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迷子の句読点
迷子の句読点

【第四十六話】散

公開日時: 2024年10月16日(水) 20:00
文字数:4,812

「540」


「打ち上げ、9分前です。機体は最終的な確認作業が続けられており、現在のところ、すべて順調との報告を受けています」


「530」


「It is 9 minutes to launch and counting, eight three is undergoing it's final confirmatory reviews.」


「520」


 宇宙センター全域に、ロケット打ち上げのカウント放送が流れる。

 立入制限区域外に設けられた打ち上げ展望施設には、大勢の観光客が集まっていた。

 皆、遠くにそびえ立つ人工衛星『はばたき』を見守りながら、静かにその時を待っていた。


「打ち上げ8分前より、打ち上げに向けた秒読みが開始されます」


「The countdown to launch begins 8 minutes before launch.」


「510、509、508、507、506、505、504、503、502、501、500」






「490」






「3班通信途絶!」


「やられたの?!」


 大崎射場から遠く離れた茂みの中で、メープル・コープと交戦するベルたち。

 敵の攻撃の勢いは衰えず、容赦なくベルたちを追い詰めていく。

 






「480」


「打ち上げ、8分前です。現在各系とも、ロケット打ち上げの最終作業を行なっています。また、警戒区域の安全は確保されています」








「470」








「ウッ………!」


 実行部隊のひとりが撃たれ、ベルのそばに倒れ伏した。身体と地面の間から、赤黒い液体が広がっていく。


「リーダー。もはや我々に攻撃能力はありません。残念ですが、ここは一時撤退が妥当です」


 ハイエースを盾に、銃弾の嵐から身を守りつつ、ライフルを装填するビット。

 ベルは銃のスライドを引きながら、唇を噛み締めた。


「クッ……」


「ここで果てるより次の策です。ご決断を!」


 


「420」


「安全系、準備完了」


「Safety system, ready.」


「射場系、準備完了」


「410、409、408、407、406、405、404、403、402、401、400」









「390」









「ねーおとーさん。ロケットまだー?」


「あと少しで飛ぶよ。よく見ておくんだ」


 打ち上げ展望施設。目前に迫ったロケット打ち上げに、人々の胸が高鳴っていく。



「380……370……」



「360」



「打ち上げ、6分前です。現在射場の天候は晴れ、気温摂氏15.2度。南南西の風、毎秒1.4メートルです」


「350……340」







「330」


「本日の打ち上げ予定時刻は、日本時間の午前10時05分55秒です」





 メープル・コープの猛攻に苦戦する実行部隊。仲間が次々と倒れ、盾としていたハイエースも横転しかけている今、ベルたちには限界が来ていた。


「リーダー、急ぎ撤退を! ここはもう持ちません!」


「……てやる」


「………?」


「特攻してやる」


 目に細い血管を走らせるベルに、ビットが怒鳴った。


「いい加減にして下さいリーダー! 貴方が生き延びなければ、我々に次は無いんです!」


 その時、ビットのライフルが銃弾に弾かれた。すかさず、ポケットからハンドガンを取り出したビットは、怯むことなくハイエースから身を乗り出すと、前方の茂みに潜むメープル・コープに向かって発砲した。


「ここは我々が引き受けます! お早く!」


 ベルの目の前が真っ暗になった。

 地面はまるで底なしの泥。ズブズブと、手足が溺れていく感覚に陥っていく。


 …………。

 ここで、すべてを失うわけにはいかない。






 ベルが立ち上がった。






「降参よ。銃を撃つのをやめなさい」


「リーダー……?!」


 ビットの制止も虚しく、ベルはハイエースの前に姿を出した。両手をあげて降伏のサインを示し、大声でメープル・コープに告げる。


「降伏するわ。これ以上の抵抗はしない」


 その時、ビットは見た。ベルのポケットを。銃を隠し持っている。それだけで察することができた。彼女は、茂みから出てくるメープル・コープの隊員と刺し違えるつもりだ。


 リーダー………!!


