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迷子の句読点
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【第二十四話】その男

公開日時: 2024年7月11日(木) 07:00
文字数:2,142

 廃トンネルを抜けた先の、カルト教団のアジトをただめちゃくちゃにしただけで、謎の男が乗るFDを撒くことができなかったランエボプラムは、元来た道を戻り、再び峠道を爆走していた。


「タイヤだ! 次のコーナーで四輪ドリフトするから、その時に撃ち込め!」


「オッケー!」


 銃に弾倉を挿し込んだアローは、迫り来る急カーブに備えて左の窓を全開にした。刹那、ある重要なことを思い出す。


「あ、翔斗くん。学校に「今日は風邪を引いたのでおやすみします」って電話しといてね」


「え?! 今?!」


「できる時でいいわよ〜!」


 嘘だろ……! 


 助手席と後部席の間に潜るようにしてうずくまる翔斗は、激しく揺れ動く車体と、死ぬかもしれないという緊張から気が動転して、あろうことか今スマートフォンで学校に電話をかけ始めた。


「お電話ありがとうございます、こちら稽進学園高等学校でございます」


「あ、あの、黒川です。今日風邪引いたので学校休みます」


「はい? あの、うるさくてよく聞こえませんが」


「だ、だから、学校休みます」


「え? なんですか? もう一度お願いします」


 プラムはランエボを充分に加速させ、次に控える右カーブのブレーキングポイントに狙いを定める。バックミラーには、やはりあのFDがピタリとランエボの尻に張り付いている。


 ……奴は運転が上手い。ここまで、アタシのランエボと運転を見て、グリップで勝負するタイプだと思い込んでるはずだ。……それでいい!


「曲がるぞ!」


「プラム、合図!」


「了解! ……3、2、1!」


 その瞬間、プラムはブレーキペダルとクラッチペダルを同時に踏み込み、ステアリング(ハンドル)を切り込んだ。右足でアクセルを軽く煽りつつ、車体がコーナーの出口を向くや否や、ステアリングを直進の位置に固定し、アクセルペダルを奥まで踏み込む。この間わずか数秒の出来事である。



 …………!



 FDに乗る北欧の男は、思わず目を見開いた。ランエボが、何の兆しも見せずに突然、車体を斜めに滑らせたのだ。ランエボの右半身が、FDの顔と対面する。後部座席からは、ひとりの女性が体を乗り出し、こちらに向かって銃を構えていた。

 男はハンドルを切ったが、時すでに遅し。アローが打ち込んだ銃弾がFDの右の前輪にヒットし、車体のバランスが失われてしまった。思い切りブレーキをかけるも、そのままガードレールに突っ込んでしまい、大きな音を立ててFDはクラッシュしてしまった。



 …………。



 遠ざかり、やがて聞こえなくなったランエボの排気音を耳に残しながら、男は車内から脱出し、今しがた走っていた道路を見渡した。アスファルトに残るタイヤの軌跡。ゴムの焦げ臭いニオイが辺りに漂っている。


 ゼロカウンターか……。


 すると、男の背後でクラクションが軽く鳴る音がした。男は振り返ると、そこには荷台にたくさんの野菜を積み込んだ軽トラックが。農家だろうか。頭にタオルを巻いた中年のオヤジが、慌てた様子で男に駆け寄ってきた。


「だ、大丈夫かあんた!」


 農家のオヤジは、ガードレールに突っ込みペシャンコに潰れたFDを見て、事故の凄惨さを悟った。


「怪我はないんか?!」


「…………」


 巨漢は何も答えない。よく見ると、彼には傷ひとつ付いていない。何事もなかったかのようにピンピンしている。


「すぐ救急車を呼んだるからな!」


「……結構だ」


「ダメダメ! こんな大事故、奇跡的に怪我が無くったって病院で見てもらわにゃ!」


「…………」


 電話で救急車を呼ぶオヤジの隣で、男は静かに立っていた。



******************



「『B』、ですか」


「ええ。暗殺のプロ集団『ALPHABET』でナンバー2の実力を持つ男よ。性別は男。屈強な男で、経歴は不明。顔立ちからして、北欧人ってことだけは確かね。あと、プラムが殺した『C』とは恋仲だったって説もあるわよ」


 Group Emma日本支部ビル5階リーダー室。リーダーであるベルはソファに座り、紅茶を飲んでいた。そのそばで、副リーダーのビットは骨董品である小太刀の手入れをしている。


「なぜ、彼が日本に?」


「そんなのカンタン、任務のためよ。つい最近、39委員会との取引を蹴ったしね」


 ベルは紅茶をひとくち飲むと、ビットが用意してくれたチョコチップクッキーを頬張った。


「39委員会は予想以上にメンツを重視する。裏社会のハシクレごとき私たちに、世界に誇る自慢のアサシンがやられたと周りに知られたら、いい笑い者でしょ? そんな私たちを確実に潰すために、Bを送り込んできたんでしょうね」


「プラムたちは大丈夫でしょうか」


「大丈夫よ。あの子達なら、黒川翔斗を守り切れるわ。今ごろ、どこかでドンパチやってるんじゃないかしら! アハハ」


 プラムとアローのゴタゴタを想像して笑うベル。あながち間違ってなさそうだと思うビット。


 ビットは、手入れが終わった小太刀を鞘に収めると、机の上にそっと置いた。


「我々も、そろそろ準備が必要かと」


 ベルが不敵に笑った。


「ええ、もちろん。忙しくなるわよ。エマさんも快く協力してくれるし。あ、それと、ビット」


「はい」


「バンに、黒川一博をよく見張っておくように伝えておいてちょうだい」


「依頼主をですか?」


 聞き返したビット。ベルはさらに不気味な笑みを浮かべると、静かに呟いた。


「ええ。彼、最近少し、忙しそうだから」

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