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迷子の句読点
迷子の句読点

【第三十四話】Group Emma

公開日時: 2024年8月19日(月) 06:00
文字数:2,407

 プラムとアローは、何ら変哲もない街の中を歩いていた。周りには大小ばらつきのある山々が見える。ふたりのすぐ左手には小学校がある。どうやらこの時間は昼休みのようで、グラウンドでは子供たちが鬼ごっこやドッヂボールをして遊んでいる。右手には団地の周りを散歩する老人がいる。すぐそばのスーパーでは、買い物を済ませた主婦が駐車場に停めた車に荷物を積み込んでいる。建設現場の職人たちが、昼食を求めて近くのラーメン屋に入っていく様子も窺える。

 そんなのどかな街の中にある、一見廃墟にも捉えられる静かな建物に、プラムとアローは足を踏み入れた。自動式スライドドアを抜けてすぐ……突き当たりの頑丈な鉄の扉に繋がる細い通路はシンと静まり返っていた。3人横に並べるかどうかほどの広さのこの通路。天井の角には監視カメラが設置されており、プラムとアローの動きを追っている。


「ええっと……」


 鉄の扉まで行き、ドアノブのすぐそばにある0〜9までのセキュリティシステムに手を伸ばすプラム。ベルが特殊メールで送ってきた暗証番号を思い出しながら、その通りに打ち込んでいく。

 打ち終わると、鉄の扉から空気が抜けるような音がした。自動開閉式のようだ。徐々にスライドして開いていく扉の先には、同じような一本道が続いていて、突き当たりにはエレベーターがぽつりと佇んでいた。


「厳重ね〜」


 アローはポケットから取り出した櫛で艶のある長髪を整えながら、エレベーターに乗り込みB1のボタンを押した。

 軽い浮遊感が終わると同時に、到着の音が鳴り、ドアが開く。その先には、先ほどの薄暗い通路を忘れさせるほど真っ白で広い通路が広がっていた。天井全体がLED照明のようだ。

 

「うわ眩し」


「ん? 誰よアレ」


 白く殺風景な通路の先、またもや見える大きなドアの前に、ひとりの黒服が立っている。歩み寄ると、懐かしい顔がプラムとアローの目に飛び込んできた。


「プラムの姉貴、アローよ姉貴、お待ちしてました」


「えー! バン! 久しぶりじゃーん!」


「お前、無事だったんだ」


 細身で長身の男、バン。かつてプラムとアローが、今は瓦礫と化した元拠点に、約1年ぶりに顔を出した時に警備係としてふたりを迎え入れた。バンはニカッとふたりに笑顔を見せた。


「何とか無事ですよ。39委員会の私兵に追われてた時は、ホントに怖かったです」


「アハハ、お前戦闘苦手だもんな」


「ね〜!」


 ケラケラと笑い合うプラムとアロー。バンは呆れた様子で苦笑いした。


「も〜。姉貴がメチャクチャやって奴らに喧嘩吹っかけるからじゃないですか〜。てか、ふたりともよく無事でしたね。ALPHABETのBとCぶっ殺したんでしょ?」


「あー、そういやそんなこともあったな」


「そーじゃん。プラムあんた、結構お手柄立てたんじゃん。忘れてた」


「スッゲ〜。さすがっスよふたりとも」


「えっへん」


 胸を張るふたりに。バンは微笑むと、自身の背後にあるドアのロックを解除し始めた。


「この先でリーダーが待ってますんで、どうぞ」


「お、サンキュー」


 開いたドア。先には小さな空間。すぐ先にまた扉。バンと別れを告げたふたりは、小さな空間の手動扉を開けた。

 扉の先は真っ白な通路とは打って変わって、薄暗い空間だった。映画館のような暗さだ。暗闇の中、楕円に大きい円卓の輪郭が見える。壁には大小さまざまなモニターが貼り付けられており、上空から移された街や、詳細な地形を表した地図が映されている。


「久しぶりね」


 薄暗い闇から聞こえた声の先に、円卓の上座に座る女性のシルエットが確認できる。リーダーのベル……と判断するには、あまりにもその声は不自然であった。明らかに、ベルの声ではない。シルエットもどこか違う。髪型からして、ベルではない。


「あら、薄暗くて分からないかしら? ビット、ライトをつけてちょうだい」


 え、副リーダー……?


 すると、円卓の形に沿って青白いライトが一斉に発光した。視界が開けた空間。プラムとアローは驚愕した。


「え、えええ?!」


「エ、エマさん?!」


 エマ。そう呼ばれた女性はニコリと微笑んだ。金髪でポニーテール。色白の小顔に、大きくて青い瞳が特徴的な欧米の美人。エマの隣には、プラムとアローに向かって軽く手を振るベルの姿があった。


「久しぶりね。プラムちゃん。アローちゃん」


「お、お久しぶりですっ!」


「お久しぶりでーす!」


「うふふ、なーに固くなってんのよ」


「いや、あの……ベル姉からエマさんがいるなんて聞いてなかったんで……」


 プラムが言うと、ベルが笑いながら答えた。


「そりゃ、エマさんの行動はトップシークレットだもの」


 エマはニコリと微笑むと、プラムとアローに座るようにジェスチャーをした。つられて、ふたりは恐縮そうにオフィスチェアに腰掛けた。


「ふたりとも元気そうね」


「え、ええ。そりゃあもう」


「げ、元気でーす!」


 ふたりの顔が強張るのも無理はない。上海、ムンバイ、ロンドン、ベイルート、ソウル、ニューヨーク……そして東京。各地で暗躍するGroup Emmaの支部をまとめ上げる大黒柱。エマは、その名の通りGroup Emmaの最高指揮者、つまり頭領と呼ばれる存在であり、かつてはベルとコンビを組んで活動していた人物だ。

 企業で言えば会長。そんな超大物を前にして、プラムとアローが萎縮しないわけがない。とりわけ、日頃から暴れているふたりにとっては、いつクビを言い渡されるか分からないのだから。


「さて、役者も揃ったし。ベル、よろしく」


「分かりました」


 にこやかに指示したエマに従い、ベルが小さなリモコンのボタンを押した。すると、彼女らの背後の壁に取り付けられてた液晶式モニターの画面に、Group Emmaのロゴマークが大きく映し出された。


「プラム、アロー。よく聞きなさい」


「はい」


「アンタたちに新任務を与える前に、言っておかなければならないことがあるの」


 ベルは、不敵な笑みでふたりの目を見た。


「私たちの、本当の正体をね」




 

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