 やがて、メープル・コープの隊員たちが茂みから姿を現した。隊長と思しき人物が、銃を構えながら近づいてくる。


「Drop your weapon. All those who are hiding, come out.」


 指示に従い、ビットと実行部隊の数名も武器を捨てて投降する。


「Lie face down with your hands behind your head.」


 言われるがまま、全員が頭に手を組み、地面にうつ伏せになった。

 メープル・コープの隊員が素早く近づいてくる。皆、ベルやビットがスーツの下に隠し武器を持っていることに気づいていない。



 …………殺してやる。



 すると、メープル・コープの隊長が、隊員たちに声をかけた。隊員たちの足が止まる。そして、ベルたちをギロリと睨んだ。


 ……バレた?!


 隊員たちが、一斉にライフルを構えた。






Youこの bullshitterペテン師が……!」



 ダメか──。








 その時だった。

 遠くから、聞いたこともない音が聞こえてきた。草むらの方だ。メープル・コープが、一斉に音のする方向へライフルを向ける。


 段々と、音が近づいてくる。茂みの中を突き進んでいるようだ。音が確実に大きくなっていく。





 

 まるで、雄叫びのような……。






「!!!!!!!!!」




 

 瞬間──草むらから1台の車が飛び出してきた。

 その勢いたるや、まさに猛虎。

 メープル・コープの隊長はライフルを持ったまま、自身を目掛けて突進してくる鉄の塊を、唖然と眺めることしかできなかった。



「どけぇえええええええええええッッッ!!!」



 肉が弾ける鈍い音。跳ね飛ばされた隊長。

 無惨に弾け飛んだ身体は、まるで人形のように地面に打ち付けられ、そのまま動かなくなってしまった。


「リーダー! あれは……!」


「ランエボ……!」


 砂塵を巻き上げ、そのまま打ち上げロケットの方向に突進していく車。ベルは、目を大きくした。


「プラム!! アロー!!」


 ベルは、すかさず意識を目の前に戻した。いつの間にか、メープル・コープの隊員は皆逃げ去っていたのだ。軍用車を残して……。








「今なんか跳ね飛ばさなかった?!」


「気にしてられっか!! 時間はッ?!」


「あと3分よ!」


 全速で爆走するランエボ。満身創痍のプラムとアロー。ふたりとも、死に物狂いだ。


「見えた!!」


「アイツかぁッッ!!」


 前方に、そびえ立つ打ち上げロケットが見える。


「206、205、204、203……」


「2段、液体水素、地上油圧開始」


「2nd stage, liquid hydrogen, ground hydraulics started.」








 一方、発射管制室──。

 打ち上げを目前にして、室内はざわめき、異様な空気に満ちていた。漂う困惑の原因はただひとつ……モニターに映りこむ1台の車だった。


「なんだアレは……」


「悪ふざけか?」


「こちら発射管制室LCC! 制限区域内に不審車両を確認。どういうことなんだ! 直ちに退避させろ!」


 この騒ぎは、管制室だけに留まらなかった。







 

