なぜ声をかけてきたのかが分からない。
貴族令嬢と間違えて声をかけたわけではなさそう。お金のことを知っているのか。王族がかつあげするわけないしと考えてみても分からなかった。
ただ王族のお誘いを簡単に断ることなど身分の低い私にはできない。
何か裏があるのは分かっているがお話ぐらいは聞かねばならない。
「会うにしてもこれからすぐにですか?」
「ケーナ様がよろしければこちらは準備できております」
「でも、ほら足元のとか色々ありますし」
「あ、これらはご心配なく。フィーア、ノイン、フンフ」
「「「こちらに」」」
セバステの後ろからスススッと現れた3人のメイド。
探索にも感知にも掛からずに出てきたのには驚いた。
「後処理はよろしくお願いしますね」
「あ、あの実はここだけじゃなくて……」
「ご安心ください。首の無い死体について報告を受けております。そちらの処理にも既に向かわせておりますのでご安心ください」
(慣れていらっしゃる)
メイドの作業の速さだけじゃない。後片付けのスピードは厄介ごとを招かない重要な要素だということを熟知したうえでの対応だ。
暗殺を生業としていると言ってもいいぐらいだ。
「それでケーナ様、お時間の方はいかがでしょうか?」
「それではこれから向かいましょうか……」
「ありがとうございます。ご案内いたします」
盗賊の滅殺から王族への挨拶まで濃密な1日になりそうだと思いながらセバステの後を付いていった。
移動中暇だったのでセバステのステータスを覗いてみたら。
(こいつ勇者より強いんじゃね?)
と思ったのは秘密。
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