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迷子の句読点
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【第三十三話】朝のふたり

公開日時: 2024年8月17日(土) 06:00
更新日時: 2024年8月18日(日) 01:03
文字数:2,222

 スマートフォンのやかましいアラーム。無理やり引っ張り上げられた意識の中、一旦は電源ボタンでアラームを止めるも、少し時間が経つと再び鳴り響く。


「ん〜……」


 5度目のスヌーズ機能のお陰で、ようやく目を覚ましたプラムは、嫌々敷布団から体を起こした。スマートフォンを手に取り、眠気の残る目を指で擦りながら、ぼんやりと画面を眺める。


 10時か……。


 昨日の夜、自慢のランエボで峠を攻めていた最中に、ベルから電話がかかってきた。明日13時に新拠点に集合せよ、と。このボロアパートから新拠点までは1時間くらいかかるので、まだ慌てる時間でもない。

 隣では、昨晩アルコールが入っている状態でプラムの全開ダウンヒルについてきたアローが寝ている。ランエボの中で吐こうとしたものだから、急いで停車し、素早く降ろして峠道のど真ん中に吐かせた。舗装道路が犠牲になったが、あと少しで愛するランエボが汚物まみれになるとこだったのだ。仕方がない。


 今頃、アローのおゲロちゃんを踏んづけてる車がいるんだろうなぁ……。


 ……と考えるも、特に悪気はないプラムは、欠伸をしながらテレビのリモコンを手に取り、電源ボタンを押した。やがて、画面いっぱいに広がったのはニュース番組だった。


「8日の午前1時ごろ、世田谷区で、道端に意識のない男性を発見したと、近隣住民から110番通報がありました。警察によりますと、男性は令和一進れいわいっしん党の幹部である赤山悟あかやまさとる議員(43)が仰向けで倒れていて、意識はなくその場で死亡が確認されました」


「………」


「司法解剖の結果、死因は背後からの銃撃によるものであるとされていますが、事件現場周辺に銃弾や弾痕は確認されておらず……」


 ………。プラムは何も言わずにリモコンのボタンを押し、チャンネルを変えた。


「日本民栄党の元党首である黒川一博くろかわかずひろ議員の事故死を皮切りに、連日相次いで発生している政府関係者やテレビ局役員の失踪・不審死について、警視庁は……」


 ………。プラムは何も言わずにリモコンのボタンを押し、番組表を開いた。3分後に始まるテレビアニメ『ひつじのジョージ』を見ることにしたプラムは、少し急いで顔を洗って歯を磨き、昨日の夕食の残りである惣菜とインスタント味噌汁を用意した。

 やがて流れ出した『ひつじのジョージ』のオープニングテーマを鼻歌で追いながら、炊飯器に残っていた白米を茶碗によそう。こうして、プラムの朝食は幕を開けた。


「うーん、ちっさい頃からずっとやってるだけあるな。やっぱ面白いわ」


 味噌汁を飲みながら、冷静に『おさるのジョージ』の面白さを思い知るプラム。すぐそばで爆睡するアローは未だに寝息を立てており、目を覚ます気配はまるでない。


 ………ったく。そんな強いわけでもねえのにビールなんか飲みやがって。


 唐揚げを食べながら、プラムは出発までにランエボを軽くメンテナンスすることを、自身の中で決定事項に位置付けた。

 朝食を終え、動きやすいトレーナーに着替えたプラムは表に出た。外はひんやりと冷たく、白い息がよく見える。駐車場とは名ばかりの、ただ砂利が敷かれた地面に停めてあるランサーエボリューション7。


「さてと……」


 手始めにタイヤを見て回る。昨日あれだけ飛ばしたからか、さすがに少し擦り減っている。エアゲージを使ったところ、空気圧も問題ないようだ。次にワイパー。ワイパーラバー……ヒビ割れが見られ、少しだけ剥離している。そういえば、最近確認していなかった。交換しておこう。最後にエンジンルームを見てみる。エンジンオイル、ウォッシャー液、バッテリー電圧、全て異常なし。

 トランクを開け、積め込まれている荷物の中から交換用のワイパーを取り出し、交換作業に映る。


「ううっ……。にしても冷えるな」


 手早く作業を済ませて、部屋に戻る。時刻は既に11時23分。あと30分ほどで出発だというのに、アローはまるで起きる気配を見せない。軽くため息をつくプラムは、アローがしがみつくように被っている掛け布団を引っ張り剥がしてしまった。


「いつまで寝てんだ起きろバカアロー」


「うーん……」


 顔をくしゃくしゃに歪ませるアロー。何とも悪そうな目覚めだ。


「うーんじゃねえよ。あと30分で出発だぞ」


「うーーーん……頭痛い」


「知らねえよ。自業自得だろ」


 そう言って、プラムは無慈悲にもアローの枕を取り上げてしまった。


「ああーーーん!」


「なんだよその悲鳴は気持ちワリーな」


「うぅぅ……」


 苦しそうに起き上がったアローは、ボサボサの頭を掻きながらシャワーに向かった。数分後には洗面所で神を乾かすドライヤーの音が聞こえ、さらに数分後には黒スーツ姿でメイクをするアラーの姿がプラムの視界に飛び込んだ。


 まったく。何回寝坊すりゃそんだけ準備が速くなるんだよ。


 半分呆れながら、プラムも黒スーツに身を包む。準備を終えたふたりは、黒い革靴を履いて外に出た。日差しが出ているとはいえ、白い息が出る。なかなかの寒さだ。


「気持ちワル……運転、ゆっくりしてね」


「何勝手なこと言ってんだバカ」


「だって二日酔いなんだもん」


「自業自得だろうが。それに、ゆっくり運転したほうが酔うぞ」


「ん〜、じゃあ適度に速く」


「お前なぁ……」


 そう言いながら、ランエボに乗り込むプラムとアロー。今から新拠点に赴き、ベル姉から新任務を任される。それは、ふたりの謹慎処分が終わったことを意味するのだ。


「よっしゃ、行くぞ」


「はいよー」


 人のいない、田畑だらけの田舎道を、ランエボが走り出した。





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