TEST SCENE

迷子の句読点
迷子の句読点

【第四十五話】戟

公開日時: 2024年10月13日(日) 17:00
文字数:2,205

 夢を見ていた気がする。

 嫌な夢だ。

 むかし、仕事でやらかした時の光景。

 皆、白い目を向けてきた。

 皆、心無い言葉を浴びせてきた。

 そこにはもういられなくなった。 

 どうしようもない未来が不安で仕方なかった。

 そうとばかり、思っていた……。













 かすかな息遣いが聞こえる。

 誰のだ……?







「ハァ………ハッァ……ゲホッ……ハッ……オェッ………ッ」



 残念だが、誰かまでは分からない。

 地面に倒れたこの身体を叩き起こして、そのツラを見てやりたいところだが、残念。そんな体力はどこにも残っていない。

 カラダ中が痛い。ジンジンというか、ジワジワというか。痛みの中心点は、まるで潜水艦のソナーのよう。円形に波紋を広げ、満身創痍のカラダの隅々にまで痛みを届ける。

 視界に映るのは変哲のない天井。駐車場って、こんな天井だったのか。普段は気にも溜めないが、どうしてか今はいい景色に見える。



 

 こんなことなら、話しときゃよかったな……。




「グッ………ゴホッ………ハァ……ッい」




 ……。




「生きてる………?」


「………誰に聞いてんだ」



 なんだ。まだか。



「ハァッ……ハァ……フンッ」


 天井しか見えない景色に、なぜかニヤけてしまった。


「てめえは生きてんのか?」


「ギ……ハァ…………誰に聞いてんのよ……ッ」


「ハハ……こりゃ失敬。……グッ」


 痛みに悲鳴をあげる身体を、無理矢理起こした。右肩と左の腰辺りから、血が滲み出ている。


「ハァ……ハァ……ッ……立てるか」


「ムリ。痛すぎる」


 可哀想に。あんなに血まみれになって。

 痛みを押し殺しながら立ち上がり、足を引き摺りながら歩み寄る。

 そのそばに横たわる、男の死体を横切って、ようやくボロボロの女性のもとまでたどり着いた。

 自然と、手が女性に伸びる。彼女の肩を持ち、やっとの思いで立ち上がらせる。

 互いにおぼつかない足取り。こうして肩を貸し合っていないと、すぐに膝から崩れ落ちてしまいそうだ。


「じ……時間は?」


「もうとっくに過ぎてる」


「まーた、怒られるわね」


「ああ」


 血まみれのふたりは駐車場を出ると、屋根のない広々とした屋外に出た。

 青い空も、心地よい風も。今はまるで気にならない。ただひたすら痛みに耐えながら、倒れそうになる身体とどこかに吸い取られそうな意識を奮い起こし、ふたりで歩き続ける。


「よく耐えたな。あんだけボコボコにされてよ」


「アタシも……バカじゃないんだから」


「ああ。ナイスアシストだった。一発貰ったけどな」


「えへへ……アイツの気を背後に向けたの、ウマかったでしょ」


 ……お陰で、プラムは男を仕留めることができた。彼女は男の背後ではなく、真横の物陰に潜んでいたのだ。男に、ランエボの元に走り去っていったと思わせて……。

 すべて、アローが考えた即効の作戦だったのだ。


「ハァ……ゴホッ……これからどーすんのよ」


「もう時間は過ぎてる。とっくにベル姉たちが突っ込んでるだろ」





「いや……そうでもないみたいよ」




 ………?



 プラムに肩を貸されながら、アローはポケットからスマートフォンを取り出した。ロックを解除し、動画アプリを開く。

 素早いタッピングで表示された画面には、人工衛星『はばたき』の打ち上げライブ配信を実況する解説者が2名……。にこやかに、あと数十分に迫った打ち上げの進捗を解説している。


「ベル姉……しくじったのか?」


「さあね」


 アローが言うと同時に、プラムが再び歩き出した。彼女たちは、もはや痛みさえ忘れていた。

 やがて、黒いカーカバーに身を包んだ車体のもとまでたどり着いたプラムとアロー。互いに両端を持ち、カバーを取り外す。姿を現したのは、ランサーエボリューション7だった。


プラムがキーを取り出し、ボタンを押した。

 ランエボの眼に光が宿る。


「アンタ……どうする気?」


「突っ込む」


 アローが、鼻で笑った。


「なー……ィッに、考えてんのよッ……アンタ」


「ハハ……けど無策じゃねえ」


 そう言って、プラムは足を引き摺りながら、ランエボの背後に回り込んだ。トランクを開けたプラム。アローも、その中身を覗き込む。

 

 ………!


 アローの目が大きくなった。


「アンタ………これ取っておいたの?」


 91式携帯地対空誘導弾……ランエボのトランクに眠っていた代物だ。かつて、無惨に殺された梅が、お節介で仕入れていた武器である。

 



 トランクに鎮座する誘導弾を見下ろす、傷だらけのアロー。腹の底から、笑いが込み上げてきた。


「アハハ……いいじゃ〜ん!」


 つられて、プラムも笑い出す。







 



 互いに目が合った。

 ひどい顔。

 身体中傷だらけで、口には血を滲ませて。

 今にも途切れそうな意識を、懸命に保つ。

 若い女性の生き様ではない。



 ……が。



 プラムとアローは互いに目を合わせたまま、不敵な笑みを浮かべた。




「ブチ込んでやろうじゃんよ」


「よっしゃー! ブッ飛ばすわよぉ〜!!」



 ふたりは嬉々としてランエボに乗り込んだ。プラムが運転席に座ってキーをセットし、思い切り回す。

 エンジン始動。目覚めるランエボ。ナビの起動音が車内に流れる。

 後部座席では、アローがトランクから取り出した誘導弾のセッティングをしている。




 ハンドルを握ったプラム。




 アクセル……まさに咆哮。覚醒するランエボ。 アスファルトを鷲掴みにするタイヤが、激しい摩擦によるスキール音と共に白煙を巻き上げる。


 最後のミッション……狙うは人類の夢、人工衛星『はばたき』……!


 プラムが、ギアをニュートラルから1速に入れ込む。


 いま──ランサーエボリューション7が、砂塵と共に凄まじい爆走を始めた……!






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