 同時刻、ロケット打ち上げ実況中継本部──。


「打ち上げ秒読みの途中ですが、ここで速報です。さきほど、立ち入り制限区域に不審車両が侵入し……ッきゃ!」


「Stop live streaming!」




《──配信は終了しました──》




「あれ……? 配信終わった」


「てか何今の」


「それな。なんか銃持ってなかった?」


「え、テロ?」


 異常が起こったと伝えるアナウンサーのもとに、ライフルを持った男たちが乗り込んできたのだ。突如として、動画アプリによるライブ配信は終了してしまった。








 更に……打ち上げ展望施設──。


「あ! ブーブーだ!」


「ええ? ……あれ、ホントだ」


 スポーツカーだろうか。若者の悪ふざけにしては度が過ぎている。観光客の視線が一気に、打ち上げロケットから暴走車両に移っていく。


 それは、ただまっすぐ……ただひたすら、打ち上げロケットを目指して疾走していた。

 その姿にいつしか、観光客のすべてが釘付けになっていった。



「おとーさん」


「…………」


「おとーさんってばー」


「……ん? あぁごめん。どうした?」


 息子が、砂煙を巻き上げ駆ける車を見つめながら、呟いた。


「ブーブーもそらをとぶのー?」








 そして、ランエボ──。


「アローッ! 誘導弾準備ッ!!」


「プラムッ前ッッ!!!」


 前方から、軍用車がランエボに向かって猛スピードで迫ってくる。


「メープル・コープか!!」


 このままだと衝突は免れない。すると、軍用車から拡声器越しに声が聞こえてきた。


「This is a restricted area! Evacuate immediately!」


「うるせえッ! どけェッッ!!!!」


「Captain! That car won't stop!」


「It's crazy……Are you planning on Kamikaze⁈」


「We will collide!」


「Don't avoid it!」


「ぶつかる……!」


 その時、隊長の真横に気配が……。


「⁈ Hey! bes......!」


「退きなさいッ!!!」


  ランエボと軍用車が正面衝突を起こす寸前……。軍用車の車体に、真横から1台の車がミサイルのように突っ込んできたのだ。

 横から体当たりされた軍用車はおもちゃのように吹き飛び、突っ込んできた謎の車もろとも、地面に激しく打ち付けられていった。



「誰?! 何なのッ?!」


「分からん! けど、これで邪魔者は消えたッ!!」







「こちら発射管制室LCC! 総合司令塔RCC応答せよ! 暴走車両の安全確保のため、ロケット打ち上げの中止を……ッ?!」


 突然、武装集団がライフルを構えて押しかけてきた。


「Continue! Don't stop!」






「62、61、60……」


「打ち上げ、1分前です」



 


 世界の鼓動が高鳴る。




「49、48、47……」


「フレームデフレクター、冷却開始」




 すべての視線が集まる。




「33、32、31……」


「ウォーターカーテン、散水開始」




「15、14、13……」


「フライトモード、オン」





「6、5、4」


「全システム、準備完了」






「3、2、1」









「行けッ!!」


「吹っ飛べ!!」





 アローが、誘導弾を放った──。





「メインエンジンスタート。SRBー3点火、リフトオフ」


 爆炎と共に、白い煙が舞い上がる。人々の夢と注目を背負い……いま、人工衛星『はばたき』は打ち上げられた。



 ……直後だった──。



 飛び上がった機体に、ひと筋の白い線が衝突した。その瞬間、エンジン付近で小さな爆発が起きた。あらゆる箇所から炎と煙が漏れ出している。ロケットが宙で傾き、白い煙が瞬く間に黒に染まった。


 そして、完全に失速したその瞬間……大爆発が起きた。ロケット全体が、爆炎に飲み込まれていく。轟音と共に、人工衛星『はばたき』は爆散したのだ。


 青空に見える黒煙と爆炎。


 目撃者となった者たちは皆、そろって口を開けたまま。

 ただ呆然と、散りゆく破片と灰を見つめていた。









 打ち上げ展望施設──


 観光客のすべてが、炎に包まれながら地上に降り注ぐ破片を、唖然と見つめていた。


「おとーさんきれいだねー!」







 同時刻、警視庁公安部──


「速報です。本日、打ち上げ予定だった人工衛星『はばたき』が……』


「土井さん、コレ……!」


 出前のそばを啜っていた土井たちは、箸を持っていることも忘れて、テレビに夢中になっていた。


「また、今回の事故の詳………」


 突然、テレビ画面が砂嵐に切り替わった。

 土井は投げ捨てるように箸を置くと、急いで支度を始めた。


「すぐに出るぞ!」


「ハイ!」








 Group Emma本部──


「たった今、観測隊から報告が入りました。作戦は成功です」


 オフィスチェアに座ったまま、エマは不敵な笑みを浮かべた。








 上空に自衛隊のヘリが現れた。プロペラから生まれる暴風は草木を乱暴に揺らし、ベルの髪を乱していく。

 やがて、着陸したヘリから隊員が出てきた。


「お迎えにあがりました」


「ありがとう。生存者は?」


「たった今、捜査中です」


「そう……」


 ベルとビットはヘリに乗り込んだ。


 ヘリが浮上する。遠くなっていく大地。空には、爆発による煙が微かに残っている。

 ベルは外を見たまま、ビットに向けて呟いた。



「世界が変わるわよ」

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