今朝、プラムが撃退した殺し屋……。理事長の秘書である山川恵に変装し、毒入りのお茶で翔斗を殺そうとした者。プラムはスマートフォンにイヤホンを挿し、片方をアローに付けさせて、スマートフォンを畳に置いた。殺し屋について、ベルは説明を始めた。
「結論から言うわ。殺し屋の正体は、世界的な暗殺組織『ALPHABET』の構成員、Cよ。翔斗くん暗殺に送り込まれたのは、Cただひとりだったわ」
「マジすか」
「うわー、やば〜」
思わず冷や汗が垂れるプラムとアロー。無理も無い。ALPHABETは、裏社会に生きる者なら誰もが知る恐るべき組織であり、暗殺と諜報のプロ集団とされている。最近でも紛争地域を中心にビジネスを展開する兵器運送会社社長の急死や、大規模マフィア幹部の不審死などに関与しているという噂が流れている。
ベルが言うには、清掃員によると、理事長室でプラムがドアの向こう側から撃った銃弾は、一発だけ殺し屋の左胸上部に当たっていた。その場はなんとか脱出したが、致命傷。ベルが追跡を派遣した時には、すでに道端の草陰で息を引き取っていたという。
「なーんだ。あいつ死んでたんだ」
「やったじゃんプラム! お手柄じゃな〜い!」
「死体からかなりの情報が洗えたわ。まず、山川恵は変装でも何でもなくて、そもそもこの世に存在しない。つまり、奴は最近秘書として採用されていたの。非常に綿密な暗殺計画を練ってたみたいね」
「ほえ〜。あんな生意気小僧ひとりにねぇ」
呑気なプラムの隣で、アローが顎に手を添えた。
「でもALPHABETって、マフィアの大幹部とか、どこかの王室とか。それこそ政府の超お偉いさんとかじゃないと、連絡すら取れないはずですよね。そんな組織に、日本のいち政治家の白山派が、どうやって暗殺を依頼できたんですか?」
「毒よ」
「毒?」
「白山は指定暴力団の神田会と関わりがあってね。そこからALPHABETに接近したんでしょう」
「白山やっばー! でも、なんで神田会にALPHABETが?」
「ALPHABETは世界各地での活動をより円滑にするために、現地での武器調達を目的としてマフィアや暴力団と取引関係にあるわ。最近、神田会で頻繁に毒物が輸入されているのをキャッチしてね。諜報課に調べさせたのよ。そしたら、案の定ALPHABETが関わってたってワケ」
「ほえー。さすが、ベル姉自慢の諜報課ってだけあるッスね。やっぱリーダーが良いと部下もついてくるわ」
「プラムの言う通り! ベル姉のリーダーシップあってこそのGroup Emma日本支部ですよ!」
「え、でしょでしょ?! 分かってんじゃないアンタたち!」
ふたりしかいない畳の客間。ベルが電話越しに喜んでいるのが分かる。プラムとアローは顔を見合わせ、ニヤリと笑った。このまま褒めちぎれば、先ほど怒られた件を水に流してくれるはずだ。ふたりはウンと頷き合い、褒めちぎり作戦を続行した。
「いやー、あたし、ベル姉みたいな人になりたいな〜!」
「リーダー神の子 不思議の子」
「あんたたち褒めても許さないわよ」
ガーン………。当然というか何というか、プラムとアローの思惑など、ベルはとっくに気づいていたようだ。
「ま、そういうわけだから、一応この件は方が付いたことになるわね。けど、何があるか分からないから、契約期間満了までは任務続行よ。私も動くことになりそうだから。アンタたちは、いつものように護衛にあたってね。分かった?」
「ウッス」
「了解でーす!」
ふたりの元気のいい返事を電話越しで聞いたベルも、その隣に立つビットも、ふたりが無事なことに少し安心したのか、微笑んだ。すると、何か思い出したのか、ベルはハッとした。
「アンタたち、今日黒川さん家に泊めていただくんでしょ?」
「ウッス」
「はーい! そうでーす!」
「着替えは持った? 歯ブラシは? ご飯をいただく時とか、トイレをお借りする時は、しっかりお礼を言うのよ! プラムは夜遅くまでスマホゲームしないこと! アローも騒がしくして黒川さんトコの人にご迷惑おかけしちゃダメだからね!」
「大丈夫ッス」
「はーい!」
「はぁ〜……大丈夫かしら」と心配するベルを押し切って、プラムは電話を切った。すると間もなく、シャワーから上がってきた翔斗が客間に入ってきた。
「お風呂、いいよ」
「おっし。じゃ遠慮なく」
「ちょっとプラム! あたしが先よ!」
「アローは今日何もしてねぇだろ」
「なーに言ってんのよ! あたし今朝柴崎店長始末したじゃないのよ!」
「あたしだって『C』やっつけたっつーの!」
「あんなのまぐれでしょ! たまたまよ、たまたま!」
「なんだとこのアホアロー!」
ベルの注意はどこ吹く風……ふたりは困惑する高校生の前で醜い争いを始めてしまうのであった。
一方、Group Emma日本支部。ビルの5階、リーダー室にて、固定電話の受話器をフックに置いたベルは、腕を組んでソファ生地のオフィスチェアの背もたれに寄りかかっていた。「ただいまの通話履歴は、10秒後に消去されます」という音声が固定電話から流れている。
ベルの隣に立つ大柄で真顔の男。副リーダーであるビットは、珍しく難しい顔をするベルを見て言った。
「言わなくてよろしかったのですか?」
「ん? 何が?」
「ALPHABET関連のことで、まだ重要な情報があったはずですが」
「その件はまだ確定してないわ。変に言いふらして、あの子たちを不安にさせたくないしね」
ベルはデスクの上に置いてある一枚の紙をめくるように持ち上げた。
「問題はALPHABETではない。真に厄介なのは、ALPHABETの上にいる連中よ」
「はい」
ベルが手に持つ紙には『39 COMMITTEE』という文字が。その下に英語で書かれたメッセージを読む内に、ベルの眉間に皺が寄っていく。
……39委員会。ALPHABETを管理し、現代戦争を陰で操る親玉。いま、この巨大組織を敵に回すのは好ましくない。けど……。
ベルは、持っていた紙をそっとデスクに置くと、デスクに両肘を立てて寄りかかり、両手を口元に添えた。
「……どう思う? ビット」
「私としても想定外です。何の罪もない青年を暗殺しようとしたとはいえ、カタチとしては先に仕掛けたのは我々。そのはずのに、まさか向こうから手打ちの交渉を申し出てくるとは……」
ベルのそばで直立不動のまま話すビットは、目線だけをベルに移した。上から僅かに見えるベルの真面目な表情が、事の重大さを示している。
「どうされるおつもりですか?」
「……申し出に応じるわ。いずれ、彼らとは向き合うことになるでしょうから」
ベルの鋭く冷たい眼光は、訪れんとする未来を捉えた。
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