ベルに呼び出されたアローが、バンの運転する車に乗って学校を去った。すかさず、プラムにアローからメールが入る。「バンに送ってもらうから、先に翔斗くんを家に帰してあげて」というメッセージに「了解」と短く返信したプラムはスマートフォンをポケットにしまうと、翔斗を連れてランエボに乗り込んだ。
「シートベルトしたか?」
「うん」
「じゃ、行くぞ」
ランエボの唸るようなエンジン音。ギアを1速に入れ、アクセルペダルを軽く踏んで、半クラッチ。この動作を1秒にも満たぬ速さで完了させたプラムは、黒川邸に続く帰路についた。
車内はしんとしていた。何故だろうか。出会ってから、まだ数日しか経っていないというのに。普段、隣に座るアローの、やかましい質問攻めが妙に懐かしく感じる。
流れゆく景色。右を見れば、ランエボを追い抜いていく車たちが。左を見れば、少し高めの服屋や、安さが売りの丼物屋、ピザの配達用バイクが3台ほど停めてあるピザ屋や、ファストフード店など、さまざまな店が軒を連ねる。歩道には、翔斗と同じく、授業を終えた帰宅生たちが歩いている。数人で集まって、楽しそうに話をしている者もいれば、ポケットから生え出るイヤホンを耳につけ、ひとりで静かに帰る者もいる。
翔斗は、前を見た。運転席でハンドルを握るプラムの、わずかに見える顔。相変わらず眠たそうだ。アローがいてもいなくても、ずっとこんな感じなのだろうと、勝手に予測してみる。
「……何があったの?」
「あ? 何が」
「……アローさん、不機嫌そうだったから」
「あ〜アローか。中塚と喧嘩したんだよ」
「え、喧嘩?」
「うん」
「中塚先生と?」
「そう」
………。翔斗は少し俯いた。
「大人でも喧嘩するんだね」
「まあな」
「プラムさんは、喧嘩しないよね」
「そうか? アローとよく喧嘩してんだろ私」
「………。アローさんはなんで喧嘩したの?」
「思いの外自分の授業にダメ出し喰らったからじゃね?」
バックミラーに映るプラムの顔は、やはりどこか眠たそうで、何となく、この会話も面倒臭そう。そんなプラムに、翔斗はどこか、焦ったさというか、歯痒さのようなものを感じていた。
「戦争って、いつもこんな感じで起きるよね」
「なんだいきなり」
「色んな理由があるけどさ、アローさんと中塚先生の喧嘩みたいに、戦争っていつもつまらない理由で始まるよねってこと」
「まぁ、そうなんじゃね」
「プラムさんって、戦争イヤじゃないの?」
「え、あたし?」
「うん」
「うーん、どっちかというとイヤかもな」
「どっちかというとって、戦争がイイって思う時もあるってこと?」
「う〜ん、分からん」
コイツ、あたしとふたりだとよく喋るな……。
ランエボの運転を楽しみたいプラムだが、どういうことか翔斗に少し懐かれているようだ。以前、深夜に話した時から、アローには見せない口の利き方をしてくる。今も、難しい質問をプラムに投げかけては、その答えを聞こうとする。
「よく分かんないって……。大人でも分かんないんだ」
「そりゃ難しいからな」
「僕は絶対反対。戦争はよくないよ」
「そうか」
「なんで人が戦争するか分からない。大人って、譲り合えないの?」
「そうなんじゃね」
淡白なプラムに、翔斗の焦ったい気持ちが強くなっていく。
「そうなんじゃね、じゃないよプラムさん」
「ンあ?」
「真面目に考えてるんだよ僕は。この前、夜寝る前に話したでしょ?」
「何か話したっけ」
「政治家になって戦争を無くしたいって話したじゃん」
「そうだっけか」
「したよ」
翔斗の語気が強まる。
「なんでみんな争うんだ。父さんも、アローさんも、世界も。みんななんで平和にやれないんだよ。僕なんか、なるべく平和に過ごそうと思えば、いくらでもできるのに」
…………………。
車内を静寂が包む。すれ違う対向車の独特な音。ゆっくりと変わりゆく景色。唐突に、プラムが口を開いた。
「じゃあお前、そこの下にあるボタン押してみな」
「え?」
「下だよ下。お前が今座ってる席の下。触ってったら、裏っ側に丸っこいボタンがあんだろ。ソコ押せって言ってんの」
翔斗は、プラムの言葉の意味をよく理解しないまま、手を下に伸ばした。そこには言葉通り、豆粒ほどの大きさの、丸いボタンが肌触りで確認できた。押してみるとガタンと音がして、文机の引き出しのようなスペースが翔斗に向かって顔を覗かせた。
「コ、コレ……!」
自身が座る後部座席。その真下から姿を現したモノに、翔斗の血の気が一気に引いた。
「これ、銃じゃないですか……!」
「そうじゃなかったら何なんだよ」
プラムは依然として眠たそうな顔をして、ハンドルをくるくると右に回す。
「ベレッタM9A3。米軍の銃だ。何年か前、官僚の息子誘拐した時ついでに掻っ払ってきたヤツ。弾は17発入ってる」
「いや、なんでこんなものを……」
「持ってみろ」
「え?」
「持ってみろっつってんだよ」
………。言われるがまま、翔斗は銃を手に持った。銃の重さなど、今まで想像したこともなかった。だからか、この銃が重いとか、軽いとか、翔斗には判断できなかった。
「それやるよ」
「……え?」
「ソレやるから、あんたの敵の白山さん、撃ってきていいよ」
「え、なんで僕が……?」
「え? だって争いを仕掛ける奴らのことが嫌いなんだろ?」
「まぁそうですけど……」
「じゃあ殺せよ。強い思いを持ってるお前が動くのがいちばん手っ取り早いだろ」
「いや、え、けど……」
「安心しろって。後のことは、もちろんあたしがなんとかするからよ」
「いや、だけど……僕に人殺しなんか……」
「なんだ、お前ホントは怖いのか?」
「は、はい……」
「んだよ、ちょっと期待したのによ。結局お前も他人事じゃねぇか」
……………。翔斗は、それ以上は何も言えなかった。
「じゃあもういいから、銃のケース元に戻してくれ。警察に見られたらメンドイから」
指示通りに銃を元の位置に置き、記憶から消し去るように後部座席の奥に収納した。手に残る銃の形と重みだけが、彼の記憶に残る。
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