さらに日は経ち、夜になった。ホテル201号室に潜伏するプラムとアローは部屋の灯りを消し、静かに過ごしていた。時間はすでに23時を過ぎている。
『はばたき』の打ち上げまで、残り20時間を切っている。明日に控えた作戦。プラムはベッドに寝そべり、アローは椅子に座るかたちで、最後の段取りをしていた。
「明日、もし身バレして捕まりそうになったら……」
「そん時は突っ込む。とにかく防災ベルを押すのが優先だ」
「そうね。ランエボは?」
「壊したくないから待機させときたい」
「じゃあ、歩いて行くの?」
「そうしたい」
「そ。分かったわ」
椅子の背もたれに寄りかかるアローはそう言うと、机の上に置いてある銃を手に取った。
「あたしたち、明日で死ぬかもね」
「いっつもそうだろ」
部屋の照明を消しているから、よくは分からない。だが、簡潔に答えたプラムが、いつものように眠たそうな顔をしていることは、アローにはよく分かった。手に持った銃の輪郭を撫でるように指でなぞりながら、少し昔を思い出す。
「ねえ」
「ん?」
暗闇の中、プラムはベッドに横になったまま、アローの方に視線を移した。
「あんたと初めて会った時のこと、覚えてる?」
「あ? あぁ、なんとなく」
「あの時のプラムって、闇の深そうな顔してたわよね〜」
「そうか? 今と変わんない気がするけど」
「ンなわけないじゃな〜い。負のオーラ全開だったんだからねアンタ」
「そうだったっけなぁ」
「そうよ〜」
「それ、お前があたしにしつこく質問してきたからじゃね? 趣味だの恋人だの好きな食べ物だの。あン時からうるさかったもんなぁ、アローは」
「失礼ね〜。仲良くなろうとしてただけじゃない」
……………。
「そうだな──」
しんと静かな部屋の中、しっとりとした時間が流れていく。
「アローがうるさかったお陰で、ちょっとはあたしも元気になったかもな」
「そう言ってくれると嬉しいわね〜」
「んじゃ、あたし寝るわ。2時間後起こして」
「はーい」
******************
日が昇った。明るくなった空。時間は午前7時。人工衛星『はばたき』の打ち上げまで、残り数時間。
軽食を済ませたプラムとアローは、いつもと変わらぬ調子で身支度を進めていた。テレビをつけると、どこぞのテレビ局が『はばたき』の打ち上げをライブ放送している。
「ついに今日ね。いや〜、緊張するなー」
「そうか?」
「だって、今日死ぬかも知んないのよ〜?」
「まぁな」
「ねぇ、プラム」
「ん?」
靴紐を結んでいたプラムは、アローの顔を見上げた。
「この前さ、アンタ、過去の経歴を語り合うのは死に際だって言ってたんじゃん?」
「言ったっけ」
「言ったわよ〜」
「そうか」
「いま、言わない?」
「はぁ? なんで」
「だって今日死ぬかもじゃん」
「え〜」
「なによ、嫌なの?」
「んー。イヤってわけじゃないけど」
「じゃー言おうよ〜。お互い秘密にしときゃベル姉にもバレないわよ」
「そうさなぁ」
………………。
プラムがベットから起き上がった。アローも、座っていた椅子から静かに立ち上がる。
ふたりとも、机に置いてある銃をおもむろに手に取ると、入り口のドアに鋭い視線を向けた。
「……ひとりか」
「そうね」
スライドを静かに引き、入り口のドアに向けて銃口を向ける。ドアに隔たれた廊下。ただならぬ気配。銃を構えたまま、ふたりはジリジリとドアに近づく。
……………………………………。
……………………。
……………。
………!!
途端にアローに飛びかかるプラム。そのまま床に倒れ込むと同時に、軽機関銃のおびただしい銃撃がドアを穴だらけにした。
間一髪、あと少し反応が遅れていたら、ふたりとも蜂の巣だった。
鳴り響くマシンガンの銃撃音の中、プラムとアローは匍匐前進でベッドの陰まで後退。横殴りの雨のように降り注ぐ銃弾から身を守りつつ、反撃の機会をうかがう。
「クソッ! 派手な奴め!」
「アタシたちも似たようなことしてたわよ!」
その時、嵐のように猛威を奮っていた銃撃がピタリと止んだ。
「…………?」
「止んだ……」
すると、穴だらけになったドアから、石ころのような物がヒョイと投げ込まれ、ふたりの足元まで転がってきた。
「やばっ!」
脊髄反射並の素早さで、ふたりは背後の窓ガラスに体当たりを敢行。粉々に砕け散るガラスと共に、2階からダイブ。同時に、凄まじい爆発が201号室を襲い、粉々に破られた窓の枠から爆煙が舞い上がった。
2階から飛び降りたプラムとアローは、そのまま地面に着地し、走ってランエボを停めてある1階駐車場に向かった。
「くそ! 誰だ?!」
「分っかんないわよ!」
「とにかくランエボに乗るんだ!」
ふたりが駐車場に差し掛かった時、背後で強い着地音が聞こえた。
プラムとアローは走るのを辞め、振り返った。そこには、真っ黒なコートに身を包んだ不気味な男が。両手には黒い手袋。つまみ帽を被っていて、目元が分かりづらい。口元には中年男性を思わせる皺があり、口は円の上半分を描くように下に下がって、硬く結ばれている。
プラムがすかさず発砲。しかし、分かっていたかのように男はこれを回避。駐車車両の陰に隠れてしまった。
速い……!
再び、男が車から姿を現した。アローが銃を連射するも、あまりの速さに掠りすらしない。男は、事もなげに車から別の車へと走り移動していった。
プラムとアロー、両者の背中に悪寒が走る。慌てるように、車の影に向かって走り出した。
その瞬間だった──。
走り出したプラムの左肩に、熱い激痛が走った。
「ギッ………!」
「プラム!」
左肩から吹き出す血しぶき。撃たれたと理解するのに、そう時間はかからなかった。
倒れ込むように車の陰に隠れたプラムは、左肩から流れ出す血を右手で強く抑えつけた。
「大丈夫?!」
「ち、く、しょぉおお……!」
体中から汗が吹き出る。真っ赤に染まる右手。左肩を中心に、ひどい痛みがプラムを襲う。
アローは銃を構え直し、男が隠れている車に向かって銃を構えた。
「挨拶も無しに失礼ね!」
構わず発砲。当たる、当たらないに限らず、一発お見舞いした。男が車の陰から出てくる気配はない。
「立てる?」
「よ……よゆーだ!」
「そうこなくっちゃ!」
アローは男がいる場所から視線を切らさず、プラムに肩を貸して立ち上がった。
「いい? あたしが合図したらランエボまだ走って」
「お前……は?」
「あたしが敵を引き寄せる!」
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