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迷子の句読点
迷子の句読点

【第四十二話】A(1)

公開日時: 2024年9月28日(土) 17:00
文字数:2,568

 さらに日は経ち、夜になった。ホテル201号室に潜伏するプラムとアローは部屋の灯りを消し、静かに過ごしていた。時間はすでに23時を過ぎている。

 『はばたき』の打ち上げまで、残り20時間を切っている。明日に控えた作戦。プラムはベッドに寝そべり、アローは椅子に座るかたちで、最後の段取りをしていた。


「明日、もし身バレして捕まりそうになったら……」


「そん時は突っ込む。とにかく防災ベルを押すのが優先だ」


「そうね。ランエボは?」


「壊したくないから待機させときたい」


「じゃあ、歩いて行くの?」


「そうしたい」


「そ。分かったわ」


 椅子の背もたれに寄りかかるアローはそう言うと、机の上に置いてある銃を手に取った。


「あたしたち、明日で死ぬかもね」


「いっつもそうだろ」


 部屋の照明を消しているから、よくは分からない。だが、簡潔に答えたプラムが、いつものように眠たそうな顔をしていることは、アローにはよく分かった。手に持った銃の輪郭を撫でるように指でなぞりながら、少し昔を思い出す。


「ねえ」


「ん?」


 暗闇の中、プラムはベッドに横になったまま、アローの方に視線を移した。


「あんたと初めて会った時のこと、覚えてる?」


「あ? あぁ、なんとなく」


「あの時のプラムって、闇の深そうな顔してたわよね〜」


「そうか? 今と変わんない気がするけど」


「ンなわけないじゃな〜い。負のオーラ全開だったんだからねアンタ」


「そうだったっけなぁ」


「そうよ〜」


「それ、お前があたしにしつこく質問してきたからじゃね? 趣味だの恋人だの好きな食べ物だの。あン時からうるさかったもんなぁ、アローは」


「失礼ね〜。仲良くなろうとしてただけじゃない」







 ……………。







「そうだな──」


 しんと静かな部屋の中、しっとりとした時間が流れていく。


「アローがうるさかったお陰で、ちょっとはあたしも元気になったかもな」


「そう言ってくれると嬉しいわね〜」


「んじゃ、あたし寝るわ。2時間後起こして」


「はーい」







******************





 日が昇った。明るくなった空。時間は午前7時。人工衛星『はばたき』の打ち上げまで、残り数時間。

 軽食を済ませたプラムとアローは、いつもと変わらぬ調子で身支度を進めていた。テレビをつけると、どこぞのテレビ局が『はばたき』の打ち上げをライブ放送している。


「ついに今日ね。いや〜、緊張するなー」


「そうか?」


「だって、今日死ぬかも知んないのよ〜?」


「まぁな」


「ねぇ、プラム」


「ん?」


 靴紐を結んでいたプラムは、アローの顔を見上げた。


「この前さ、アンタ、過去むかし経歴ことを語り合うのは死に際だって言ってたんじゃん?」


「言ったっけ」


「言ったわよ〜」


「そうか」


「いま、言わない?」


「はぁ? なんで」


「だって今日死ぬかもじゃん」


「え〜」


「なによ、嫌なの?」


「んー。イヤってわけじゃないけど」


「じゃー言おうよ〜。お互い秘密にしときゃベル姉にもバレないわよ」


「そうさなぁ」







 ………………。






 プラムがベットから起き上がった。アローも、座っていた椅子から静かに立ち上がる。

 ふたりとも、机に置いてある銃をおもむろに手に取ると、入り口のドアに鋭い視線を向けた。


「……ひとりか」


「そうね」


 スライドを静かに引き、入り口のドアに向けて銃口を向ける。ドアに隔たれた廊下。ただならぬ気配。銃を構えたまま、ふたりはジリジリとドアに近づく。







 ……………………………………。






 ……………………。






 ……………。







 ………!!



 途端にアローに飛びかかるプラム。そのまま床に倒れ込むと同時に、軽機関銃マシンガンのおびただしい銃撃がドアを穴だらけにした。

 間一髪、あと少し反応が遅れていたら、ふたりとも蜂の巣だった。

 鳴り響くマシンガンの銃撃音の中、プラムとアローは匍匐前進でベッドの陰まで後退。横殴りの雨のように降り注ぐ銃弾から身を守りつつ、反撃の機会をうかがう。


「クソッ! 派手な奴め!」


「アタシたちも似たようなことしてたわよ!」


 その時、嵐のように猛威を奮っていた銃撃がピタリと止んだ。


「…………?」


「止んだ……」


 すると、穴だらけになったドアから、石ころのような物がヒョイと投げ込まれ、ふたりの足元まで転がってきた。


「やばっ!」


 脊髄反射並の素早さで、ふたりは背後の窓ガラスに体当たりを敢行。粉々に砕け散るガラスと共に、2階からダイブ。同時に、凄まじい爆発が201号室を襲い、粉々に破られた窓の枠から爆煙が舞い上がった。

 2階から飛び降りたプラムとアローは、そのまま地面に着地し、走ってランエボを停めてある1階駐車場に向かった。



「くそ! 誰だ?!」


「分っかんないわよ!」


「とにかくランエボに乗るんだ!」


 ふたりが駐車場に差し掛かった時、背後で強い着地音が聞こえた。

 プラムとアローは走るのを辞め、振り返った。そこには、真っ黒なコートに身を包んだ不気味な男が。両手には黒い手袋。つまみ帽を被っていて、目元が分かりづらい。口元には中年男性を思わせる皺があり、口は円の上半分を描くように下に下がって、硬く結ばれている。

 プラムがすかさず発砲。しかし、分かっていたかのように男はこれを回避。駐車車両の陰に隠れてしまった。


 速い……!


 再び、男が車から姿を現した。アローが銃を連射するも、あまりの速さに掠りすらしない。男は、事もなげに車から別の車へと走り移動していった。

 プラムとアロー、両者の背中に悪寒が走る。慌てるように、車の影に向かって走り出した。


 その瞬間だった──。

 走り出したプラムの左肩に、熱い激痛が走った。


「ギッ………!」


「プラム!」


 左肩から吹き出す血しぶき。撃たれたと理解するのに、そう時間はかからなかった。


 倒れ込むように車の陰に隠れたプラムは、左肩から流れ出す血を右手で強く抑えつけた。

 

「大丈夫?!」


「ち、く、しょぉおお……!」


 体中から汗が吹き出る。真っ赤に染まる右手。左肩を中心に、ひどい痛みがプラムを襲う。

 アローは銃を構え直し、男が隠れている車に向かって銃を構えた。


「挨拶も無しに失礼ね!」


 構わず発砲。当たる、当たらないに限らず、一発お見舞いした。男が車の陰から出てくる気配はない。


「立てる?」


「よ……よゆーだ!」


「そうこなくっちゃ!」


 アローは男がいる場所から視線を切らさず、プラムに肩を貸して立ち上がった。


「いい? あたしが合図したらランエボまだ走って」


「お前……は?」


「あたしが敵を引き寄せる!」

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