「あの……」
「ん?」
学校に向かうランエボ。車内で、黒川翔斗が口を開いた。
「今……何してきたんですか」
すると、アローが拍手をして喜んだ。
「お〜! やっと質問してくれた! 記念すべき初質問だよプラムゥ〜!」
「うっせぇな。気が散るだろ」
はしゃぐアローは、人差し指をピンと立て、黒川翔斗の質問に答えた。
「ズバリお答えしよう! 私は今、裏切り者を殺してきたのであーる!」
まるで、ロボットアニメのメカを説明するナレーションのよう。あまりにも軽い受け答えに、黒川翔斗は血の気が引いた。
「ひ、人殺し……?」
「世間様はそう呼ぶわね〜」
「同じだ……」
「へ?」
「父さんとおんなじだ! お前たちのやってることなんか、人のやることじゃない!」
俯いたまま、眉間に皺を寄せて怒鳴る翔斗。しかし……。
「ヘ、ヘ、ヘックション!」
「ちょっとぉ、汚いじゃないのよぉ。くしゃみする時くらい手で押さえなさいよね」
「へいへい」
「……っ」
聞いているのか聞いていないのか、まるで翔斗の怒鳴り声が嘘だったかのように、車内は平和な日常会話の様相を見せた。
「で、何だっけ?」
アローが翔斗の方を向いた。
「え?」
「お父さんが何て言ってたっけ?」
「あ、あの……。父さんは怖い人に頼んで、同僚の白山さんを殺したんだ。あんなの人じゃない」
尚も俯いたまま話す翔斗。プラムとアローは、黙って翔斗の話を聞いていた。
「なんで、僕はあんな奴の息子なんだ……。なんで、僕がこんな思いをしなくちゃいけないんだよ……」
「知らんがな」
「え……」
バッサリ。分厚い裁ち鋏で、紙のように薄い布を一気に切り裂くかの如く、プラムのひと言が翔斗の暗い思考を無造作に一刀両断してしまった。
「なんかよく分かんないけど、きっといい事あるわよ! ファイトー!」
アローさえも適当というか妥当というか、翔斗の深刻な思いを、まるで重く受け止めているようには見えない。
何事もなく学校に到着した一行は、校舎の駐車場にランエボを停めて、まっすぐ理事長室に向かった。もう朝のホームルームが始まっている時間だ。ところどころ、教室の窓から、生徒たちのガヤガヤとした声が聞こえてくる。理事長室の前まで行くと、秘書のような女性が3人を出迎た。
「お待ちしておりました。理事長と学校長が中でお待ちです」
「……どーも」
女性が3人を部屋に通すと、白髪の老人理事長とメガネをかけたハゲ頭の校長が応接スペースのソファから立ち上がって3人を歓迎した。
「これはこれは。お待ちしておりました。はじめまして。私、当学園理事長の山田正孝と申します。黒川くん、おはよう。君のお父様にはいつもお世話になっているよ」
「…………」
理事長が翔斗にあいさつしたが、翔斗の表情は暗かった。
「初めまして、学校長の鈴木義輝と申します。黒川くん。おはよう」
「……」
校長のあいさつも無視。そんな翔斗を放っておいて、プラムとアローも適当なあいさつを始めた。
「どーも。Group Emmaのプラムです」
「同じくアローでーす!」
「どうぞ、おかけになってください」
鈴木校長の案内でソファに座ると、先ほど3人を案内してくれた女性が温かいお茶を全員に出した。やがて女性は一礼して部屋を去ると、理事長はプラムとアローに視線を移して話し始めた。
「早速本題に入らせていただきますが、黒川翔斗くんのお父上の、黒川一博先生のご依頼で、あなた方を我が校の教育実習生として、翔斗くんの護衛にお招きすることになりました」
「はい。知ってます」
「我が校も翔斗くんの生命第一と考えており、美術品保護なんかの適当な理由をつけて、警備会社から派遣警備員を雇い、万全を期しておりますので心配は要りません」
「へー」
どこか貼り付けたような笑みで語る理事長。淡々と受け答えるプラム。アローも、目の前に座る老人の話など、まったく真面目に聞いていなかった。
「お願いなのですが、我が校の名誉や評価にも関わるので、おふたりにはなるべく、暴力的な行動は謹んでいただきたい。翔斗くんも、それを望んでいる」
プラムとアローに間に、挟まれるようにして座る翔斗は、理事長と校長の気味の悪い笑みに目を向けることなく、ただ俯いて黙っていた。
「まぁ、頑張ります」
