TEST SCENE

迷子の句読点
迷子の句読点

【第六話】任務開始1日前

公開日時: 2024年6月15日(土) 17:00
文字数:2,500

 人里離れた田舎、寂れた自動車整備工場である『梅工房』を訪れたプラムとアローは、プラムの愛車であるランサーエボリューション7の任務用部品への換装と、注文していた代物をすべて受け取り、その日は近くの格安ホテルに泊まった。

 翌日、任務開始1日前となった。ふたりは高速道路を使い自身の住む街に戻ると、そのまま大きな鉄道駅のすぐ近くにある、巨大なショッピングモールに向かった。

 ショッピングモールの3階、お手頃価格と高い品質が売りの人気洋服店を訪れたふたりは、明日から始まる護衛任務に必要な服を買うため、試着室に大量の服を持ち込んでいた。

 ただ、プラムは変装に乗り気ではなく、試着室の前でつまらなそうに待機しているだけだ。やがて、女性教師がよく着ていそうなクールビズを試着したアローが、試着室のカーテンを開けて、その姿をプラムに見せつけた。


「見て見てこれどう? ケッコーよくない?」


「何だっていいだろうがよそんなもん」


「ダメよ。アタシたち明日から先生役もしなきゃなんだから」


「ンなもん、いつものスーツでやりゃいいじゃんよ」


「だーめ! こんな真っ黒スーツじゃ、他の子達が怖がるでしょー」


「けっ」


 十数分後、すべての買い物を済ませたふたりは、1階にある広いフードコートで昼食を食べることにした。あらかじめ席を取ってから、各々が好きな食べ物を買いに行き、出来上がりを知らせる呼び出しベルを貰って再び席に戻ってきた。今日は休日だからか、周りはたくさんの家族連れで賑わっている。


「何頼んだー?」


「とんかつ定食」


「昼からよく食べるわね〜」


「うるせえ。アローは何頼んだんだよ」


「あたし豚骨ラーメン」


「ラーメン? お前うどん派じゃなかった?」


「今はラーメンの口なのよ。でも、ちゃーんとうどんラブよ」


「あっそ」


「あっそって何よアンタ。私のうどん愛をぜんっぜん理解してないでしょ」


「知らんがな」


「はぁ〜……これだからアンタって人は。いい? うどんっていうのはもちろん美味しいってことを大前提として、食べるだけでメリット満載なのよ?」


「ラーメンもおんなじだろーが」


「ノンノン。確かにラーメンは美味しいわよ? けどね、消化に悪いのよ。何が言いたいかって、ここぞって時にしか食べたくならないの。朝から何も食べてなくて、ずっと働きっぱなしで、もう動けない……何を食べても美味しく感じる……そういう、お腹が本気でペコペコの時にしか食べたくならないのよ。けど、うどんは違う。うどんは小腹が空いた時も腹ペコの時も「そうだ、うどん食べよ」って気にさせてくれるのよ。ラーメンと比較しても、うど……」


 熱弁するアローを遮るように、手元の呼び出しベルが鳴った。豚骨ラーメンが出来上がったようだ。


「あーもう! 今話してんのに!」


「早く行けよ。お店の人待たせると悪いだろ」


「分かってるっつーの!」


 やかましく鳴り続ける呼び出しベルを黙らせたアローは、少し不機嫌そうに席を立ち、豚骨ラーメンを取りに行った。その様子を見ていたプラムは、心の中で呼び出しベルに感謝の念を送った。


 呼び出しベル様……。アローのクソ無駄話から解放してくれてありがとうございます。


 やがて、自身が頼んだとんかつ定食の呼び出しベルが鳴ったので、プラムも席を立ち、とんかつ定食を取りに行った。

 時間が経ち、すっかり昼食を食べ終えたふたりは、お腹を落ち着けるため席でゆっくりと休んでいた。


「は〜、豚骨ラーメン美味しかった〜」


「うどん愛語ってた奴がよく言うわ」


「今日はいいのよ。腹ペコだったから」


 呆れるプラムだが、お腹も膨れて上機嫌なアローの手前、これ以上刺激すべきではないと判断し、何も言わないことにした。それよりも、プラムにはまだ食べたいものがあった。


「アロー。あたしアイスクリーム食べたい」


「んっ? ゴメンなんて?」


「アイスクリーム食べたい」


「………何よあんた、急に女の子っぽいこと言い出しちゃって」


 目を丸くするアローに、プラムは少しだけ頬を赤らめた。


「な、なんだよ。男だって言うだろこのくらい」


「いやいやそうじゃなくて、あんたがそういう、まったくトゲのない、100%キュートなことを言うこと自体が珍しいって言ってんのよ」


「うっせえな。とにかく、行ってくる!」


「あちょっと待って! あたしチョコと抹茶!」


「自分で買えアホ!」


「えー、ケチィッ!」

 

 ガタンと音を立てて席を立ったプラムを慌てて追うアロー。ふたりは、アイスクリーム店の受付にできた列に並んだ。

 列で順番を待つ間、プラムははすぐ前に並ぶ女性が抱っこしている赤ん坊と目があった。赤ん坊はプラムに好奇心を寄せるでもなく、かと言って泣き出すわけでもなく、幼児特有のどっちともとれない顔をしている。その可愛さに、思わずプラムは、隣でスマートフォンをいじるアローにバレないように軽く手を振った。すると、赤ん坊は少しだけ微笑み、口をパクパクしだしたので、プラムもつられて口をパクパクと動かした。


「きゃーかわいい!」


「!!」


 突然、アローの声がしたのでびっくりしたプラムは、慌てて口パクパクを止め、振っていた手を下ろした。


「見てプラム、かわいいー!」


 はしゃぐアローは、赤ん坊に向かっていないいないばあを繰り返した。ケタケタと笑う赤ん坊。それに気づいた、赤ん坊を抱っこしていた女性がこちらを振り返った。


「あ、どーもお母さん、すみません。かわいい赤ちゃんだなっと思って」


 にこやかに話すアローに、女性は微笑んで軽くお辞儀した。


「ありがとうございます。ねー、よかったねー」


 赤ん坊に笑顔で言い聞かせる女性は、赤ん坊の頭を優しく撫でながら、ふたりに聞いた。


「スーツカッコいいですね。何のお仕事をされてるんですか?」


「ちょっと、銀行の営業の関係で出張してきたんです」


「へえー! カッコいいですね! その黒ネクタイとか、イカしてます!」


「え、うれしい! あたしはコレそんなに好きじゃなかったけど、今ので自信が持てたかも!」


 笑顔で会話するアローと女性。会話に入ることなく、その女性に抱っこされた赤ん坊のことが気になるプラム。会話に気を取られるふたりの隙をついて、プラムは仕切りに赤ん坊に手を振るのであった。





 

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート