夕飯も終え、やがて夜は深くなる。住宅街の明かりも乏しくなり、頼りになるのはまばらな間隔に照る街灯のみ。
父さんは今日も、帰ってこない。
消灯した客間。家政婦が用意してくれた3つの布団。さすがに疲れていたのか、アローは布団に体を滑り込ませるや否や、すぐに寝てしまった。翔斗は、今日起きた非日常の出来事を、布団の中で思い出していた。変な2人組と出会って、殺し屋に毒を盛られて、車酔いして、変な2人組と一緒にご飯を食べた。これが、すべて、今日1日の間に起きたこと。未だにどこか、信じられない自分がいる。
翔斗は、隣で眠るアローの逆……客間の壁に寄りかかって座るプラムの方を見た。用意してきたのか、畳には小さな電子式LEDランタンが置かれている。そのオレンジ色の強い寂しい明かりを頼りに、今朝翔斗を毒殺しようとした殺し屋を撃った銃を部品ごとにバラして、整備している。翔斗がこちらを見ていることに気づいたのか、プラムは布団から頭だけ出す翔斗と目を合わせた。
「寝れねえのか?」
「………まぁ」
「明日も学校なんだから早く寝ろよ」
そう言って、プラムはいつもと変わらぬ眠たそうな表情で、再び目線を手元の銃の部品に移した。ランタンの明かりにわずかに照らされたプラムを、翔斗はぼんやりと眺める。
「………寝ないの?」
「あたしとアローが同時に寝たら、3人一緒にオダブツするかもしれねえからな。こうやって、2時間交代制で見張ってんのさ」
「……そっか」
「分かったら早く寝ろ」
………………。
しばしの沈黙。聞こえてくるのは、アローの快眠を示す寝息と、プラムが整備している銃のカチャカチャという心地よい音だけだ。翔斗はぼんやりと天井を見て、夕飯前アローに言われたことを思い返した。
クズみたいな親なんか捨てて、家を出てしまえばいい。
きっと、これが最適解なんだろう。けどなぜ、僕はその道を選ぼうとしない? ……甘いから。
無意識に、自問自答を繰り返す。
「…………プラムさんはさ……。なんで殺し屋になったの?」
「ア? なんだよいきなり」
静寂を破って、突然喋り出した翔斗に驚くことなく、プラムは相変わらず眠たそうな顔で、天井を見つめる翔斗を見た。
「………気になってさ。なんでそんな危ない世界に入ったのか」
「さぁてね。なんでだったっけ。そんな深く考えずに入ったから、もう覚えてねえや」
整備が終わったのか、プラムはバラバラだった銃を組み立て始めた。
「そんな、軽い気持ちで入ったの?」
「軽いも重いもねえよ。流れに身を任せた結果だ」
…………。そんな曖昧な理由で、人を簡単に撃てるものなのか……?
「……Group Emmaに入る前、プラムさんはどこで何をしていたの?」
「残念だが、その質問には答えられねえな」
「……なんで?」
「過去を喋っちまうことになるからな」
「……ダメなの?」
「ああ」
「……なんで?」
「規則だから」
「規則?」
「そ。あたしらは、たとえ相手が組織内の仲間だとしても、自分の経歴は明かしちゃいけねえんだ」
「……そうなんだ。じゃあ、これから先の夢はある?」
「夢ぇ?」
「うん。夢」
「夢ねえ……。ん〜」
銃を組み立て終わったプラムは、最後に弾倉を入れ、舐めるように銃を見た。
「別に。無いかな」
プラムは銃を畳に置くと、足元にあったランタンを壁に寄せて、照明を一番弱い設定にした。
「お前は何か夢でもあんのか?」
「え、僕?」
「うん」
翔斗は一瞬、喉から出ようとする言葉を食い止めた。将来の夢など、誰にも言ったことがない。……そもそも、言いたくもない。
「………言いたくない」
「え、なんで?」
「………言いたくないから」
「あっそ。じゃあ早く寝ろ」
「………うん」
あまりにもあっさりとした受け答え。しつこく話を聞いてくるアローとはまるで真逆の性格だ。プラムはポケットからスマートフォンを取り出し、画面を横にすると、無音設定のまま何かの動画を見始めた。
…………。
「………ホントはさ」
「なんだよ寝るんじゃねーのかよ」
半分呆れたプラムが、スマホから顔を上げる。
「本当は…………政治家になりたいんだ」
「政治家ぁ?」
「うん。政治家」
「ふーん、まぁ頑張ればなれるんじゃね」
「……何とも思わないの?」
「え、何が?」
「いや……僕が政治家になるって、何とも思わないの?」
「いや別に。あっそ、てカンジ」
「…………」
翔斗は、初めて人に語る自身の夢を、プラムのランタンにわずかに照らされた暗い天井に思い描いた。
「政治家になって、この世から戦争を無くしたい。それこそ、プラムさんみたいに、裏社会で生きる人たちを何とかしたい」
「へー」
「……どうしたらいいかな」
「何が?」
「裏社会を根絶するためには、どうしたらいいかな」
「知らねえよ。そんくらい自分で考えろ」
プラムに言われて、思わず翔斗は笑った。
「そうだよね。それを考えないと、政治家じゃないしね」
すると、プラムがスマートフォンを一旦閉じて、翔斗の方を向いた。
「ただひとつ言えるのは、表だろうが裏だろうが、誰かに必要とされてるから存在するんだ。箸じゃスープを掬えねえからスプーンがあるんだろうが」
「………」
「スープを少しずつ掬って飲みたいのに、スプーンが無かったら嫌だろ。そーゆーこった」
「…………………そっか」
「ま、そんなこたぁどうでもいいから早く寝ろ」
翔斗は、黙り込んだ。自身に吹く、新しい風を確かに感じて、そっと目を閉じた。
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