「やれるだけやりまーす」
プラムとアローのあまりにもテキトーな受け答え。彼女たちの横柄な態度に、理事長と校長は眉間に皺を寄せ、苦笑いしている。
唐突に、プラムが部屋の入り口のドアを見つめた。
「ん〜」
「……? どうかされましたか?」
理事長と校長の方に向き直ったプラムは依然として眠たそうな顔で、淡々と話した。
「理事長さん……Group Emmaのベル姉と契約する時、注意事項の説明受けませんでした?」
「はあ……まぁ、それなりに注意点があるとお聞きしましたが」
「おかしいなぁ。理事長室は何かあった時の最後の砦にするから、出入りしていいのはあたしとアローとこの生意気坊主……そしてあんたと校長。この5人だけ。……説明があったと思うんだけど」
「……と言いますと?」
プラムの言っていることが未だにピンと来ないのか。理事長は皺の深い顔を難しくさせた。そんな彼と校長に、プラムは鋭い目つきを向けた。
「誰だよアレは」
「え?」
「あの女は誰だって聞いてんだ」
「あれは、理事長の秘書の山川恵さんですが……」
校長が言うと、プラムとアローは呆れたように揃ってため息をついた。その様子を、ふたりの間に座る翔斗は、戸惑いの表情で見つめている。
「山川さんに、あたしらにお茶を出せって、あんたが言ったの?」
プラムの尖った目つきが、理事長を刺すように睨みつける。
「な、何か、お気に召さないことでも……」
「はぁ……人の話くらいちゃんと聞けよ。あんた偉いんだろ? ありゃニセモンだ。このお茶も飲めん」
「え……?」
「毒よ毒。翔斗くんのだけね。ゼッタイに飲んじゃダメよー」
アローの説明で、目が点になって固まる理事長と校長を放っておいて、プラムはソファから立ち上がると、スーツの懐からサプレッサーの付いた銃を取り出し、間髪入れずに入り口のドアに向かって発砲した。
「ひっひえぇぇ!!」
聞いたこともない激音に恐れ慄く理事長と校長は、その場にうずくまってしまった。やがて、穴だらけになったドアの向こうで、ドタドタと何かが走り去る音が聞こえ、それからまもなくして、ガラス窓がガシャンと割れる音が響いた。
「……ありゃ?」
「ちょっとプラム! 逃げられたんじゃないのコレ〜!」
アローは慌てて穴だらけのドアを蹴破り、だだっ広い廊下に出た。床には、女が走り去った軌道に沿って血が滴っている。廊下の突き当たり……火災発生時などに使用する緊急脱出用の窓が、バリバリに割られていた。アローは窓まで行くと、窓の溝に引っ掛けられた細いワイヤーを見つけた。
「うーん。用意周到ね。てかプラム、銃下手クソすぎ……」
割れた窓ガラスから強い風が吹き込む中、アローはがっくしと肩を落とした。
その頃プラムは、銃口を理事長と校長に向けていた。今までの眠たそうだった顔は一変し、静かな怒りを露わにした表情に、翔斗はドキリと心臓が跳ねた。
「たしかに現実味が無いのは分かる。けど、これはおままごとじゃねえ。金も貰ってんだろ? もう契約の効力は発動してんだよ。Group Emmaのベル姉の言うことは忠実に守れ。そうじゃねえと、あんたらふたりとも内通者と思って信用できなくなるんだよ。信用を失ったら、どうなるかくらい分かるだろうが」
照明に反射する銃口の光が、理事長と校長の心拍数を急激に高めていく。肌から、出たこともない量の冷や汗が滝のように溢れ出る。
「す、す、す、すみません!」
「も、申し訳ない!!」
この謝罪は、自身のミスへの謝罪ではなく、向けられた銃口に対する命乞いを含んだ謝罪……。こいつらは大丈夫そうだな……。
プラムは銃を懐にしまうと、ソファに座り直して翔斗の方を向いた。その顔は、いつもの眠たそうな表情に戻っていた。
「多分こんなことばっかだから気をつけろ」
「は、はい……」
翔斗の自信のない返事を聞いて、プラムは再び前を向き直した。
「じゃ、理事長さんと校長さん、契約の再確認を続けましょっか。……あ、えと……ドア、穴だらけにしちゃった上にアローのバカが蹴破っちゃってスンマセン。弁償しますんで、あとで領収書書いてもらえますかね? 宛名はうちのリーダーで」
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