いま、どこにいますか?
この手紙が届く頃、僕は空港にいるでしょう。
今はもう大学2年生。
希望が通って、今日からアメリカに留学します。
施設の方々には、本当に良くしてもらいました。
感謝の気持ちでいっぱいです。
今でも、あの日々を鮮明に覚えています。
お二人が、語らずして教えてくれたこと。
それが僕の人生を変えてくれた。
怖かったけど、楽しかったんです。
本当はずっと一緒にいたかった。
いつかまた、お会いしたいです。
まだ、お二人に何もお返しできていませんから。
縁が再び結んでくれるなら──。
お二人をディナーに招待させてください。
僕が、御馳走しますから。
人工衛星『はばたき』の爆散事件から、1年と半年という月日が流れた。
39委員会の野望を阻止したGroup Emma。
組織のボスとして暗躍したエマは、その功績を認められ、国際連合で極秘に開かれた会議によって組織の存在を認めさせた。
世界的な秘密警察として、誰に知られることもなく、公の立場へと浮上することになったのだ。
この議決により、Group Emmaと同義の組織が世界中に分布することとなる。
「忙しくなるわよ。ベル」
「はい。それにしても、ほとんど強引に認めさせましたね。先輩」
「ふふ、そうかしら?」
…………。
「ベル。あなたも組織の大黒柱になった。日本という国を、あなたに任せる時が来たのよ」
「はい……」
「会える機会も少なくなるわね……」
「……先輩は、これからどうするんですか?」
「私のことを面白く思わない人たちは山ほどいる。数年はあちこち動き回るつもりでいるわ」
「………また、会えなくなるんですね」
「またすぐに会えるわよ。次会った時は、美味しい焼肉に連れてってあげるわ!」
僅かに俯くベルの肩に、エマはポンと手を置いた。ベルの口元が微かに緩む。エマはベルの目をまっすぐに見ると、不敵な笑みを浮かべた。
「いい? ベル。この世の“正義”はいつもあやふや。けど“悪”は違う。悪は必ず存在する。明確な形を持ってね。悪を叩けるのは悪だけよ。容赦はいらないわ」
「………はい」
後のベルにとって、エマのこの言葉は一生忘れられないものとなる。
「ふふ。頑張ってね、ベル。肩の力を抜きなさい。変な型や枠に囚われないようにね」
「……はい。ありがとうございます」
「じゃあね」
そして、エマは姿を消した。
現在、彼女の行方を知る者は世界に10人といない。
世界に浸透していくGroup Emma。
……すべては、エマの描いた筋書き通りに進んでいるのかもしれない。
東京 成田国際空港 第1ターミナル3階 国際線出発ゲートエリア──
大勢の観光客で賑わうフロアに、スーツ姿の大人たちが群がっていた。
「あの『Group Bell』と聞いて頼んでみれば……。何だ、君たちのその態度は!」
「あーハイハイ、すんません」
「それが人に謝る姿勢か! え?!」
「次から気をつけまーす!」
「まったく……! 最近の若い奴らは! 遅刻したクセにジュースを奢れだと? 護衛の分際で……! 挙げ句の果てには居眠りなんぞしよって! 話にならん!」
「早くしないと、飛行機出ちゃいますよ〜」
「言われんでも分かっとるわ! もう二度とGroup Bellには頼まんからな! 覚悟しておけ!」
そう吐き捨てると、頭のてっぺんだけ禿げ上がった小太りの男は、数人の側近を連れて出発ゲートを潜って行った。
その背中を見届けたプラムとアロー。プラムは大きなあくびをする隣で、アローはうんと背伸びをしながら、展望デッキへと向かった。
「あーあ、ヤな奴だったな」
「そりゃあ、汚職がバレて海外逃亡なんか企む政治家だもの。むしろあの性格で安心したわ」
ゆっくりと階段を登りながら、アローはにっこり笑った。
「ま、Group Samがニューヨークからローガン空港までわざわざ出てって、待ち伏せてるんだけどね〜」
「らしいな。あのハゲ、人生最後の海外旅行になるんじゃね?」
「そうね〜。少なくとも、生きて日本には帰れないでしょうね〜」
「うへー、こわ」
「今までが甘すぎたのよ」
やがて、ふたりは展望デッキにたどり着いた。広々としている。暖かく心地いい風が、ふたりを迎え入れた。
いい景色だ。
こういう所に来ると、不思議と気分が晴れる。
空はどこまでも青い。
広い滑走路。
今まさに飛びあがろうとする飛行機。
「会わなくてよかったの?」
「ん?」
「翔斗くんよ。たまたま、政治家と同じ便みたいだけど」
「カケト? あぁ、そういえばいたな。そんな奴」
「またまた〜」
「会わなくていいだろ別に。もう二度と会わないんだし」
「そんなこと言って、あんた結構読み込んでたんじゃない? お手紙」
「うるせえ」
プラムは相変わらず眠たそうで、ぼんやりと滑走路の上を進む飛行機を眺めている。
その美しい横顔に、アローはそれ以上何も言わなかった。
飛行機が滑走路を走り出した。
加速する。
ふわりと浮き上がる機体。
加速する。
空の果てへと消えていく。
豆粒となって、消えていく。
「行っちゃったね」
「あぁ」
「悲し?」
「別に」
「なーんだ、つまんないの〜」
「なんだそりゃ」
「別れを惜しむトコくらい見せなさいよね〜」
「めんどいからヤダ。それより飯食おうぜ。腹減った」
「そうね! うどんにしましょ! うどんに!」
空に背を向けて、ふたりはフロアに戻っていく。いつもの歩調で。
ふたりは、今日もどこかで──。
もしかしたら、あなたの街で。
ランエボと共に疾走しているのかもしれない。
ー完ー
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