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迷子の句読点
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【第四十一話】魔手

公開日時: 2024年9月22日(日) 19:00
文字数:1,618




 「人工衛星『はばたき』の打ち上げ予定日まで、残り3日となりました。人工衛星の中でも通信衛星に分類される『はばたき』は、通信遅延の大幅な短縮に大きな期待が寄せられています」



「テレビ番組の海外中継などで見られるように、スタジオと現地のリポーターのやりとりにタイムラグがあるでしょう? 通信遅延っていうのは、送信側が送った内容が相手に届くまでにかかる時間を指すんですよ。二者間の距離が離れるほどその差は大きくなるということですね」



「地球低軌道に『はばたき』を配置すれば、通信遅延は大きな短縮を見せ、世界の連絡速度が急激に速まり、緊急事態や自然災害時の意思疎通もより迅速になることが期待され……」


 すべてではないが、流れてくるニュースは人工衛星『はばたき』の話題を大きく取り上げている。ネット上の書き込み掲示板でも盛り上がりを見せており、世界がさらに便利になるという期待感が、『はばたき』に寄せられていた。


「なかなか人気じゃん。はばたき」


「なんか便利になるとか吹かしてるんでしょ? そりゃ誰だって注目するわよ〜」


 海が見える格安ホテル。テレビを見ながら、狭い部屋のベッドに横たわるプラム。そのそばで、小さな椅子に座るアローは銃のメンテナンスをしていた。


「総合指令棟に紛れ込んで、火災ベルを押すだけ……か」


「いやに簡単だよな」


 数日前、ベルから直接告げられた作戦変更。プラムとアローに与えられた任務は、総合指令棟に紛れ込み、火災ベルを押すことだった。

 混乱に乗じてリーダーのベルが号令、実行部隊投入。打ち上げロケットの直接破壊を目指すというものだ。

 39委員会に警備として雇われている『メープル・コープ』との正面衝突も予想され、実行部隊が作戦の妨害に遭う可能性が高い。万が一、作戦遂行が困難となった場合、プラムとアローはそのまま管制室に突入し、職員に銃を突きつけてロケットの爆破命令を出させることになっている。


「簡単ってか、小学生のいたずらじゃない。こんなの」


「いたずらのレベル120だな」


 侵入経路もすでに決まっている。あとは作戦当日を待つだけだ。それまでゆっくりできるとは言え、数日後には世界の命運を賭けた戦いが控えている。ふたりは、何とも言えない緊張感を抱いていた。




**************



 西之表港、コンテナターミナル。人がいない場所で、黒い人影が動いていた。


「種子島ビジネスホテル『サンシャイン』201号室……。プラムとアローはそこにいます」


「承知した」


「あなたの後輩のBも、弟子のCもそのふたりに殺られている。充分に気をつけてください」


「承知した」


「これ、顔写真です」


 長身で細身。スーツ姿の男性に、プラムとアローの写真を手渡されたコート姿の男は、ひとつ尋ねた。


「バンと言ったな。君は」


「そうですが」


「39委員会と内通して、Group君の Emmaところの情報を流し、工作部隊を全滅させた……。やるじゃないか」


「ハハ、ありがとうございます」


「この写真の者たちとは、苦楽を共にしてきたはずだが」


「裏切りは付きものですから」


 バンは不敵に笑った。


「……そうか」


 コート姿の男は写真を懐にしまうと、ポケットからUSBメモリを取り出し、バンに手渡した。


「頼まれていたものだ。そのメモリに『メープル・コープ』の幹部の情報が入っている」


「ありがとうございます……Aさん」


「君は若いなりに、この世界での生き方を心得ているようだな」


「そのつもりです。利潤こそすべてですから」


 バンはUSBメモリをポケットに入れた。


「それでは、僕はこれで」


「うむ。頑張りたまえ」


「どうも」


 バンはAに背中を向け、歩き出した。


「バン」


 踵を返したバンを、Aが呼び止めた。


「君にひとつ言ってなかったことがある」


「……? 何でしょう」





 振り返るバン。

 そこには、自身の眉間に向けてピストルを構えるAが……。




「ALPHABETの『A』の顔を見た者は、この世にひとりもいなくてね……」



 乾いた破裂音が、港に虚しくこだました。




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