部屋に入ると、右手には一般の職場でよく見かける縦長のロッカーや観葉植物、左手には骨董品やら希少な酒類とワイングラスなどをコレクションしてある棚がプラムとアローをお出迎えした。

「どうも〜」

「お久しぶりです〜」

　ふたりの目の前には、いかにもインターネットで『社長室』というワードを画像検索で調べ、気に入ったものをうまく真似たような内装が広がっている。部屋の真ん中、真っ黒な社長用デスク。立派な皮の生地でできていそうなチェアに腰掛ける、黒いスーツを着た、艶のある黒髪をハーフアップにした女性。外見だけは、そこら辺の会社のOLと変わりない。

　彼女は、部屋に入ってきたプラムとアローに一切目もくれず、真っ黒なデスクに肘をつき、スマートフォンのゲームに夢中になっている。見かねたプラムは、アローと目を合わせ、少しだけため息をついた。

「あの、ベル姉（ねえ）。まだスか」

「ごめんもーちょい待って。あとちょっとで勝てるのよ……っィヨシ！　勝った！」

　そう言うと、ベル姉（ねえ）と呼ばれた女性はスマートフォンをデスクにガタンと置き、プラムとアローの顔を見上げた。透き通るような茶色の瞳。高すぎず、低すぎずとバランスのいい鼻に、可愛らしい口もとがにっこりとふたりとの再会を歓迎している。

