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迷子の句読点
迷子の句読点

【第三十八話】王手

公開日時: 2024年9月3日(火) 17:00
文字数:2,481

 さて、サービスエリアで昼休憩を済ませたプラムとアローは、再び高速道路に乗り込み、鹿児島を目指してランエボを走らせていた。


「あ〜、美味しかったー! やっぱりうどんは最高よねぇ〜」


「ケバブサンド、アレも結構美味かったわ。ちょっと食いづらかったけど」


「あ〜、あんた食べてたわね」


「あとやっぱ、ソフトクリーム食べとくべきだったな」


「何よ今さら〜! いらないって言ってたじゃないのよー!」


「いやぁ、いざ食わずに出発すると、やっぱなんか寂しいわ」


「も〜。ほんっと気ままよねぇ」


 青空の下、高速道路から見えるのは、暖かな陽に照らされた田んぼ。どこまでも続く平原のような場所に、民家がポツポツと建っている。

 遠くの方を見渡せば、青みが失せた山が見える。初めて通る道にも関わらず、どこか懐かしいような、そんな気持ちになっていく。


「で、あたしたちは鹿児島でどう動きゃぁイイんだ?」


 若干半目の、眠たそうな顔をしたプラムが、ハンドルを握りながらアローに聞いた。「ええっとねぇ〜……」と呟きながら、アローは膝下のグローブボックスから作戦資料を取り出し、紙をぺらり、ぺらりと1枚ずつめくっていく。


「あった。39委員会による人工衛星『はばたき』の打ち上げ阻止作戦要項」


 アローは、目で文字を追いながら、資料を読み上げていく。


「作戦7日前までに、現地で待機している実行部隊と合流。準備ができ次第、宇宙センターに潜入して調査。施設内部の構造とか、警備員の数とかを調べ上げなきゃいけないみたい」


「実行部隊って、ベル姉自慢の軍隊上がりの集団だろ?」


「メンバーのほとんどがそうらしいわね。けど、ド派手にはやらないみたい。工作班が上手くいかなかったら、最終手段でカチコミに行くらしいけど」


「ん!」


「?」


「んんん!」


 プラムが、突然唸った。


「何よ」


 その気味の悪さに顔を歪めるアローは、視線を資料からアローの横顔に移した。


「ケッコーいいこと思いついちゃった」


「はー?」


 プラムは勝ち誇ったような顔をすると、ハンドルを強く握りしめる。そして、前を向いたままニヤリと笑ってみせた。


「ベル姉ってさ、自衛隊のお偉いさんとも仲良いだろ?」


「そうね」


「だったらよ、自衛隊に頼んで、どっかの基地から戦闘機飛ばしてもらえばいいじゃん。爆弾落としゃ、イチコロだろ」


 ハンドルを握ったまま、得意げに胸を張るプラム。しかし、対するアローの反応は、プラムの期待からは大きく逸れていた。


「残念だけど、答えはNOよ。ま、プラムにしちゃよく考えた方だとは思うけど」


「は、なんでだよ」


「そりゃあアンタの言う通り、自衛隊ぶち込めば一瞬で終わるでしょうけど。それは絶対にできないのよ。むしろ、その手が使えないから、こうやってアタシたちが派遣されてんのよ」


「どーゆーこっちゃ」


「まぁ聞きなさいよ。種子島宇宙センターのロケット打ち上げ阻止作戦……コレにはひとつ、大きい問題があるのよ。分かる?」


39委員会やつらの見張りか?」


「それは有って当然の問題よ。それよりも厄介な問題があんのよ」


「ふーん。何なの?」


「客よ」


「客?」


「そう。種子島宇宙センターのロケット打ち上げには、毎回たくさんの見物人が来る。一般のね」


「そうなんだ。知らんかった」


「しかも、今回の『はばたき』の打ち上げはね、39委員会の工作でニュースでも大きく取り上げられてんのよ。日本の宇宙開発チームが、なんかスッゴイの打ち上げまーすって」


「うんうん」


「打ち上げの瞬間を生中継するためにテレビ局も集まるし、THEYゼイ TUBEチューブで世界中にライブ配信される。いつもより、世間からの注目をかなり浴びてるってこと。これがどういうことか分かる?」


「んにゃ、全く」


 あっさり応えるプラム。アローは前にまっすぐ伸びる高速道路を眺めながら続けた。


「世界中の観衆が見守る中、自衛隊の飛行機やら巡洋艦やらが、打ち上げロケット目掛けてミサイルなんて撃ってみなさいよ。どーなると思う?」


「あ〜、それはヤバいわ」


「でしょ〜? なーんも知らない一般人からしたら「何事?!」よ。人類の夢である宇宙への進歩を、突然出てきた自衛隊が力づくで破壊する。そんなことしたら最後、自衛隊は非難の超新星爆発を喰らうわね」


「なるほどなぁ……」


 これには、さすがのプラムも深く納得したようだ。アローはさらに続けた。


「ただでさえ、この国は日本嫌いのメディアと、な〜んも考えてない洗脳済み平和ボケカスチンパンジーで溢れてるからね〜」


「言い過ぎだろ」


「いーや。コイツらが『自衛隊暴走! 自国の宇宙開発に牙を向く悪魔のテロ集団』なんて報道してみなさいよ。アホがここぞとばかりに自衛隊を袋叩きにするわ。コレがきっかけで、自衛隊解体なんてことも有り得るわ」


「うーーーん、よく考えられてんな」


「納得したでしょ」


「けど、じゃあ他の国から軍隊引っ張ってきたらどうよ?」


「それもダメ」


「ダメなのか」


「人工衛星『はばたき』はあくまでも日本のロケットよ。他国の軍が攻撃でもしたら、自衛隊出動で即戦争開幕。それこそ、39委員会の思う壺じゃない」


「日本そのものが人質かよ。39委員会アイツら、よっぽどの悪党だな」


「そゆこと。将棋で言えば、Groupあた Emmaしらはとっくの昔に王手を宣告されてんのよ」


「ほえ〜。だいぶキツい任務になるのか」


「ま、そうなるでしょうねー」


「やだやだ。もし、警備にALPHABETなんかがいたらと思うと、ゾッとするわ」


 プラムは軽くため息をつくと、一瞬だけアローに目をやった。


「にしてもお前、やけに詳しいな」


「ん? 何が〜?」


「なんだろ。軍事的なことっていうか、そこら辺が」


「そう? 考えたら誰でも分かりそうだけど」


「……。お前、Group Emmaに来る前、何してんだ?」


「さあね〜」


「何だよ教えろよ」


「ヤーよ。規則だもん。大体、アンタも教えてくれないじゃないのよ」


「そりゃあ規則だからな」


「いつか語り合える日が来るかもね〜」


「そん時は多分、死に際だな」


「怖いわねぇ〜」


 そう言って、アローは作戦資料を膝下のグローブボックスに入れると、助手席の背もたれを目一杯倒した。


「怖いから、あたしゃ寝る」

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