「うそ……」
峠を超え、殺し屋Bから無事逃げ切った一行は、匿ってもらうために訪れた梅工房の駐車場で唖然としていた。
バラックで建てられた施設に空いた、おびただしい数の弾痕。かつて、プラムとアローを娘のように可愛がってくれた工房長の梅が、よく業務をサボり入り浸っていた小さな事務所……。爆破されたのか、内装は散り散りになり、もともと何だったのかも分からないほど、粉々にされた物品が辺りに散乱していた。そして壁には、銃撃、もしくは爆発に巻き込まれた誰かの血が、生々しくこびりついている。
あまりに凄惨な光景を前にして、翔斗は思わず吐き気を覚えた。平和なはずの日本。許可なしでは、銃も刀剣も、爆発物の所持も許されていない。なのにどうだ。この有様。
無法だ。こんなの……。
「梅おじさん!」
「おい、アロー!」
わずかな望みに精神を託し、アローは自動車整備場に向かって走り出した。翔斗を連れて、プラムはアローを追いかけた。走った先で、アローは立ちすくんでいた。アローに追いついたプラムと翔斗は、目の前に広がる光景を見て、絶句した。
梅を含め、梅工房すべての従業員が、死体と化して整備場の隅に捨てられていたのだ。それはまるで、たくさんの人形が乱雑に置かれているかのような……。まさに、虐殺そのものであった。
「うっ……」
翔斗は走り出し、その場から離れたところで嘔吐した。死体の元に駆け寄ったアローは、梅を見つけると、その場にしゃがみ込んだ。自身よりも身長の高いはずのアローの背中が、この時、プラムには小さな子どもに見えた。
梅おじさん……。みんな……。
アローはうずくまったまま、鎮魂の念を送り続けていた。背後から、靴の音がゆっくりと近づいてくる。プラムだ。音は、背中の少し手前で止まった。
「梅工房は、Group Emmaしか知らない場所のはずだ」
「……そうね」
アローの弱々しい返事。プラムは、そんな彼女の背中を見つめているようで、どこにも焦点を合わせずに、呟くように言った。
「怯むなよ」
「……誰に言ってんのよ」
プラムとアロー……ふたりの間で、目に見えない意思が疎通しあう。アローが静かに立ち上がる。意識したわけでもなく、ふたりは同時に顔を見合わせた。
その目は、今までにない怒りを纏っていた。
「行くぞ」
離れた場所で嘔吐していた翔斗を半ば強引に連れて、プラムは目的地に向けてランエボを飛ばした。
*********
「そう……分かったわ。あなた達は無事なの? ……良かった。報告ありがと。すぐに清掃員を送るわ。無理しないでね」
そう言って、ベルはスマートフォンの通話を切った。カーテンを閉め切った薄暗いリーダー室で、ベルは項垂れるようにソファに腰掛けた。
「梅さんがやられたわ」
うつむく彼女の前髪は、少し乱れを見せている。そばに立つビットは、わずかに驚いた表情を見せたが、すぐにいつもの真顔に戻った。
「………残念です」
「梅さんはね。エマさんと私がコンビだった時からお世話になってたの。気さくなおじさんでね。注文してない武器を余計に仕入れて、コレでお前たちは無敵だーって」
ベルの声が、悲しみから怒りに変貌するのを、ビットは見逃さなかった。
「元より、梅工房とGroup Emmaの契約関係は私たちしか知らない情報……。ビット、何か匂わない?」
「はい」
「間違いなく、我々と梅工房の関係を外に漏らし、情報を売った奴がいるわね」
「Group Emmaの武器の供給元をしつこく聞いてきた者を、ひとり覚えております」
「……誰?」
「ひとりしかいません。リーダーもお分かりでしょう」
ソファに座るベルは、過去に起きた不可解な出来事を思い出していた。
黒川翔斗の警護任務開始初日の行動として、プラムとアローは黒川翔斗と共に理事長室を訪れ、契約内容の確認を行うプランだった。しかし、どういうわけかALPHABETのCはこれを見越し、秘書にまで変装して理事長室で待ち構えていた。
他にも、黒川翔斗の送迎時、プラムの運転するランサーエボリューション7を尾行する不審車両の存在。偽の位置情報を送ったにも関わらず、Group Emma日本支部ビルの場所を特定してきた39委員会大阪支部の派遣員……。
やがて、ベルの目つきがまるで般若のような形に変貌した。
「黒川一博ね……」
「はい。奴は最初から、裏切るつもりでGroup Emmaに接触し、自身の息子を警護させ、ALPHABETとコンタクトを取り、最終的には39委員会と関係を築こうとしているのでしょう」
「舐めた真似を……。我々の正体も知らずに」
「愚かな男です」
ベルの悪人の表情。思わず、ビットの背筋が凍った。
「潰してやる。最も禁忌とする行為を犯したな……」
「戦争ですか。リーダー」
視線だけベルに移すビット。ベルは静かに、しかし怒りに満ちた声で語った。
「我々は我々の流儀に従い、恩義を利用した商売などせん。……だが、温情さえも仇で返すクソどもには、我々の流儀に従い消えてもらう。思い知らせてやる。眠る猛虎の尾を踏んだ無能どもが。その腐った脂肪で覆われた首を、食いちぎってやる」
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