謎の追跡車両を圧倒的なドライビングテクニックでいとも簡単に振り切ったプラムは、無事にランエボを黒川邸の庭まで運ぶことができた。
「ふい〜、久々に楽しかった」
「あんたってホント運転上手いわよね〜。銃は下手なクセに」
翔斗はとういうと、プラムの運転により初めてラリーカーの本気を体験したものだから、車酔いしてしまっていた。
「翔斗くん、顔色悪いけど大丈夫?」
「酔った……」
「なんだよコレっぽっちで。情けねえ奴だな」
「そんなこと言わないプラム。年頃の高校生には響くのよ?」
その言葉がいちばん失礼……とアローに抗議したいところだが、三半規管をやられて吐き気がする今、立ち上がることで精一杯。フラフラと車を降り、玄関のドアを開けた翔斗は、弱々しい声でただいまと言うのであった。
思い返せば、今日は朝から大変だった。変な2人組と出会うし、その内ひとりは片手間に人を殺すし、自分自身も毒で殺されかけるし、路上でラリーカーの本気を体験するし……。シャワーを浴びて、ベッドで寝たい。今日はもう、ゆっくり休もう……。
しかし、翔斗の休みたいという気持ちは、一瞬にして粉々に砕け散ることになる。
「お邪魔しまーす」
「わー! 翔斗くん家広ーい!」
なんと、プラムとアローまで家に上がってきたのだ。
「ちょ、なんで入って来てるんだよ!」
「うわ、畳の部屋広すぎだろ。え、応接間なのコレ。ざけんな羨ましい」
「ちょ、プラムこれ! ベル姉が欲しい欲しいって言ってた昔の皿じゃない?!」
「おおー。たしか、とんでも鑑定団で古伊万里の皿だとか言って凄い額出てたのがあったよな。本物かこれ」
旅館のように広い玄関を上がった先に、ガラスケースで保管された皿の骨董品が鎮座している。皿が放つ神々しさに、プラムとアローは釘付けだ。
「……本物だよ」
ふたりの自由奔放な態度に、翔斗はもはや自身が車酔いしていることさえ忘れてしまっていた。
「ほえー、いくらすんの?」
「詳しくは分かんないけど、今の値打ちでも数百万はするってお父さんが言ってた」
「すごーい! ベル姉にプレゼントしたら、あたしたちの給料爆上がりじゃない?」
「それイイなアロー。あのにわか骨董ファンなら偽物でも喜びそうだけど、本物なら尚更……」
「いやあげないよ」
「ですよねぇ〜」
「ケチィ。生意気坊主クソけちー」
「う、うるさい……!」
何だろう、この感じ。家に他人を入れるなんて、本当は嫌なのに……どこか新鮮で、むしろ少し楽しいような……。そうだ。友達を家に招いて遊ぶって、こういうことなんだ。今まで、そんな経験など無かったから分からなかった。幼い頃からの小さな夢が、少しだけ叶ったのかな。
すると、奥の方から家政婦が慌てたように走ってきた。
「おぼっちゃま! お帰りだったのですね! お怪我はございませんか?」
「……無い」
「ああ、良かったご無事で………で、どうしてあなた方までお屋敷に入っておられるのですか」
翔斗からカバンを預かった家政婦は埃を落としながら、プラムとアローをキッと睨んだ。
「生意気坊主を守る仕事なんでね。ふたりともここに泊まらせてもらいます」
え、泊まる……?!
翔斗の心臓が跳ねた。そんなの聞いてない。ゆっくりしたいのに……。
「おぼっちゃまです! 生意気坊主ではありません! おふたりともお洗濯する物があるなら速く出してください!」
「へいへい」
面倒くさそうに家政婦とやり取りするプラムは、背後の開けっぱなしの玄関ドアを親指でさした。
「あとゴメン。あたしのランエボ停める場所無かったから、庭借りたわ」
「へ?」
プラムがさす親指の向こう、開けっぱなしの大きな玄関ドアのその先……松の木など自然の風情と和の趣がある砂利敷きの庭に、堂々とランエボが駐車してあるではないか。
「またお庭に停めたんですかぁ?!」
「うん」
「さっき砂利を整えたばかりなのにぃぃ!」
「だからゴメンつってんじゃん」
「ゴメンで済んだらポリ公はいらねぇんだよぉ!」
怒りを超えて、もはや発狂する家政婦。「家政婦さんって、元々ヤンキーだったの?」というアローの質問に、翔斗は困惑しながら「分からない……」と答えるのであった。
さて、客間を貸し出されたプラムとアローは、壁に寄りかかって座り、やっとの思いでひと息ついていた。畳が敷かれた10畳ほどの広さを持つ客間は、朝から忙しかったふたりには心が非常に落ち着く空間だった。
「初日にしては色々あったな」
「そうねぇ〜」
すると、客間の襖が少し開いた。隙間から、翔斗が顔だけ覗かせている。
「あとで家政婦さんが布団持ってくるから待っててだって。僕今から風呂入るから、ふたりともその後入っていいよ」
「言っとくけど、お前もここで寝るんだぞ」
「え?」
「寝てる間に襲われちゃマズイでしょー。契約期間内はここで3人一緒に過ごすのよ〜」
「え?! そ、そんなの聞いてないよ!」
「そりゃあ今初めて言ったからな。てかお前、何赤くなってんだ?」
「う、うるさい!」
そう吐き捨てると、翔斗は慌ただしく客間を走り去ってしまった。プラムとアローは、きょとんとして互いの顔を見合わせた。
「なーに怒ってんだアイツ」
「さぁ〜?」
すると……プラムの左のポケットから振動が伝わってきた。
「ん?」
電話だ。スマートフォンを取り出し、電話先の相手を確かめる。
げ………。
画面には、ベル姉の3文字が表示されているではないか。マズイと察知したのか、その場から離れようとしたのアローの黒ネクタイを、プラムは咄嗟に掴み取って逃亡を防ぐ。恐る恐る通話ボタンを押したプラムが、耳元にスマートフォンを当てようとしたその時……。
「もしもしぃッ!! プラム?! アンタ何よこの領収書は! 窓ガラス? カーペット?? ドア??? 湯呑み?!?! 合わせて凄まじい額なんだけど! ていうかなんで私宛なのよッ!!」
スマートフォンの向こう側から、上司であるベルの、憤怒とも悲痛ともとれる叫び声が響いてきたではないか。
「えっとベル姉……。ソレ、学園の理事長さんが書いてましたよ……」
「理事長はアンタに書かされたって言ってたけど?!」
「あ〜、なぁるほどぉ〜……。その事は、追い追い謝ろうかと……」
「ゴメンで済んだらポリ公はいらないのよっ! もちろんあんたの給料から差っ引くからね!」
「えぇぇ?! そりゃあんまりだベル姉!」
「問答無用よこのバカプラム!」
電話越しでめちゃくちゃに怒られるプラムの隣で、アローは必死に笑いを堪えている。プラムは体をわなわなと震わせて、アローに恨みの念を送った。すると、その念が届いたのか……。
「あとアローいる?! アローいたら電話変わりなさいッ!!!」
「ハイいます隣にいますすぐ変わります!」
鬼の速さでスマートフォンをアローに手渡したプラムが客間から逃げ出そうとするも、次はアローがプラムの黒ネクタイを掴み取り、これを阻止してみせた。アローはごくりと唾を飲み込み、これから言われるであろうすべての言葉を想定して腹を括った。
「はーい、お電話代わりまし……」
「アローーーーーー!!!」
「ひえ〜!」
ベルの音割れを起こすほどの大声に、アローの背筋が震え上がる。
「Second Oceanの柴崎店長を始末するのはいいけど、近隣の方々が発砲音ウンヌンで警察に通報しちゃってるわよ! 何のためにサプレッサー買ったと思ってんのよッ!」
「え〜?! あたしちゃんとサプレッサーで撃ちましたよ〜」
「枕とかクッションに銃口付けて撃たないと音響くのよッ! 公安の土井さんに詰められて大変だったんだからね?! ホントにも〜」
「げっ……ツッチーさんまで出てきたんですか。ごめんなさ〜い……」
スマートフォンを介して、画面の向こうからアローの弱々しい謝罪の声が聞こえてくる。リーダー室のデスクでぷんぷんと怒るベルの隣で、副リーダーのビットはわずかに微笑んでいた。
「本当にもぉ〜。あんた達は行く先々で問題起こすんだから!」
またしても、画面の向こうから「スミマセン」というふたりの弱々しい声が聞こえてきた。呆れたベルはため息をつくと、先ほどの慌ただしく怒っていた声色を、低く、落ち着きと鋭さのある声色に変えた。
「まぁいいわ。気をつけてね。それより、アンタたちに重要な情報を伝えるわ」
わちゃわちゃと怒っていたベルの声色が変わってすぐ、プラムとアローの顔つきも変わった。
「何の情報っスか?」
「プラム、あんたが今朝、理事長室で撃退した殺し屋のことについてよ」
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