「皆さんが見ているのは人工衛星『はばたき』です。本日ここ、種子島宇宙センターから打ち上げられます。打ち上げ時刻は、午前9時ごろを予定しております」
「ライブ中継をご覧の皆様、おはようございます。前回の打ち上げからおよそ2年という月日が流れました。今回、人工衛星『はばたき』打ち上げの様子を、生配信でお届けします」
一部のテレビ局、動画アプリ、ラジオ……多岐にわたる媒体で、宇宙センターの様子がライブ中継されている。
「宇宙センター広報担当の山田です。よろしくお願いします」
「技術解説員、エンジニアの川畑です。よろしくお願いします」
「川畑さん。前回の打ち上げから2年が経過していますね。前回の打ち上げは成功という形で終わりましたね」
「はい。やはり日本の技術を世界に示すことができたことは嬉しいです。前回打ち上げられた人工衛星も、多難ではありましたが課されたミッションを完遂してくれました。この勢いで『はばたき』もぜひミッションを遂行してほしいです」
「定刻まであと30分です」
「プラムとアローは?」
「確認できていません」
「何してるのよあのふたりは……!」
細く丸い腕時計を確認するベル。人工衛星『はばたき』の打ち上げ時刻まで、残り数時間。
種子島某所に潜伏する実行部隊はすでに準備を完了しており、いつでも宇宙センターに突撃できる状態になっていた。
あとは、プラムとアローが防災ベルを鳴らすのを待つのみ。ちょうど今頃、宇宙センターとその付近は観光客で盛り上がっている。予想される混乱に乗じて、一気に作戦を遂行する。それが、ベルの描く理想図だ。
この時間は、プラムとアローはすでに宇宙センターに潜伏していなければならない時間だ。しかし、監視員からの情報によると、ふたりは潜入していないどころか、未だに連絡さえつかない様子。
ベルの胸に、いやなざわつきが襲いかかる。
「………何が起きてもおかしくないわ。全員、今すぐ行ける準備をしなさい」
謎の男の急襲により、肩に被弾したプラム。
負傷した彼女に肩を貸しつつ立ち上がったアローは、男が隠れている駐車車両の方を向いた。
車の陰から男が出てくる様子はない。こちらの動きを読んでいるようだ。
「あたしがアイツを食い止める。その間にプラムはランエボに行って」
「ハァ……ハァッ……ど、どうする気だよ」
「あんたが防災ベルを押しに行くのよ」
「グッ……バカ言う……な。お、お前ひとりで倒せる相手かよ」
アローはプラムの方を向くことなく、男のいる方から視線を切らさずに、スーツの懐から手榴弾を取り出した。
「それでもやるしかないのよ。いつもそうでしょ」
「………分かった」
肩からは滲み出る赤黒い血が、黒いスーツに沁みていく。呼吸も荒い。プラムは意を決し、ポケットからランエボのキーを取り出した。
「3つ数えたら走って」
敵の方を注意深く見つめたまま言うアローに、プラムは静かに頷いた。
「3、2………」
アローが、手榴弾のピンを抜いた。すかさず、男が身を守る車の下に投げつけ、滑り込ませる。
「……1!」
同時に車の壁から飛び出したアロー。男がいる車にめがけて銃を連射する。直後、プラムは意を決して駆け出した。
爆発。吹き飛ぶ車。爆炎が飛び散る。向かい側の駐車車両に向かって走るアロー。
「…………ッ?!」
刹那、意識もしていなかった方向から、男が飛び込んできた。
どこから………?!
思考と共に迫り来るナイフ。咄嗟に回避。避け切れない。
「イッ……!!」
右の上腕を深く切り裂かれた。すかさず、袖に仕込んでいたナイフを滑り出させて振りかざす。ヒラリと避ける男。すかさず銃を向ける。そこに、すでに男の姿はない。
はやっ………イ!!!
左腹部に衝撃と激痛。強烈な蹴り。吹き飛ぶ身体。銃が手から離れ、地面に転がり落ちた。
「ぐっ……おぇ……」
あまりの痛みにうずくまる。男は、アローが落とした銃を拾い上げた。革のブーツの音が近づいてくる。ナイフを投げつけるも、簡単に避けられてしまった。
くそ……!
やっとの思いで後ずさるアロー。男は容赦しなかった。アローの元まで歩み寄ると、彼女の腹に長い足を放り込んだ。
「グォエッ…………!!」
口から血を吐き出してしまった。地面に、ビシャリと血が飛び散る。さらにもうひと蹴り。おもちゃのように蹴り飛ばされるアロー。
何度蹴られたか分からない。身体中を痛めつけられ満身創痍となったアローは、その痛みにもはや意識を保つことさえ困難だった。
「グッ………」
そんな彼女の首を鷲掴みにし、無理やり身体を起こさせる男。細身な体からは想像もつかない怪力。立ち上がる体力さえ残っていないアローは、男にされるがまま。片手で首を掴まれたまま、背後にあるコンクリートの壁に叩きつけられた。
目と目が合う。
アローの朦朧とした瞳。絞められる首。苦しくなる呼吸の中、必死に男を睨みつける。
男の目。光が宿っていない。死んだ魚のような目。冷徹な目。
「もうひとりはどこに行った」
口を開いた男。アローの首を掴む手を、さらに強めていく。
「ううぅ……!」
徐々に顎が上がっていく。呼吸ができない。凄まじい握力。しかしアローは、男に向かって強気に笑みを浮かべるだけだった。
「………」
男の膝がアローの腹にめり込んだ。
「ゥグゥッ!」
鈍い音。肋骨が折れたか。もはや痛みさえ分からない。口から大量の血が吹き出す。それでも男は、アローの首を掴む手を緩めない。もう片方の手に持っていた銃を、アローのこめかみに突きつけた。先ほど、アローが地面に落としてしまった銃だ。
「もうひとりはどこだ」
なおも冷酷な声。口周りが血だらけになったアローは、弱々しく笑みを浮かべたまま。
男はそれでも表情を変えない。アローの首を片手で掴んだまま、彼女のこめかみに銃をさらに食い込ませた。
「言え」
「そ、の銃は……もう、弾切れ……よ……っ!」
男は視線を銃に移した。
…………。
銃を投げ捨て、懐からピストルを取り出すと、再びアローのこめかみに突きつける。
「言え。あとひとりはどこだ」
「……へっ…………………!」
弱々しく笑うアロー。男は、アローの首を握りつぶす勢いで、全力で握りしめた。
「ううぅううう…………ッッ!」
「これが最後だ。言え」
男の吹雪のような冷たい声。アローは血が滲む唇でニッと笑うと、口に溜まった血を男めがけて吐き出した。赤い飛沫が飛び散る。
「……………」
顔面がアローの血に塗れた男。ニヤリと、弱々しく笑い続けるアロー。
カチリ………。撃鉄を起こす音が、駐車場で静かに溶けていった。
男はひと言、言い放った。
「死ね」
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