「あーアンタたち、久しぶりね！　元気してた？」

「えぇそりゃもう。お陰様で」

「この通り、五体満足でーす！」

　少し気だるそうに答えるプラムと、元気よく答えるアローに、ベルは「それはよかったわ！」と輝く笑顔を送った。

「そういえば、副リーダーは？」

「あー。ビットなら、今3階のトイレ掃除してるわよ。相変わらず真面目なオジさんよ」

「副リーダーも元気してそうでよかったです！」

　アローのはつらつとした声に、場の雰囲気がより一層明るくなっていく。ふたりとの1年ぶりの再会を楽しみにしていたベルは、デスクに少し体を乗り上げてふたりに質問した。

「で、アメリカどうだった？　楽しかった？」

「あー、それなんですけど、実は……」

　言いかけたプラムに被せるように、アローが喋り出した。

「いやー、実は私、プラムと仕事片付けたあと、すぐ日本に帰ってきたんですよぉ」

「あら。プラムちゃんと旅行するんじゃなかったの？　ディズニーに行くんだーって言って、はしゃいでたじゃない」

「最初はそうする予定だったんですけど、Blac Babyが日本でライブするって聞いて、すっ飛んで帰国して来ちゃいました」

「あら、そうだったの。Black Babyって、最近人気のイケメンバンドでしょ？」

「そうそう！　そうです！　KAITO（カイト）がイケメンすぎて死んじゃいます！」

　テンションが舞い上がるアローを横目に、プラムはやれやれと首を軽く横に振った。その様子を見て、ベルはまた微笑んだ。

「へぇ〜……で、アメリカに残ったプラムちゃんは何してたの？」

「そりゃあもう、アローのせいでひとりディズニーですよ。ホント、こいつとはプライベートで一緒に行動できないっス」

「だからゴメンって言ってんじゃんプラムちゃ〜ん」

「うるせぇ、腕にまとわりつくな。あ、ベル姉（ねえ）。これ、ディズニーのお土産っス」

　そう言って、アローがしがみ付く腕とは反対の、自由に動かせる手を動かし、プラムはスーツのポケットから小さなディズニーキャラクターのキーホルダーを２つ取り出した。

「あら、可愛らしい！　これ私に？」

「ええもちろん。さすがにアメリカまで行って手ぶらでは帰ってこれんでしょ。これ、２つあるんで、もう１個はビットさんに渡してください」

「あら、ウチの副リーダー（カタブツザムライ）にまで？　ありがとね、プラムちゃん。ビットも内心喜ぶわよ」

「いえいえ。アホバカクソアローとは違って、土産くらい用意して当然スよ」

「な！　アタシだって気遣いくらいできるし！」

「うるせぇ。だったらテメーも土産出せ」

「無いわよ！　だってアンタがお土産用意してるなんて知らなかったもん！」

「そりゃ言ってねーからな」

「ズルい！　ズルズルズルー！」

「バカ、何がズルだこのバカ！」

　ふたりの小競り合いを見て、ベルはうふふ、と口元を手で押さえて笑った。

「ホント仲良いわねアンタたち。エマさんがアンタたちをコンビにした理由がよく分かるわ」

「いーや、アタシは今だってアローとくっつかされたの、不満っス。エマさん最大のミスですよ。な？　この下痢野郎」

「ひっど！」

「もう、プラムちゃんったら。顔は普通に可愛いんだから、口の悪さどうにかなさいよ」

「今更治んないっスよ。アロー（こいつ）と一緒にいる限りね」

「ひどひどひどー！」

　気だるそうな顔で、ペラペラと悪口が飛び出すプラムに怒るアロー。ベルは受け取ったディズニーキャラクターのキーホルダーをスーツのポケットにしまうと、デスクに両肘を立てて寄りかかり、両手を口元に持ってくると、先ほどまでの笑顔とは少し違う顔つきに変わった。

　笑ってはいるが、面白い、楽しいという顔ではない。プラムとアローは、彼女のスイッチが入れ替わったことを察し、小競り合いをやめて姿勢を正した。

「何はともあれ、無事でよかったわ。アンタたちが機密文書を届けてくれたおかげで、ニューヨーク支部とも連携がとれて、今や関係良好よ」

「ま、簡単なお仕事ですからね」

「ね〜」

　そう言ってふたりは顔を見合わせると、いかにも最近任せられる仕事の簡単ぶりに不満があるような雰囲気を出してきた。

「そりゃそうよ。だってアンタたち、ちょこっと大きい仕事任せると絶対やらかすもの。2年前だって、どこぞのヤクザ事務所に「威嚇だけしてきてね」って頼んだのに、手榴弾ブチ込んで来ちゃったじゃない」

「いやアレは……だって威嚇でしょ？」

「言い訳無用よプラムちゃん。手榴弾で事務所を吹っ飛ばすことのドコら辺が威嚇なのよ。お陰様で、後処理大変だったのよ〜？」

「ですよねベル姉（ねえ）。アタシはドアに何発かだけ撃ち込むだけでいいじゃんって言ったんですけどねー。なんでも派手にやればいいってもんじゃないのにねー」

「ぐぐ……」

　アローのダメ出しに、悔しそうな顔をするプラム。ベルは目を閉じて軽くため息をつくと、困り顔でふたりを見た。

「連帯責任よ。捕獲する予定だった工作員を車ごと海に沈めたのも、誘拐する予定だった政治家の子供と全く関係ない子を間違えて連れてきたのも、ロンドン支部での会合で道に迷って大遅刻したのも、全部レンタイセキニン」

　ピシャリと言い切られたプラムとアローは、もはや言い訳のためのセリフすら思い浮かばなくってしまっていた。

「まったく……アンタたちがやらかすたんびに、私の仕事が増えてんだからね？」

「へい……すみませんでした」

「私も……自分のポンコツ具合を反省してます」

　自身の失敗歴を並べられて、しょぼくれるプラムとアロー。しかし、ベルがいま述べたふたりの失敗歴は、全体のほんの一部に過ぎない。小さいものまで数えると、およそ半分以上の任務で、彼女らは何かしらやらかしている。中には、組織としてまずい失敗もあった。しかし、リーダーであるベルは、プラムとアローを決してクビにはしなかった。一応の処罰として、任せる仕事をごく簡単なものにしたり、単純に報酬を減らすことはあった。しかし、組織を追い出すようなことはまったくしなかったのだ。

　それはなぜか？　これほどまでに失敗を重ねておいて、なぜベルはふたりを追放しないのか。それは、プラムとアローも常日頃から不思議に思う謎のひとつであった。

　すると、ベルは目を冷たく光らせて、静かに話し始めた。

「終わったことを今さら責めてもしょうがないわ。それより、アンタたちに新しい仕事を任せたいんだけど。それも、ちょっと意外なね」